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第84話 祝勝会と、縛仙環(中編)

『赤城山でのハッキング以降、私はこの日本のネットワークとダンジョンの魔力波長を並行して解析してきました。その結果、一つの恐ろしい仮説……いえ、もはや確信に至りました』


 ふゆのスマートフォンが起動し、空間に青白い立体ホログラムが投影された。


 映し出されたのは、日本列島の地図。


 そして、その上を覆い尽くすように展開されている、目に見えない蜘蛛の巣のような『魔力の網目』。


『この日本全土に、いや、東アジア全域と言っていいでしょう。その一帯に、微弱ながらも極めて精巧な『認識阻害の術式』が敷き詰められています。……術式の根源は、かつてアストライアに存在した光華王朝の戦略兵器。内乱を誘発させ、敵国を内部から崩壊させるための広域洗脳ネットワーク――通称『妲己(だっき)』と呼ばれるシステムです』


「洗脳、ネットワーク……」


 結羽がゴクリと喉を鳴らす。


「妲己……聞き覚えのある名前ね。古代華国の殷王朝で当時の王を狂わせ、国を滅ぼしたとされる傾国の美女よ。その正体は九尾の狐の妖怪で、後に日本へ渡ってからも国を揺るがそうとしたところを討伐された……そんな伝説が残っているわ。でも、それが異世界の洗脳兵器だというの?」


 彩斗美が知識の引き出しを開け、鋭い眼差しでホログラムを見つめた。


『なるほど、こちらの歴史伝承にもその名が存在していましたか。――おそらくはそれも、かつてアストライアからこの地球へと漂着した端末の一つなのでしょう。アストライアの歴史において、『妲己』は対立する大国間で相互に送り込まれた自律型の諜報・洗脳プログラムでした。しかし、本来の設計思想であった「敵国の内乱誘発」という制御を離れ、結果として自国をも巻き込んで文明を食い尽くす、恐るべき暴走状態に陥った歴史を持っています』


「バグった広域洗脳プログラムが、文字通りの『傾国』を招いたってわけね。……だけど黄龍殿、今こっちの世界で起きている熱狂は、その暴走とは少し毛色が違うんじゃないかしら?」


 彩斗美の指摘に、黄龍の宝珠が肯定するように淡く明滅する。


『お見事です、彩斗美殿。その通り、現在のこの世界における『妲己』の挙動は、かつての無差別な暴走とは明らかに異なります。主たる目的は、人々に「ダンジョン産のものには無条件で価値がある」と盲信させること。そして「苦労の末に与えられるものに価値がある」という前提を刷り込み、人々の思考を完全に停止させる、極めて限定的な抑圧です』


 黄龍の冷静で風雅な響きを持つ声が淡々と告げる。


 それが一層、事態の不気味さを強調した。


『本来、人間というものは強欲で探求心に溢れた生き物のはず。未知のアーティファクトを掘り出したなら、「それがどこから来たのか」「誰が作ったのか」、そして「その向こう側(異世界)には何があるのか」と、さらなる深淵へ、異世界そのものへ踏み込もうとするのが自然なはずです。……しかし、誰もそうはしない』


「あっちの兵器や資源をありがたがって拾い集めるくせに、誰もアストライア側へ乗り込もうとはしねえ。一方通行でおとなしく『与えられた餌』だけで満足してやがる。……それが、システムによる『抑圧』の証左ってわけだ」


『その通りです。ダンジョンという未知への探究心を煽りながらも、決して自分たちの領域(アストライア)へは踏み込ませない。見事なまでに歪で、都合の良い家畜の管理システムと言えます』


「そんな……じゃあ、私たち探索者の命懸けの冒険すら、ただ手のひらの上で踊らされていただけだっていうの……!?」


 彩斗美が、ワイングラスを置く手も震わせながら、抗議にも似た声を上げた。


『全てがそうとは申しません。ただ、そうした「与えられるものへの絶対的な価値観」が、ダンジョンに纏わる者達の常識の下敷きとなっていることは、どうしても否めません。だからこそ人々は、核の脅威を知る現代人でありながら、ダンジョンの兵器を無邪気に欲してしまうのです』


「拾ったおもちゃで満足させて、その向こう側を探索しようって探求心を削ぎ落とす……。結果的には、ガラクタの兵器を掘り返させて『文明洗浄』の破滅へ導いてるくせに、社会構造に綺麗に組み込まれすぎてやがるな」


 ドレイクがタバコの灰を落としながら、低く唸るように言った。


『左様です。あまりにも現代社会のシステムに最適化され、意図的に運用されすぎている。ただの遺物の暴走と片付けるには、不自然極まりありません。……この洗脳アンテナを裏からハッキングし、人類が自滅を遂げるように誘導している『何者かの介入』がある。そう考えて間違いないでしょう』


「あっちの神様気取りどもか、それともこっちの権力者の中にイカれた内通者でもいるか、だな」


 ドレイクは口の端を吊り上げ、獰猛に牙を剥いて笑った。


「カッカッカ! 随分と小賢しい盤面を作ってくれるじゃねえか。……だが、これで俺たちのやるべきことがいよいよハッキリしたぜ」


「やるべきこと……ですか?」


 結羽が小首を傾げると、ドレイクは炎金の瞳をギラリと輝かせた。


「ああ。その『妲己』とやらのシステムをぶち壊す……いや、違うな。黄龍、お前さんならそのネットワークの根幹にアクセスできるか?」


『端末の物理的な破壊、あるいはハッキングの起点となるサーバーが確保できれば、システムの『マスター権限』を奪取することは十分に可能です』


「よし。なら俺たちの次の獲物は、その洗脳ネットワークの大元だ。そいつをブチのめして、妲己システムを逆に俺たちが掌握する。そうすりゃあ、日本中のダンジョンネットワークが、そっくりそのまま俺たちの『手駒』になる。受信専用に作られた洗脳アンテナを、俺たちの『送信用』に書き換えてやるのさ」


「送信?! それって……! お父さんたちに、こっちから連絡できるかもしれないってことですか!?」


「ああ。可能性は大いにある。こっちからアストライアへの干渉を妨げているってことは逆転させれば、干渉力を強めることができるってこった」

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