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第79話 戦術的理性の盾と、一点集中の穿孔

 上空から戦場全体を俯瞰し、無数の視覚情報を並列処理していた統制システム『魔導眼球(オブザーバー・アイ)』。


 ふゆと黄龍による多次元的な逆ハッキングによってそれを完全に自壊させたよろず屋パーティーは、連携を失った機甲化ワーウルフ部隊を容赦なく蹂躙し、サイロの底部をさらに奥へと進んでいった。


 魔素重量の歪みが最も強くなるその最深部。


 一歩足を踏み出すだけでも、全身の骨格がミシミシと悲鳴を上げ、内臓が下へ下へと引っ張り出されるような凄まじい重圧環境の中、彼女たちの前に立ち塞がったのは、いよいよコントロールセンター(システム中枢)へと続く巨大な重厚ゲートだった。


 だが、そのゲートの前には、これまでの生体兵器とは全く異なる威容を誇る『軍隊』が、不気味なほどの無言で陣形を組んで待ち構えていたのだ。


 ずらりと多重の横列を作り、通路の幅を完全に塞ぐようにして立ちはだかるのは、身の丈二メートル半を超える屈強な爬虫類の獣人――『重装リザードマン』の部隊だった。


 彼らの装備は、これまで遭遇した生体兵器たちとは明らかに異質な思想で設計されていた。


 生来の強固な爬虫類の鱗に守られているためか、彼らが身に纏う装甲は、濁った銀色の未知の魔法金属で作られた胸部や関節の要所のみを覆う『部分鎧』に留められている。


 その代わりに彼らが両手で構えているのは、自らの巨体をすっぽりと隠すほどの巨大で分厚い大盾(タワーシールド)と、その隙間から覗く鋭利な槍だった。


「絶対防衛という言葉を体現したような構成ね……」


 彩斗美は、敵の高度な軍事ドクトリンに背筋を凍らせつつ、ゲート前に立ち塞がる『重装盾壁部隊(シールドウォール)』の分厚い陣形を睨みつけた。


 抜刀の距離まで近づいても、彼らは一切の遠距離攻撃や大魔法を撃ってくる気配がない。


 ただ無言で、鉄壁の陣形を維持したまま、結羽たちを「押し返そう」とジリジリと間合いを詰めてくる。


 ただの機械的なゴーレムとも違う、武練と規律を積んだ生き物としての息の合ったステップ。


 彼らは個としての力ではなく、集団としての『理』で侵入者を完全に封殺しようとしているのだ。


「……妙ね。これだけの部隊規模なら、後方から制圧射撃をしてくるのがセオリーのはずだけど。飛び道具の類は一切持っていないわ」


 彩斗美が訝しげに目を細めると、後方のふゆのスマートフォンから黄龍の冷徹な分析がインカムに響いた。


『彩斗美殿。おそらく彼らは「撃てない」のです』


「撃てない?」


『ええ。このサイロの底には、極めて不安定な大量破壊兵器が山積みになっています。ここで強力な火器や高火力の魔法を暴発させれば、施設全体を巻き込む連鎖爆発――つまり、星の環境を巻き込むような大惨事になる。……だからこそ彼らは、侵入者の「積極的な制圧」ではなく、盾と槍による「無力化・防衛」に重きを置いているのです』


 ドレイクが忌々しげにタバコの紫煙を吐き出しながら、黄龍の言葉に同意する。


「チッ、姑息な真似しやがって。だが、厄介なことに変わりはねえ。あの分厚い盾の壁を崩せなきゃ、中枢には一生たどり着けねえぞ」


 彩斗美は瞬時に戦況を計算し、右手に持った蛇腹剣を構え直した。


「……なら、まずはあの盾の物理的な強度と、陣形の性質を確かめるわ!」


 彩斗美は魔力を練り上げ、蛇腹剣を鞭のようにしならせて、リザードマンの部隊の中央めがけて鋭い中距離攻撃を放った。


 高速で伸びる鋼の刃が、敵の分厚い大盾に直撃しようとした、その瞬間。


 ピィィィンッ!


