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第80話 パッチワークの墓標と、逃亡者のシステム

 強固な斥力結界と巨大なタワーシールドによる絶対防衛陣形――正面突破が不可能とさえ思われたアストライアの軍隊『シールドウォール』。


 しかし、結羽が如意棍棒に極大の仙気を一点集中させた穿孔の一撃で大盾の結界をこじ開け、ふゆがそこへ腐食の魔弾を撃ち込むという、よろず屋パーティーの完璧な連携が、ついにその防衛ラインを完全に粉砕した。


 強酸によってドロドロに溶け、機能を停止して光の粒子へと還っていく重装リザードマンたちの残骸を越え、四人はついに廃棄サイロの最奥へと到達した。


 分厚い未知の合金で作られた隔壁の先にある、コントロールセンター(システム中枢)へと足を踏み入れたのだ。


 だが、そこはこれまでの無機質なアストライアの軍事施設とは明らかに異質な、ひどく悍ましく、狂気を孕んだ空間だった。


「なに……ここ。右と左で、全然作りが違う……」


 結羽が銀光を放つ如意棍棒を握りしめたまま、あまりの光景に息を呑んで立ち尽くした。


 広大なコントロールセンターの『右半分』。


 そこは、スヴァトゴーラ王朝の正教の教典をモチーフにした、神と天使、そして黄金の世界樹の美しいイコン(聖像画)で壁面が埋め尽くされていた。


 大理石を思わせる純白の床には神聖な幾何学模様が描かれ、本来であれば清らかな祈りを捧げるための、荘厳な神殿のようである。


 しかし、その美しい天使の彫像の顔面や純白の羽には、無骨で毒々しい魔力のパイプや無機質なケーブルが無数に突き刺さっており、神聖さを徹底的に冒涜するかのように赤黒い脈動を繰り返して稼働している。


 一方、『左半分』の空間。


 そこには、光華王朝特有の巨大な風水盤と八極図、そしておびただしい数の光華文字が刻まれた、濁った銀色の魔法金属の装甲板がびっしりと並んでいた。


 オリエンタルな呪術的意匠と、武骨な軍事テクノロジーが融合した、冷徹で機能的な空間。


 全く異なる二つの国の技術体系、相反する宗教観と文明。


 それが、部屋の中央に鎮座する巨大な『メインコンソール』で、まるでフランケンシュタインの怪物のように、無理やり縫い合わされるようにして繋がっていたのだ。


「……気持ち悪い。異なるシステム同士を、物理的なケーブルと強引な術式でパッチワークしているのね。機能的な美しさの欠片もない、狂気のキメラ施設ね……」


 彩斗美が強烈な嫌悪感に顔をしかめ、自身の腕をさすった。


 相手の民族を根絶やしにする呪殺兵器という、最もおぞましい汚物を管理する施設の中枢が、人々を導く天使の微笑みと、人の営みを潤す風水の理で彩られているという、絶望的なまでのギャップ。


 その異様な光景を見渡したドレイクは、ポケットからタバコを取り出して火を点け、ギリッと鋭い牙を噛み鳴らして地を這うような低い声で呻いた。


「大戦末期か、大断裂直後の生き残りのもんだな……。連中、いがみ合ってたクセに、自分たちで扱いきれなくなったゴミを、仲良く自分たちの星の裏側(ここ)に棄てたってとこか」


