第82話 点対称の因果と、異世界での無双
アストライアの二大国が遺した狂気のキメラコンソールを掌握し、絶対焼却炉への大掃除を終えたコントロールセンター。
マグマの熱気と硫黄の匂いが吹き荒れる深淵の底で、ドレイクが自身の『巣』から取り出した漆黒のインゴット――黒鋼の放つ途方もないプレッシャーに、よろず屋パーティーの面々は圧倒されていた。
ただそこに置かれているだけで、分厚い合金の床が自重に耐えきれずに悲鳴を上げる、最高級・最稀少・最高硬度・最重量の四拍子が揃った至高の魔法金属。
光華王朝の故事成語すら引き合いに出されるその規格外の神代素材を、結羽が己の武器の芯材として受け入れる覚悟を語り、黄龍が感服の念話を響かせた、その直後だった。
「ねえ、おやっさん」
ふゆが、ドレイクが空間に開いたままにしている『極小のゲート』の向こう側――赤々と煮えたぎるマグマの地底湖へと視線を向け、どこか期待と切実さを込めた声で口を開いた。
「そのゲート……もっと大きく開けば、わたしたちも異世界に行けるの? ……お父さんと、お母さんを探しに」
その真っ直ぐな問いに、結羽もハッとしてドレイクの顔を見上げた。
三年前、この野田ダンジョンのスタンピードに巻き込まれ、ダンジョンに吸い込まれた両親。
この深淵が異世界へと繋がる場所であり、コンソールを掌握できたというのなら、今目の前にあるゲートを広げて潜ることで、両親の足跡を辿ることができるのではないか。
姉妹の瞳に、三年越しの切実な希望の光が灯る。
だが、ドレイクはタバコの煙を長く吐き出し、ゆっくりと、そして残酷なまでに明確に首を横に振った。
「……悪いが、そいつは無理な相談だ」
「えっ……どうしてですか?」
「お前らだけを送り込むなら、不可能というわけじゃねえ。だが、俺が一緒に行くとなると話は別だ。この極小のゲートは、あくまで俺が『所有物の出し入れとゴミ捨て』をするために開いた針の穴みてえなもんだからな。だが、お前らだけをあっちに行かせるなんて選択肢はありえねえ。文化も世界の構造も違う、言葉も通じない異世界に、可愛い弟子っこ達だけを送り込めるかよ」
ドレイクは、自らの分厚い胸板をトントンと叩いた。
「つまり、行くならば俺も必ず同行する。そこで問題になるのが、俺という『数百万トンの質量を内包した火龍』が通り抜けられるほどのデカい穴をどうするかってことだ。この歪んだ深淵の位相で無理やり開けようとすれば……確実に次元の壁が耐えきれずに崩壊する。お前らごと、空間の狭間でミンチになっちまう」
ドレイクの言葉に、結羽は絶望に肩を落とした。
おやっさんの規格外すぎる存在と質量が、ここに来て物理的な足かせとなってしまったのだ。
最強の師匠を置いて自分たちだけで見知らぬ異世界へ行くわけにもいかず、かといって両親を諦めることなど絶対にできない。
「じゃあ、お父さんとお母さんは……」
結羽が俯きかけた、その時だった。
「お姉ちゃん! うつむいちゃうのはまだ早いよ!」
キメラコンソールの前に移動したふゆが、UIゴーグルを押し上げ、満面の笑みで振り返った。
「物理的なゲートは通れなくても、情報は探れる! 黄龍さんと一緒に、このキメラコンソールのログを限界までサルベージしてみたの。そしたら……見つけたよ!」
『ふゆ殿の仰る通りです』
ふゆの言葉を裏付けるように、黄龍の宝珠がかつてなく明るい金色の光を放って明滅する。
『砂時計のねじれの中央点――すなわち位相が最も重なり合うこの場所を基点として、いくつかの霊子パターンが『点対称に裏返って』弾き出された痕跡を発見しました。……ワームホールを通過したかのように、ダンジョンの重圧に潰されることなく、アストライアの地上へ向けて、です』
黄龍の言葉が意味するもの。
それは、三年前のあの日、ダンジョンに吸い込まれていった人々が、ダンジョンの奥底の闇で潰されたり、化物に食い殺されたりしたわけではないという、異世界の科学的・魔術的な絶対の証明だった。
「生きている……。お父さんもお母さんも、あっちの世界で生きているんだ……!」
結羽の両目から、堰を切ったように大粒の涙がこぼれ落ちた。
ふゆもまた、ぽろぽろと涙を流しながら結羽に抱きつく。
三年間、ずっと胸の奥に抱えていた重く暗い氷塊が、今、完全に溶け去っていくのを感じていた。
どんなに自分が強くなっても、どうしても拭えなかった「もう会えないかもしれない」という恐怖。
それが、確信へと変わったのだ。
「……カッカッカ! そいつは重畳だ」
ドレイクが満足げに牙を剥いて笑う。
だが、その直後。
黄龍の宝珠が、まるで名探偵が決定的な証拠を見つけたかのように、青白く鋭く明滅した。