 甲高い硬質な音と共に、リザードマンたちの構える盾の表面が共鳴し合い、部隊全体を覆うように青白い『斥力結界』が展開された。


 彩斗美の蛇腹剣は、その強固なエネルギーシールドに激突し、凄まじい反発力で弾き返されてしまう。


「くっ……物理的な盾だけじゃなく、魔力障壁まで連動させているのね……!」


 手首に走る痺れを殺しながら、彩斗美は顔をしかめた。


 個々の盾が発する魔力を陣形全体で連結させ、巨大な一つの結界として機能させる。


 まさに隙のない集団戦の極致陣形だ。


 彼らは一切陣形を崩すことなく、じりじりと、だが確実に前進してくる。


 魔素の異常重量によって内臓が圧迫され、足場が泥のように重いこの空間で、巨大な盾の壁が迫り来る威圧感は絶望的だった。


「このまま相手に前進されれば、押し込まれて退却を余儀なくされるか……最悪、サイロの底の兵器の山に落とされるか、壁との間に押し潰されてあの槍衾にされるわね」


 彩斗美のコマンダーとしての冷徹な予測が、状況の不利的未来を正確に言い当てていた。


「なら、わたしが強引に剥がします!」


 結羽が『面』の歩法で前線に躍り出る。


 彼女は背中の如意棍棒を引き抜くと、カチャリと機構を操作して『鎖分銅』を先端にジョイントし、鈍い銀光を放つその棍を頭上で激しく回転させた。


 かつて江の島で五頭竜の首を地面に縫い留めた、遠心力と仙気を乗せた捕縛の一撃。


「はぁぁぁッ!!」


 結羽が鎖を放ち、重々しい分銅がリザードマンの大盾の縁に巻きつこうとする。


 だが――。


 バチィィンッ!


 再び青白い斥力結界が閃き、分銅は盾の表面に触れることすら叶わずに、強烈なスパークと共に弾き飛ばされてしまった。


「ダメだ……!  結界の反発力が強すぎて、分銅が引っかかりません!」


「あの結界、単体の魔力じゃないわ。部隊全体の魔力を循環させているから、一点を攻撃しても他の盾から即座にエネルギーが補充されてしまうのよ」


 彩斗美が舌打ちをする。


 突破口が見えない。


 このままでは、ジリ貧だ。


 防衛に特化し、ただひたすらに押し返してくる巨大な壁。


 それを前にして、結羽は弾かれた銀色の鎖分銅をシュルシュルと巻き取りながら、深く、静かに息を吸い込んだ。


 へそ下の丹田に練り上げられた莫大な仙気が、彼女の体内で爆発的な熱を帯びて循環し始める。


「……突っ込みます!!」


 結羽の迷いのない宣言に、彩斗美が目を見開いた。


「結羽?!」


「弾き返されるんだぞ?」


 ドレイクが、あえて試すような低い声で問う。


 結羽は真っ直ぐに、分厚い盾の壁を見据えたまま、闘志に満ちた声で吠えた。


「それ以上の力で、鋭さで、突っ込みます!!  仙気で槍の先端を、蜘蛛の糸より細くして、分子より細かく!  津波より強く激しく!  結界の魔力ごと突き刺して、つっきってやります!!」


 小細工は通用しない。


 ならば、相手の想定を遥かに超える絶対的な力で、正面からその理不尽をぶち破る。


 これぞ、小手先の戦術やシステムを圧倒的な質量と仙気で叩き割ってきた、ドレイクと結羽の師弟の真骨頂だった。


「よぉし正解だ!  存分にぶちかましてこい、結羽!!」


 ドレイクが豪快に笑い、タバコを咥えたまま結羽の背中を叩くかのように太い声を張り上げる。


 結羽は手元の如意棍棒のジョイントを解除し、鎖分銅を取り外すと、先端に『槍の穂先』をジョイントした。


 川崎ダンジョンで採掘した魔法金属をベースに、ドレイクが打ち上げた刺突特化のアタッチメント。


「ふゆ!  結界が割れた瞬間に、腐食弾をお願い!」


『了解!  最大出力で待機してるよ、お姉ちゃん!』


 結羽は姿勢を極限まで低く落とし、魔素の重力異常が渦巻く金属の床に、両足でしっかりと『点』の根を張った。


 丹田から引き上げられた莫大な仙気が、鈍い銀光を放つ如意棍棒の魔術回路を通じて、槍の穂先へと恐ろしい密度で収束していく。


 ただの鋭さではない。


 面で構成された結界の理を、極小の一点から崩壊させるための、極限まで圧縮された破壊のエネルギー。


 闘気を極限まで高めた彼女の口から、無意識のうちに、熱く、澄み切った『言霊』が紡ぎ出された。


「『我が意と身体は常に闘魂と共にあり、闘魂が燃え尽きるまで決して屈することはなし。……我が体は我が意のままに』!!」


 その詠唱と完全に呼応し、銀色の棍に刻まれたアストライアの光華文字――【意體同闘魂】【燃尽決不屈】【我體随我意】が、まるで太陽のように眩い黄金の光を放って発光した。