 ドレイクの黄金の瞳に、静かな、しかしマグマのように熱い怒りが灯る。


 大断裂の前、戦争が泥沼化し、星そのものを滅ぼしかねない呪いの兵器群を前にして、両国の指導者たちはどうしたか。


 彼らは自らの過ちを認めて争いを止めたのではない。


 互いに隠れて、自分たちの星の裏側――この同じ次元の穴(砂時計のくびれ)に、後先考えずに最悪のゴミを不法投棄し合っていたのだ。


「これだけ集積されたゴミの魔素質量が、次元の位相に孔を開ける可能性くらい考えられなかったのかよ……」


 忌々しげにタバコの紫煙を吐き出しながら、ドレイクがぼやく。


 自分たちが汚したツケを、見えないところに隠して強引に蓋をする。


 その浅ましい人間の業が、結果として次元の位相を歪ませ、数千年の時を超えて、この地球という別の星にダンジョン()を発生させる原因となったのだ。


『ぼやいても仕方ありませんよ、師父』


 ふゆのスマートフォンから、黄龍の風雅で、けれどどこか冷徹な響きを帯びた声が落ちた。


『彼らも必死だったのでしょう――世界を滅ぼした責任から、なんとかして逃れる為に』


 大陸を割るほどの大罪。


 その責任から目を背け、ただ自分たちだけが生き延びるために、憎み合っていたはずの異なる敵国のシステムと協力してまで、この忌まわしい『墓標』を作った。


 人間の業の深さと無責任さを突きつけられ、結羽もギュッと唇を噛み締めた。


 自分たちの住む地球は、そんな身勝手な連中の『逃亡の果てのゴミ箱』にされていたのだ。


「……チッ。どっちの国も、行き着く先は同じだったってことかよ。馬鹿馬鹿しいにも程があるぜ」


 ドレイクはタバコを携帯灰皿に揉み消すと、不機嫌そうに顎をしゃくった。


「黄龍、ふゆ。あんな身勝手な亡霊どもの遺産、さっさと俺たちの権限で上書きして乗っ取っちまえ。胸糞悪くて見てられねえ」


「うんっ!  黄龍さん、やっちゃおう!」


『承知いたしました。では、右のスヴァトゴーラ側の『福音システム』は私めが。ふゆ殿ともう一人の私(スマホの黄龍アプリ)は左の『光華風水演算ロジック』からの侵入をお願いできますか』


「まかせて!」


 ふゆはトコトコとコンソールの左側――光華王朝の八極図が刻まれた、濁った銀色の金属パネルへと歩み寄ると、UIゴーグルを深く被り直し、自身のスマートフォンを接続用ポートへと物理的につないだ。


 宝珠の姿の黄龍もまた、右側の天使のイコンが描かれた大理石のコンソールへ、光の触手のようなものを接続し、データリンクを展開していく。


 空間が、甲高い電子音と魔力波形の明滅に包まれる。


 ふゆの瞳の奥で魔力視が極限まで回転し、アストライアの古代システムとの多次元的なハッキング合戦が幕を開けた。


 右からはスヴァトゴーラの強固な『福音システム』の防壁が。


 左からは光華王朝の複雑怪奇な『風水演算ロジック』の迷路が。


 キメラコンソールは侵入者を排除しようと、一斉にシステムとしての牙を剥く。


 コントロールセンター内の照明が不気味な赤色へと点滅し、排除プログラムの起動を告げる警告音が鳴り響いた。


「……ふゆちゃん、大丈夫かしら。相手は数千年前とはいえ、二大国の軍事防衛システムの中枢よ」


 彩斗美が蛇腹剣を構えたまま、心配そうにふゆの小さな背中を見守る。


「大丈夫です!  ふゆと黄龍さんなら、絶対にやり切ってくれます!」


 結羽は如意棍棒を構え、周囲の空間から物理的な防衛兵器が現れないよう、警戒を怠らない。


 数十秒の、息を呑むような沈黙。


 ふゆの指先が、空間に展開された青白いホログラムキーボードを凄まじい速度で叩き、光華文字の暗号を次々と解読し、こちらの演算ロジックで強引に上書きしていく。


『……おや、これはこれは――』


 不意に、スヴァトゴーラ側のコンソールをハッキングしていた黄龍が、場にそぐわない風雅な声をあげた。


「どうした黄龍」


 結羽たちの護衛に当たっていたドレイクが、即座に反応して鋭い声をかける。


『いえ、さすが最終防衛機構ではあるな、と思いまして』


「カテぇか?」


『いえいえ、そこは問題なく。ただ最終ロックの直前に、逆接続(バックドア)を利用して、こちらの精神を直接破壊する『精神汚染』の致死情報を流し込まれましたので、少々驚きまして。……随分と、お可愛い門番ですな』