『――それにしても、面白いログが拾えましたよ、師父』
「あん? 面白いログだと?」
『先ほどのログをヒントに、我々がアストライアに帰還できる方法はないかなど、探ってみたのですが……。こちらからあちら側へ渡った因子の中に、明確な師父の霊子パターンの反応がありました』
「はあ? そんなにホイホイ召喚された覚えはねえぞ? それに、日本からアストライアにってことだろう? そんな記憶は一切ねえ」
ドレイクがタバコを咥えたまま、怪訝そうに顔をしかめる。
『そうでしょうね。ですが、これは間違いなく師父の霊子、またはそれに極めて濃く連なる者の霊子のパターンです』
「……時期はいつだ?」
『そこです。時期はこちらの暦でいうところの【20X3年4月6日】』
「――それって……!!」
結羽とふゆが同時に息を呑んだ。
『そうです結羽殿。野田ダンジョンの地上スタンピード……「溢れ出し」が起こった日であり、お二方のご両親、前山田夫妻がダンジョンに吸い込まれた日です。その日のログに、師父の霊子パターンが記録されていたのですよ』
「どういうことだ黄龍?」
『結羽殿。以前、母方のお祖母さまの旧姓についてうかがったことがありましたね』
「あ、はい。おやっさんの前世のお名前と同じ漢字で、富士川です。しかもフジガワって濁ります」
『師父も結羽殿も偶然だ、とお茶を濁しておられましたが……どうやら、偶然ではないようです』
黄龍の言葉に、コントロールセンターの空間が水を打ったように静まり返る。
『――結羽殿、あなたのお母様は、そこで呆若木鶏の相……鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている我が師父の、お孫さんであり。その母であるお祖母さまは、師父の娘であり……つまるところ、結羽殿とふゆ殿は、師父の曾孫にあたります』
「「……ええぇえぇ~~~~~ッッ!!」」
結羽とふゆの、ダンジョンの底を揺るがすような大絶叫が響き渡った。
「待て! ちょっと待ってくれ! だが、俺の……俺の娘は、ガキの頃に流行病で往っちまって……」
数千年の時を生きる火龍が、かつてないほど狼狽え、声を震わせる。
『まさにそこです師父。そしてこの世界での戸籍情報、師父に近しい人物の記録……つまり結羽殿の母方のお祖母さまの父親の記録は、19XX年で途絶えております。プロレスの興行中のアクシデントで亡くなられた、と』
「待て待て待て! 俺は確かに八十近くまで生きたぞ!? 最後は病院のベッドで死んだはずだ!」
『そうです。少なくとも私は、師父にそう語られた記憶があります。そしてもう一つ、決定的な違和感が。19XX年に亡くなられた方の戸籍表記は「ワかんむり」の冨士川義昭となっています。師父の本来の戸籍表記は「ウかんむり」富士川でしたね』
黄龍は空中に展開したホログラムの戸籍データと、ドレイクの霊子波形を重ね合わせた。
「どういうことだ……?」
『これは私の演算に基づく仮説ですが。つまるところ、師父のいた日本と、このダンジョンのある世界の日本とは、極めて近しい並行世界であるという可能性が高いです。霊子パターンは同じでも、さまざまな時間軸で枝分かれした、少し違う世界、ですね。ただし、それこそ名を現す点一つが違う程度に近しい同一性です』
「並行世界……」
『ええ。ですが、砂時計の位相が重なり、アストライアからの魔素の流れが地球にダンジョンを生み出すような空間のねじれが起きているのです。であれば、近接した並行世界間に、強い霊子の因果が結ばれることくらい、十分に起こり得る事象でしょう。だからこそ、師父の霊子はこの並行世界の曾孫の絶望に引かれ、召喚されたのでしょう』
圧倒的な魔術的ロジックによる、絶対の証明。
結羽は、目の前で頭を抱えている185センチの巨漢――自分を守り、導いてくれた、血の繋がった『曾祖父』を、震える瞳で見つめた。
『――さて。ここまで理解していただけたことで、話は先ほどの、ダンジョンの位相を通じて砂時計の反対側に吐き出された……有り体に言えば「異世界転移」してしまったお二人のログに戻ります』
黄龍の宝珠が、呆然としている一同を現実へ引き戻すように、パンッと軽い電子音を鳴らした。
『そのログに残っている、師父の霊子と同じパターン。つまり、師父自身か、師父の縁者か、師父の加護を強く受けた者……まぁお二人の御母堂は、後者二つを兼ね備えているということでしょう。あちらのネットワークに繋いでサルベージしたデータの中に、転移後のアストライアでの活動記録もありましたよ』
黄龍が、空中に新たなホログラムウィンドウを展開する。
