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第77話 異世界の量産品と、元SSランクの得物比べ

 魔素重量の歪みが強まる廃棄サイロの壁面を、新生よろず屋パーティーはさらに下へと降りていった。


 呼吸をするだけでも内臓が圧迫され、踏み出した足が泥に吸われるような感覚を覚える、異常な重力環境。


 だが、セーフエリアでの極上キャンプ飯と、ドレイクによる泥臭い反復修行(ファーミング)によって完全な『理』を身体に叩き込んだ彼らにとって、それはもはや致命的な枷ではなくなっていた。


 結羽は仙気を丹田に巡らせ、自らの重心を地球の引力に対して垂直に保ちながら、軽やかな足取りで螺旋の足場を進んでいく。


 その背には、ドレイクが川崎ダンジョンの魔法金属を打ち上げて作り上げた、鈍い銀光を放つ『如意棍棒』が確かな重みを持って鎮座していた。


『お姉ちゃん、彩斗美さん、気をつけて!  前方、リポップの波形が違う!  今度は……単体じゃないよ!  『ツーマンセル』の波形が複数来る!』


 インカムから飛んできたふゆの鋭い警告。


 螺旋の足場が少し広がり、小さな広場のように開けた踊り場へと差し掛かろうとした、その時だった。


 ズズンッ、ズズンッ……!


 金属の床を揺らす重々しい足音と共に、青白い魔力回路が這う無機質なゲートの奥から、複数の巨大な影が姿を現した。


 これまで相手にしてきた、野生の延長線上にあるような生体兵器ではない。


 長槍と円盾(ラウンドシールド)を構え、互いの死角をカバーし合うように完璧なツーマンセル(二体一組)の陣形を組んだ、重装オーガが四体。


 そして――その奥から現れた『部隊を率いる隊長格』の威容に、結羽と彩斗美はハッと息を呑んだ。


「ブルォォォォォォォッ!!」


 野獣の咆哮に機械の駆動音が混じったような、耳をつんざく怒号。


 現れたのは、身の丈三メートルを超える巨躯を、分厚い濁った銀色の魔法金属の重装甲で覆い尽くした『重装ミノタウロス』だった。


 野田ダンジョンの深層で遭遇した機人化個体よりもさらに洗練され、外部に露出していた無駄なパイプが内装化された、純粋な戦闘用歩兵としてのフォルム。


 だが、結羽たちの目を最も釘付けにしたのは、その巨獣の右手に握られている、あまりにも巨大で無骨な武器の形状だった。


「あの大剣……まさか、特級審査で轟さんが使っていたのと同じ……!?」


 結羽が、かつて闘技場で自分をミンチにしようと振り下ろされた『重力の大剣』を思い出し、驚きで声を上げる。


「いいえ、それだけじゃないわ」


 結羽の後ろで戦況を俯瞰していた彩斗美が、驚愕に見開いた瞳で呟いた。


「あの大剣は……どう見ても、かつて私がメイン兵装として使っていたダンジョン産の大剣と同モデルね。意匠や魔力回路の配置が酷似しているわ」


『……ええ。彩斗美殿。師父が手を加える前の状態のものと比較すると、刀身の反りや質量のバランスなど、類似率は七割といったところでしょうか。……おそらく、同じ設計思想、あるいは同じ製造ラインで作られた同モデルの兵装かと推測されます』


 ふゆのスマートフォンから、黄龍の冷徹な分析音声が響く。


 その言葉に、彩斗美は小さく息を吐き出した。


 彼女がかつて命懸けの探索の末に手に入れ、現役時代に「世界最強の得物」の一つとして頼りにしていた伝説級のドロップ品。


 それが今、目の前の名もなきアストライアの警備兵の手によって、ただの「標準装備」として無造作に握られている。


「カッカッカ!  そういうこったな」


 ドレイクがポケットからタバコを取り出し、親指の爪でマッチを擦って火を灯した。


 獰猛な笑みを浮かべて、真実という名の毒を吐く。


「つまり、あんたがたがダンジョンの超レアドロップだなんだとありがたがっている規格外の武装ってのは、あっちの世界(アストライア)じゃあ、ああいう体格のデカい魔獣兵が使う規格で作られた量産装備の在庫品(ストック)ってこったな。人間が使うにゃ、いささか以上にデカくて重すぎるってもんさ。本来の使い勝手なんざ、これっぽっちも考慮されてねえ」


 ダンジョン産の大剣や大斧が、なぜあれほどまでに巨大で扱いづらいのか。


 それはファンタジーのロマンなどではない。


 単純に、人間用ではなく異世界の巨獣が振るうためのサイズだったからだ。


 ゴォォォォンッ!!


