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第66話 質量保存則と、ドワーフ工房の親方

 土煙が晴れた後、俺は自分のしでかした惨状を見下ろして、盛大に顔を引きつらせていた。


 月酔仙の風雅な庵の縁側が見事にぶち抜け、分厚い床板が木っ端微塵に粉砕されている。


 俺の身体はそのまま地面に深くめり込み、まるで落とし穴にでもハマったような無様な体勢になっていた。


「ぶっ……ふぉっふぉっふぉっふぉっ!!」


 宙に浮き上がって難を逃れた月酔仙が、腹を抱えて大爆笑している。


「笑い事じゃねえぞ、ジジイ……! なんでこうなるんだよ!」


 俺はめり込んだ地面から這い出ようと、周囲の土に手を突いた。


 ズンッ。


 手のひらに少し体重をかけただけで、地面がすり鉢状に陥没し、俺の身体はさらに深く沈み込んでしまう。


「火龍殿……いや、ヨシュア殿。お見事な人化の術でしたが、どうやら『質量』までは人間の器に収まりきらなかったようですな」


 月酔仙が笑いすぎて涙目になりながら、上空から念話を飛ばしてくる。


「質量保存の法則……ってヤツか。くそったれ、理不尽すぎるだろ」


 俺は自分の両手を見つめ、深いため息を吐き出した。


 外見は完全に185センチの、筋骨隆々とした人間のおっさんだ。


 だが、この肉体の内側には、大噴火と共に生まれ落ちた古代竜の、数百万トンにも及ぶ超質量がそっくりそのまま圧縮されて詰め込まれている。


 地面に立っている時は、無意識のうちに重力魔法を使って、自分の全細胞を極限まで内側に締め上げている状態だ。


 いわば、24時間体制で自分自身に強烈な複合関節技をかけ続け、強引に人間の形と体積を維持し、足元への圧力を魔法で相殺しているのだ。


 しかし、「座る」という行為は違う。


 椅子や縁側に腰を下ろす瞬間、人間は無意識のうちに己の体重を対象物に『預ける』。


 その一瞬の気の緩み、重力制御のわずかなベクトルのズレが、俺の隠し持っていた数百万トンの質量を物理的に外へと漏れ出させてしまったのだ。


「これでは、同じ目線で酒を飲むというヨシュア殿のささやかな夢も、立ち飲み限定になってしまいますな」


 月酔仙がからかうように瓢箪の酒器を揺らす。


「うるせえ。俺は落ち着いて座って、ゆっくり酒が飲みたいんだよ。……こうなったら、絶対に壊れない椅子を用意するしかねえな」


「絶対に壊れない椅子、ですか。丸太や巨大な岩でも削り出しますかな?」


「それでは持ち運べないだろうが。どこへ行くにも岩を背負って歩くなんて、修行僧でもお断りだ」


 俺は地面からなんとか這い上がり、衣服についた土を払い落とした。


 ズシン、ズシンと、慎重に重力制御を意識しながら足を踏み出す。


「……北へ行くぞ。あいつらなら、俺のワガママを形にできるはずだ」


 俺の脳裏に浮かんだのは、この大陸で最も手先が器用で、金属と火を愛する頑強な種族の顔だった。



◆◆◆



 北のハニマル国。


 光華王朝が栄える東原の地から遥か北方に位置するその場所は、冷たい風が吹き荒れる厳しい気候の土地だ。


 後の時代には神の怒りによって極寒の氷獄と呼ばれることになる地域だが、この頃はまだ、山脈の恩恵を受けた鉱物資源の宝庫であり、ドワーフたちの活気ある工房が立ち並ぶ職人の聖地であった。


 険しい山道を抜け、俺は巨大な岩山をくり抜いて作られたドワーフの工房都市へと足を踏み入れた。


 鼻腔を突くのは、むせ返るような石炭の煙と、溶けた金属の匂いだ。


 巨大なふいごが風を送る重低音と、硬い金属をハンマーで打ち据える甲高い音が、途切れることなく谷間に反響している。


 俺は一番奥にある、ひと際巨大な煙突を持つ工房の分厚い鉄扉を叩いた。


「誰じゃ、こんな忙しい時に!」


 地響きのような野太い声と共に、鉄扉が重々しく開かれる。


 顔を出したのは、俺の胸元ほどの背丈しかないが、横幅は俺よりも広いのではないかというほどの、岩塊のような筋肉を持つドワーフの親方だった。


 顔の半分を覆う見事な髭は煤で汚れ、分厚い革のエプロンからは熱気が立ち上っている。


「邪魔するぜ、親方。腕のいい職人を求めて、東の方からやってきた」


 俺は人化したおっさんの姿のまま、愛想よく右手を挙げた。


 親方は俺を上から下まで値踏みするように睨みつけ、フンと鼻を鳴らす。


「ヒューマンの旅人か。生憎だが、うちの工房は軍の武具や、採掘用の重機を作るので手一杯でな。ヒューマンの使うような細っこい飾り剣や、軟弱な生活道具なんぞ打ってる暇はねえんだ」