 神聖な天使のイコンの裏に仕掛けられていたのは、ハッカーの脳を直接焼き切り、狂気へと突き落とす凶悪な呪詛のプログラムだった。


 だが、古代の叡智たる黄龍は、それを「お可愛い」と鼻で笑い飛ばしたのだ。


「おい、精神汚染だと!?」


 その単語を聞いた瞬間、ドレイクの余裕の表情が消え失せた。


 彼は光華側のコンソールに両手を添えて瞑想するように集中しているふゆを見ると、血相を変えてコンソールへと駆け寄り、焦ったように大声を張り上げた。


「ふゆは大丈夫なのか!?  おいふゆ、気分は悪くねえか!?  頭が痛いとか、変な声が聞こえるとかねえか!?」


 さっきまでタバコを吹かしながら「胸糞悪りぃ」とハードボイルドにキメていた神話の火龍の姿はどこへやら。


 ただの過保護なお父さん――いや、心配性のお祖父ちゃんのようにオロオロとふゆの顔を覗き込む巨漢の姿に、極度の緊張状態にあった結羽と彩斗美は思わず毒気を抜かれて苦笑してしまった。


『ご心配なく、師父』


 黄龍の呆れたような、けれどどこか嬉しそうな念話が響く。


『あの程度の呪詛、ふゆ殿の脳に届く前に私がすべて検知し、隔離・処理しておりますよ。私の方が、ふゆ殿のアクセス領域より辿り着くのが幾分早かったものですからね。……泥を被るのは、大人の役目というものです』


「……チッ。脅かすんじゃねえよ。心臓に悪いヤツだ」


 ドレイクは安堵の大きな溜め息をつき、首のタオルで顔の汗を乱暴に拭った。


 その直後、ふゆがホログラムキーボードから手を離し、パァッと明るい笑顔で振り返った。


「黄龍さん、こっちの光華ルート、ロック前まで制圧完了したよ!」


『大変よろしいですな、ふゆ殿。こちらの福音ルートも最終ロックの眼前に到達しております。……それでは、三つ数えますので、両端から同時にロック解除コードを入力しましょう』


「はーい!  タイミング、まかせます!」


 ふゆが再びコンソールに向き直り、両手を構える。


 数千年間、地球を脅かし続けてきた狂気のシステムの、最後の扉が開かれようとしていた。


 結羽も、彩斗美も、ドレイクも、息を呑んでその瞬間を見守る。


『それでは、いきますよ』


 黄龍の静かな、だが確かな勝利を告げる声が、コントロールセンターに響き渡った。


(イー)(アル)(サン)……今!』


 ターンッ!!


 ふゆの小さな指と、黄龍のデータリンクが、寸分の狂いもない完璧な同期で、エンターキー(解除コード)を叩き込んだ。


 ピィィィィィン……ッ!


 その瞬間、左右で不協和音を奏でていたキメラコンソールの赤い魔力回路が、一斉に清浄な青白い光へと反転した。


 天使のイコンに突き刺さっていたパイプから汚濁した魔力が抜け落ち、光華の八極図が正しい真円を描いて回転を始める。


 施設全体に鳴り響いていた低周波の駆動音が停止し、警告の赤いランプが消え去った。


 それは、アストライアのシステムが完全に、そして平和的にシャットダウンされたことを告げていた。


「やったぁ!  アストライアのシステム、完全掌握だよ!」


 ふゆがUIゴーグルを外し、両手を突き上げて歓声を上げる。


「おう。よくやった、ふゆ、黄龍」


 ドレイクは安堵と誇らしさの混じった表情で牙を剥き出しにして笑うと、システムを書き換えられ、大人しく沈黙したメインコンソールの前へと進み出た。


 メインモニターの画面が切り替わり、アストライアの光華文字で新たな入力画面が表示されている。


『Master Registration(新たな管理者権限の登録をおこなってください)』――と。


「さてと。それじゃあ、この星に巣食う害虫どもの『ゴミ箱』を、俺の『処理場』に直結させてやるとするかい」


 ドレイクは太い指をコンソールのキーボードに滑らせた。


 世界のバグを修理するよろず屋による、神話規模の『大掃除』が始まろうとしていた。

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