 重装ミノタウロスが、威嚇するようにその大剣を金属の床に叩きつけた。


 ただそれだけで、足場が大きくひしゃげ、凄まじい物理的な衝撃波が結羽たちの肌をびりびりと叩く。


 伝説の遺物ではなく、単なる量産品のお古。


 だが、それがこの地球の探索者たちにとって、一撃で肉体を粉砕される本物の脅威であるという事実に変わりはない。


 しかし、彩斗美は決して絶望することも、自身の武器を卑下することもなかった。


 彼女の瞳には、かつてSSランクとして日本の頂点に立ったコマンダーとしての、強烈な気高さと知的な闘志の炎が燃え上がっていた。


「……同型の武装の持ち主として、理合いの異なりは気になるところね。それに私の大剣は今、ドレイク殿の手によって私専用に最適化されている。どちらが『真の得物』か、比べ合いといきましょうか」


 彩斗美が背中から自身の大剣をゆっくりと引き抜くと、刀身に刻まれた光華文字が、彼女の魔力に呼応して青白い光を帯びて明滅を始めた。


「結羽さん、取り巻きのオーガたちは任せてもいいかしら?」


 彩斗美は流し目で結羽を見ると、ふっと美しく、そして猛禽類のように獰猛に微笑んだ。


「はいッ!!」


 結羽は力強く頷き、背中の銀色の如意棍棒を引き抜いた。


 ガチャリ、という硬質な機械音が響く。


 結羽が棍の基部にある機構を操作すると、先端のジョイントが開放される。


 装備袋から取り出した重厚な『鎖分銅』がジャラリと音を立てて接続された。


 ハイテン鋼の鎖分銅から、ミスリルとアダマンタイトの合金にアップデートされた銀の鎖が、結羽の仙気に反応して淡い光を放つ。


「ふゆ、援護をお願い!」


「まかせて!  魔力波形固定、デバフ、いくよ!」


 結羽は銀色の『如意棍棒・分銅形態』を構えて、取り巻きである四体の重装オーガへと弾丸のように飛び出していった。


 直後、重装ミノタウロスもまた、自らの獲物を奪うかのように前に出た彩斗美めがけて、地響きを立てながら接近を開始した。


「ギガァァァッ!!」


 オーガのツーマンセルが、鋭い長槍で結羽の左右から挟み撃ちにするように突きを出してくる。


 彼らもまた、光華王朝の軍事データがインストールされた生体兵器。


 その刺突の軌道には微塵の無駄もなく、互いの死角をカバーし、逃げ道を塞ぐ完璧な連携だ。


 だが、今の結羽にとって、武器を持った人型魔獣など、セーフエリアで散々消費した『歩いてくるサンドバッグ』の延長に過ぎない。


「遅いッ!」


 結羽は『面』の歩法で異常重力の床を滑るように躱すと、オーガの踏み込みに合わせて、如意棍棒を鋭く一閃させた。


 遠心力を乗せた銀色の分銅が、空中で蛇のようにうねり、片方のオーガの槍の柄に巻き付く。


「はぁッ!」


 結羽が仙気を込めて鎖を引き寄せると、オーガの巨体が強引に前のめりへと引きずり出された。


 もう一体のオーガが盾でカバーに入ろうとするが、その後方から飛来した銀色の閃光が、その盾の表面に突き刺さった。


 パシュッ、という乾いた音と共に、ふゆのシリンジガンから放たれた『腐食と凍結の魔弾』が炸裂する。


「ガァァァッ!?」


 強固な盾が瞬時に溶け落ち、同時に凍結によってオーガの脚部が床に縫い留められる。


 無防備になった二体の延髄めがけて、結羽は巻き付けた鎖を解除すると同時に、棍を反転。


 石突きによる容赦のない旋風撃が振り下ろされた。


 前衛の武術の理と、後衛の完璧な射撃サポート。


 よろず屋の姉妹コンビネーションは、もはやツーマンセル程度の連携では止められない次元に達していた。


 一方、その傍らでは。


「ブルォォォォォォッ!!」


 隊長格の重装ミノタウロスが、巨大な大剣を中段に構え、彩斗美との間合いを詰めていた。


 その歩法には、巨獣特有の鈍重さは一切ない。


 光華王朝の御林軍用剣術のデータが細胞に刻み込まれているのだろう。


 大剣の絶大な質量を無理に振り回すのではなく、剣の重さと遠心力を利用した、驚くほど理にかなった足運びで、流れるように彩斗美の懐へと滑り込んでくる。


 三メートルを超える巨獣が、洗練された剣士の技を使う。


 それは地球の常識からすれば、悪夢以外の何物でもない。


 大剣が、下から上へとすくい上げるような逆袈裟の軌道で、彩斗美めがけて鋭く放たれた。


 だが、彩斗美は全く動じない。


「……速いわね。でも、軌道が素直すぎるわ」


