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第83話 祝勝会と、縛仙環(前編)

 群馬県・赤城山ダンジョンでの神話級魔獣『九頭猛毒龍(ヒュドラ)』の討伐、それに続く野田ダンジョン深淵でのアストライアの遺物処理とダンジョンの真実の発覚から数日後。


 野田市にある『よろず屋ドレイク』の工房兼リビングでは、ささやかながらも極上に賑やかな祝勝会が開かれていた。


 テーブルの中央には、ドレイク特製の『ジャイアント・ボアの骨付き極厚スペアリブ』が、香ばしいニンニク醤油のタレを焦がしながら山のように積まれている。


 傍らには、彩斗美の計らいで黒田が手配したという、最高級のヴィンテージワイン。


 そしてキンキンに冷えた大瓶のビールが、氷で埋められたバケツに差し込まれ、ダース単位で並んでいる。


 戦いを終えた一行は、グラスとジョッキを打ち合わせ、勝利の美酒に酔いしれていた。


「――そんなわけで、あっちの世界でお父さんとお母さんは、でっかい商会の会長さんになってて、インフラ事業やらダンジョン探索の支援やらで無双してるらしいんです!」


「あははははっ! 何それ、二人のお母さんらしいというか、完全に異世界(アストライア)の経済牛耳ってるじゃない!」


 結羽が身振り手振りを交えて深淵のコンソールから得た情報の詳細を語ると、私服姿でリラックスした彩斗美がお腹を抱えて笑った。


 ゼネコンの現場監督としてバリバリ働いていたという前山田(アキラ)


 その持ち前のド根性と物流管理のノウハウを剣と魔法の世界に持ち込み、『マエヤマダ・インターナショナル・ホールディングス』なる巨大組織を作り上げているという事実。


 両親の生存、しかも想像を絶するほど逞しく生き延びているという確報は、結羽とふゆの胸から、3年間にわたってへばりついていた重く暗い不安を完全に拭い去っていた。


「でも、お母さんが会長なら、お父さんはどうしてるのかな?」


 ふゆがスペアリブを両手で持ってかじりつきながら、首を傾げる。


「社長として会長の無茶振りを完璧に実務でサポートしてるみたいだよ。お父さんもゼネコン出身だし、昔からお母さんの完璧なタッグパートナーだったからね」


「ふふふっ、本当に逞しいご両親ね」


 彩斗美がワイングラスを傾けながら、美しくも力強い笑みを浮かべる。


 だが、安堵が広がったリビングには、もう一つ、奇妙な空気が漂っていた。


 結羽とドレイクが、どこかお互いに視線を泳がせ、妙にそわそわとした気恥ずかしい距離感を保っているのだ。


 それもそのはず、数日前、彼らは「並行世界における曾祖父とひ孫」という衝撃の血縁関係を知ったばかりだった。


 野田ダンジョンの深淵では怒涛の情報量に圧倒されていたが、この祝勝会の場でようやく落ち着いて詳細な情報開示が行われ、その事実を初めてしっかりと耳にした彩斗美は、二人の様子をからかうようにクスリと微笑むと、優雅に髪をかき上げた。


「それにしても、並行した世界を繋ぐ血縁ねぇ……。ドレイク殿がひいおじいさまで、結羽さんとふゆちゃんがひ孫……。まぁ、ドレイク殿のあの過保護さは、納得できる関係性ではあるかしら」


「彩斗美先輩……。やっぱり、変ですかね? その、呼び方とか、どうしたらいいのかなって……」


 結羽が頬を赤くしてうつむくと、彩斗美はワイングラスを置き、どこまでも優しい眼差しを向けた。


「全然変じゃないわ。でも、ドレイク殿の二人への愛情は、そんな縁が判明する前からのものでしょ? 黒田からすべて聞いているわよ。命懸けでふゆちゃんを救って、結羽さんをここまで育てた。血の繋がりなんて、ただの後付けに過ぎないわ」


「へっ、彩斗美嬢ちゃん、余計なことを言うんじゃねえよ。まぁなんだ……今まで通り『おやっさん』でいいだろ」


 ドレイクが気恥ずかしさを隠すように、ぶっきらぼうにタバコの煙を吐き出しながら言った。


「そうですね!」


「うん! そうだね! これからもよろしくね、おやっさん!」


 結羽とふゆが満面の笑みを向けると、ドレイクは炎金に輝く瞳を細め、嬉しそうに鼻を鳴らした。


 そして、新しくタバコに火を点けると、紫煙がゆっくりと換気扇へと吸い込まれていく中、その声のトーンを微かに低く、重い響きへと変えた。


 場を支配していた緩んだ空気が、一瞬にしてピリッと引き締まる。


「……まあそれはさておき、だ。俺はどうしても一つ、腑に落ちねえことがある。彩斗美嬢ちゃん。こっちの世界(並行世界の地球)にも『核兵器』があるだろ?」


「……ええ。一発で都市を丸ごと蒸発させ、大地を何十年も死の灰で汚染する最悪の大量破壊兵器よ。今は国際的な条約で厳重に管理されているわ」


「そうだろうな。お前さんたちは、そうやって自らの星を壊しかねない兵器の恐ろしさを、歴史としてちゃんと学んでるはずだ。なのに、どうしてトップギルドの連中や協会の連中は、ダンジョンの底から見つかる正体不明の『異世界の兵器』を、無邪気に有り難がって掘り出そうとしてやがるんだ?」


『アストライアでのそうした兵器によって齎された悲劇を見てきた私たちにとっては、とんでもなく不自然な愚行にしか見えないのです』


 テーブルの隅に置かれた黄龍の宝珠が、淡く明滅して風雅な声を響かせる。


「ああ、それがどんな呪いを振り撒き、どんな大惨事を引き起こすかもわからねえのに、まるで『新しいおもちゃを見つけた子供』みたいに狂奔してやがる。あまつさえ、それを使って自分たちの支配構造を強固にしようって気配すらある。……いくら強欲な人間どもでも、あそこまで一斉に危機感が欠如してるのは、どう考えても『異常』だ」


 その言葉に、彩斗美も、そして控えていた黒田も、ハッとして息を呑んだ。


 確かにその通りだ。


 未知の兵器に対する、現代社会のあまりにも楽観的すぎる対応。


 強力なアーティファクトを発掘したギルドが英雄視され、その危険性を検証するよりも先に「国力増強の切り札」としてもてはやされる異常な熱狂。


 それは、ダンジョンとの共生という場所から離れて見れば、明らかに不自然で、歪な社会構造だった。

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