『アキラ・マエヤマダ。ノブヒコ・マエヤマダ。……ご両親のお名前で間違いありませんね?』
「は、はい! はい! お母さんとお父さんの名前です!!」
結羽とふゆが、弾かれたように身を乗り出す。
『それは重畳。最も古い情報では、光華王朝の末裔が暮らす領地に『火龍の極大加護を持つ聖女』として現れたという記録があります。……光華に縁を持つ者にとって、火龍という存在は絶対です。異世界人だと判明した後、高位の鑑定を受け、その桁外れの加護が判明したことで、国賓レベルのVIP待遇を受けることになったとあります』
「「……ええぇえぇ~~~~~!?」」
ダンジョンの底で震えているどころか、いきなりのVIP待遇。
予想の斜め上をいく展開に、結羽とふゆの目が完全に点になる。
『そして、最新の情報では……どういうわけか「マエヤマダ・インターナショナル・ホールディングス」の会長と社長ということになっておりますね。随分と巨大な規模の商会のようですよ?』
「「ええぇえぇ~~~~~!?」」
『主にダンジョン資源を活用した魔導具の開発・販売・レンタル事業・興行事業、さらにはインフラ事業と、現地のダンジョン踏破の精力的な支援などを手広く商っておられるようですな。現代日本の流通やマーケティング知識を駆使して、莫大な富と権力を築き上げている、……と』
「じょ、情報が……情報が多すぎますよ黄龍さんッ!?」
結羽はパニックを起こし、両手で自分の頭を抱え込んだ。
死に別れたと思っていた両親が生きているだけでも奇跡なのに、自分たちの保護者である火龍が並行世界の曾祖父であり、さらには母が異世界で超巨大企業の会長として無双している。
もはや脳内ステータスは処理落ち寸前だった。
「まったくだ……。こりゃ、さっさとここを引き払って、ヤサに戻って頭を整理した方がよさそうだぜ」
ドレイクもまた、並行世界の孫娘、そのあまりの逞しさに呆れ果てたように、深々とタバコの煙を吐き出した。
「なんだかすっかり置いてけぼりな気分なのだけれど……。要するに、結羽さんとふゆちゃんのご両親は、異世界でお元気にされていらっしゃるということでいいのかしら?」
一連の怒涛の展開を静観していた彩斗美が、こめかみを押さえながら確認する。
「そ、そうですね。それも、かなり……元気みたいです。あはは……」
結羽が引きつった笑いを浮かべると、彩斗美はふっと、優雅で気高い笑みをこぼした。
「なら、ひとまずはそれでいいじゃない! 野田ダンジョンの奥底にある厄ダネはドレイク殿が片付けてくれたし、ドレイク殿がダンジョンマスターにもなった。……まぁこれは特秘事項ね」
彩斗美は蛇腹剣をカチャリと鞘に納め、キメラコンソールを振り返った。
「でもそれによって、必要以上の汚染は起こらないし、私は管轄下にあるこの野田ダンジョンを踏破して、安全な状態にできた。さらにアストライアの軍事システムを掌握したことで、このダンジョンは完全に「共生」レベルで利用できる資源庫になったわ。……それだけでも、佐修院としてはとんでもない利益よ。戻りましょう!」
コマンダーとしての、見事なまでの状況整理と実利の確保。
その清々しいまでの割り切り方に、結羽もふゆも、顔を見合わせてクスッと吹き出した。
「そうですね! お母さんたちが元気なら、わたしたちも、こっちでやれることをやらなくちゃ!」
結羽が如意棍棒を握り直し、力強く頷く。
『アストライアへの、より大きなゲートを開くには、日本全国そして世界各地に点在する機械化・遺跡型ダンジョンの深淵を踏破し、マスター権限を獲得するのが、おそらく最速のルートになるでしょう。忙しくなりますね、師父』
「ああ、だがゴミ《アストライアの遺物》掃除ついでにやっていきゃあ、そう遠い話じゃあねえだろうさ」
「はいッ!!」
家族との再会への道を開き、同時に、安全装置の扱いも知らないまま古代兵器を掘り起こそうとしているトップギルドたちをぶっ飛ばす。
それが、新生よろず屋パーティーの次なる目的だ。
「よし! それじゃあ、今日は凱旋と祝勝会だ! 帰ったら極上の飯を食って、次の『全国ツアー』に備えるぞ!」
「「「はいッ!!」」」
ドレイクの豪快な号令に、三人の明るい声が重なる。
野田ダンジョンの最深部、狂気のキメラ施設の中で。
家族の生存という最大の希望を手にした『新生よろず屋パーティー』は、次なる次元の大掃除へ向けて、高らかに出陣の号砲を鳴らした。
ステータスという補助輪を捨てた少女と、規格外の火龍が歩む、世界のバグを修理する道。
彼らの痛快にして圧倒的な戦いは、さらなるスケールと熱狂を帯びて、まだまだ続いていく。
(第5章:完)