 彩斗美は自身の魔力を大剣に流し込み、ドレイクが仕込んだ『重量可変ギミック』を起動させた。


 瞬間、大剣の質量が羽のように軽くなる。


 彩斗美は重力異常の空間であることを忘れさせるほど軽やかなステップで、下からの斬撃を紙一重で躱し、そのまま相手の剣の死角へと入り込んだ。


 しかし、ミノタウロスもただの案山子ではない。


 空を切った直後、手首のスナップを利かせて大剣の軌道を強引に変更し、彩斗美を薙ぎ払おうと追撃を仕掛けてくる。


 野生の獣には絶対にできない、高度な武術の理によるカウンターだ。


「その返しも、読めているわ!」


 彩斗美は軽くなった大剣を盾のように構え、ミノタウロスの大剣と交差するその瞬間に、魔力による重量操作を解除した。


 ドガァァァァァンッ!


 羽のように軽かったはずの彩斗美の大剣が、接触の瞬間に限界突破レベルの『極大質量』へと変化し、ミノタウロスの大剣を強烈に弾き返した。


「ガ、ギィィィッ!?」


 完璧な理合いで振るっていたはずの剣の軌道を、圧倒的な質量の変化という『理外の理』で狂わされ、ミノタウロスの巨体が大きくバランスを崩す。


 量産品の規格通りのデータで動く生体兵器と、状況に応じて魔術回路を自在に操り、意表を突くコマンダー。


 同型の武装を持ち、共に武術の理を用いていながら、その得物比べの格の違いは、誰の目にも明らかだった。


「武器はただ重ければいいというものではないわ。それを扱う者の『理』と、その先を読む頭脳が伴って初めて、真の脅威となるのよ」


 彩斗美は、体勢を崩したミノタウロスを見据え、冷徹に告げた。


 激怒したミノタウロスが、無理やり身体を起こし、再び大剣を振り下ろそうとする。


 だが、彩斗美はすでに次の手を準備していた。


「ふゆ!  結羽!」


「はいッ!  凍結の魔弾、足元にいきます!」


 ふゆが射出した魔弾がミノタウロスの足元で炸裂し、急速な凍結効果が巨獣の踏み込みをコンマ数秒遅らせる。


「お任せください!」


 取り巻きを片付けた結羽が、如意棍棒の鎖を瞬時に巻き取り、ガチャリと音を立てて『槍の穂先』へとアタッチメントを換装した。


 結羽は『点』の踏み込みでミノタウロスの大剣の軌道を、下からの突き上げで強引に弾き上げる。


 完全に大勢を崩し、ガラ空きになったミノタウロスの胸部。


 彩斗美は、大剣の重量を再び極限まで軽くし、神速の踏み込みで敵の懐へと飛び込んだ。


 そして、濁った銀色の装甲の最も薄い関節の継ぎ目めがけて刃を差し込むと同時に、魔力を爆発させて重量を『極大質量』へと変化させた。


「終わりよッ!!」


 メシャァァァァァッ!!!


 自重と超質量の刃が、分厚い未知の合金装甲ごと、ミノタウロスの胴体を完全に両断した。


 駆動音と咆哮が同時に途切れ、隊長格の巨獣は光の粒子となって、魔素の重い空間へと溶けて消え去った。


 後に残されたのは、深層の巨大な魔石と、ミノタウロスが握っていた『量産品の大剣』だけだった。


「……ふぅ。これで決着ね」


 彩斗美が自身の大剣の重量を戻し、優雅な動作で背中の鞘へと納める。


 汗一つかかず、息も乱れていない。


 元SSランクとしてのプライドと、よろず屋で得た新たな『理』の完全な証明だった。


「お見事です、彩斗美先輩!  すっごくかっこよかったです!」


 結羽が目を輝かせて駆け寄ってくる。


 銀色の如意棍棒をクルリと回して背中に担ぎ直す動作も、今や板に付いている。


「カッカッカ!  違いねえ。ただの量産品のデータと、俺の魔改造を経た一品の差を、きっちり叩き込んでやりやがったな」


 ドレイクも満足げにタバコの煙を吐き出しながら、歩み寄ってきた。


「ええ。……でも、これをもらっておけば、刃こぼれした時の予備の素材くらいにはなりそうね」


 彩斗美は、床に転がるミノタウロスが残した、濁った銀色の魔法金属製の大剣を拾い上げ、フッと微笑んだ。


 ツーマンセルの小隊と、隊長格の重装兵。


 光華王朝の軍事データをインストールされた強敵たちを相手にしても、新生よろず屋パーティーの進撃は止まらない。


 彼らは魔素重量の歪む螺旋の足場を、さらに深淵の底――廃棄サイロの真の闇へと向けて、力強く下りていくのだった。

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