 結羽の身体が、青白く燃え上がり、やがて目映い黄金の光へと変わる。


「シィィィッ!!」


 魔素の重圧を完全に無視した、超音速の踏み込み。


 重装リザードマンたちが、侵入者の異常な気配に反応し、結界の出力を最大まで引き上げようとする。


 だが、遅い。


 結羽の放った一撃は、分厚い青白い斥力結界の中心――陣形の最も力が交差する一点に、寸分の狂いもなく突き刺さった。


 ギギィィィィィィンッ!!!


 ガラスを硬い金属で力任せに引っ掻くような、耳障りな破壊音がサイロ全体に鳴り響く。


 結羽の圧縮された仙気が、分子よりも細かく、蜘蛛の糸よりも鋭い光のドリルとなって、強固なエネルギーシールドを内側から強引に抉り開けていく。


「おおおおぉぉぉッ!!」


 結羽がさらに踏み込み、棍に体重と気迫のすべてを乗せた瞬間。


 パァァァンッ!!


 圧倒的な力点の集中に耐えきれなくなった青白い斥力結界が、まるで薄い飴細工のように粉々に砕け散った。


「■■ッ!?」


 絶対の防御を力業で破られ、リザードマンたちの間に激しい動揺が走る。


 循環連結されていた魔力が暴走し、彼らの陣形に致命的な綻びが生じた。


「今だよッ!!」


 後方で待機していたふゆが、魔導シリンジガンの引き金を引く。


 放たれた銀色の閃光――『腐食と凍結の魔弾』が、結界の消滅した陣形のど真ん中へ着弾し、炸裂した。


 パシュゥゥゥッ!


「ガァァァッ!?」


 強酸の魔力が、リザードマンたちの濁った銀色の魔法金属の部分鎧と、彼らが誇る巨大なタワーシールドをボロボロに朽ちさせ、同時に強烈な凍結効果が彼らの動きを鈍らせる。


「隙ありッ!!」


 彩斗美が、獲物を狙う猛禽類のような鋭い笑みを浮かべ、前線へと飛び出した。


 彼女の手には、ドレイクによって最適化された重量可変の大剣が握られている。


 彩斗美は限界まで重量を軽くした大剣で神速のステップを踏み、リザードマンたちの懐へと潜り込むと、刃を振り抜く瞬間に魔力を爆発させて重量を『極大質量』へと変化させた。


 ドガァァァァンッ!!


 自重と超質量の刃が、完全に体勢を崩し、ガラ空きになったリザードマンの胸部へと叩き込まれる。


 腐食して脆くなった大盾ごと、重装リザードマンの巨体を容易く両断し、宙へと跳ね飛ばした。


「結羽! ふゆ! 一気に掃討するわよ!」


「はいッ!」


「お任せ!」


 結界を破られ、完全に体勢を崩したリザードマンたちの懐へ。


 結羽の黄金に輝く槍が、彩斗美の超質量の大剣が、そしてふゆの的確な腐食魔弾が、容赦のない蹂躙の嵐となって襲いかかった。


 彼らの誇る高度な戦術的理性すらも、よろず屋パーティーの圧倒的な『理』とチームワークの前では、もはや無意味な張りぼてに過ぎなかった。


 数分後。


 廃棄サイロの最下層には、光の粒子となって消えていくリザードマンたちの巨大な魔石と、ドロドロに溶けた濁った銀色の装甲の残骸だけが散乱していた。


「……ふぅ。片付きましたね!」


 結羽が黄金の光を放つ如意棍棒を肩に担ぎ、汗を拭いながら満面の笑みを浮かべる。


「見事な一点突破だったわ、結羽さん。ふゆちゃんも、完璧なタイミングだったわよ」


 彩斗美が大剣を背負い直し、二人の働きを称賛する。


「カッカッカ!  よくやった、お前ら。これで外堀は完全に埋まったぜ」


 ドレイクがゆっくりと歩み寄り、タバコの紫煙を吐き出しながら、正面を見据えた。


 シールドウォール部隊が守護していたその先。


 そこには、アストライアの防衛システムによる絶対封鎖がかかった、コントロールセンターへと続く最後の巨大な扉が、重苦しい沈黙と共にそびえ立っていた。


 大掃除へと向けて、彼らは確かな足取りでその扉の前へと立つのであった。

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