「剣や鎧を頼みに来たわけじゃない。俺が欲しいのは、『椅子』だ」


「はぁ? 椅子だと?」


 親方の太い眉が、不機嫌そうに吊り上がった。


「ヒューマンのひょろっこい体に、うちの工房で打つような頑丈な鉄の椅子なんぞいるかよ。その辺の木工職人にでも頼みやがれ」


 追い返そうと扉を閉めかける親方に対し、俺はため息を吐いた。


「まあ、そう言うな。お前さんたちの作るもんじゃないと、俺の体は支えきれないんだよ」


 俺は工房の入り口付近に無造作に置かれていた、鉄のインゴットを打つための巨大な金床に目を留めた。


 そして、重力魔法の制御をほんのわずかだけ緩め、その金床の端に軽く腰をかけた。


 ギシャァァッ……!!


 凄まじい金属の軋み音が鳴り響く。


 親方の目の前で、何トンもの重量があるはずの分厚い鋼鉄の金床が、俺の尻の下でまるで飴細工のようにひしゃげ、中心から真っ二つにへし折れてしまった。


 ズンッ、と俺の身体が沈み込み、工房の床の石畳に深い亀裂が走る。


「なっ……!?」


 親方の咥えていた煙管が、ポロリと地面に落ちた。


 彼はひしゃげた金床と、何食わぬ顔で立ち上がる俺の姿を交互に見比べ、目を真ん丸に見開いている。


「お、お前さん……ただのヒューマンじゃねえな!?」


「ちょっとばかり『中身』が重くてな。普通の木の椅子じゃ、座った瞬間に粉々になっちまうのさ。……どうだ、親方。俺の体重を支えきれる椅子、打ってみる気はないか?」


 俺の挑発的な言葉に、親方の顔に浮かんでいた不機嫌さが消え、代わりに職人としてのギラギラとした好奇心が宿った。


「……面白え」


 親方は自慢の髭を太い指で撫でつけながら、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。


「よくわかった。我らドワーフも、椅子選びには難儀するからの。お前さんほどじゃないにせよ、我らもこの筋肉の塊の上に、戦斧や戦鎚を背負い、分厚い金属鎧まで着込む。そんな状態で腰を下ろせば、ヒューマンの作った上等だが貧弱な椅子なんぞ、すぐに脚がへし折れちまう」


「だろ? 丈夫さが足りねえんだよな」


「いかにも。だから工房の中じゃ、もっぱら丸太のぶつ切りや、石の塊に座ってるんじゃが……出先や酒場じゃそうもいかん。お前さんの『座る場所がない』という苦労、痛いほどよくわかるぞ」


 ヒューマンの姿をした規格外のバケモンと、頑強さを誇る職人種族の長。


 全く異なる出自の二人だが、「椅子を壊してしまう」という一点において、俺たちは奇妙なほどに深く意気投合していた。


「話が早くて助かるぜ。ただ頑丈なだけじゃダメだ。俺はどこへ行くにもそいつを持っていきたい。つまり、持ち運べるくらいコンパクトに折りたためて、なおかつ絶対に壊れない構造が必要なんだ」


「ほう。折りたためる鉄の椅子か。陣中で使う床几(しょうぎ)のようなものか?」


「ああ、ベースの考え方はそれと同じでいい」


 俺は懐から、丁寧に折りたたまれた羊皮紙を取り出した。


 なんとか人化した状態で地べたに座り込み、俺自身が細い筆を使い、プルプルと震える指先で執念を燃やして描き上げた、精緻な設計図だ。


「背もたれもつけて、こうやって持ち運べる感じに、だな」


 親方は羊皮紙を受け取り、顔を近づけてじっくりと図面を睨み込んだ。


 そこに描かれているのは、前世の記憶にある『折りたたみ式パイプ椅子』の構造図だ。


 金属のパイプをU字型に交差させ、可動式の蝶番で繋ぎ合わせる。


 座面と背もたれには、ある程度のクッション性を持たせた素材を張る。


 極めてシンプルだが、物理的な力学の理に適った、完璧な折りたたみ構造である。


「……なるほど。二本の管を交差させ、荷重を斜め下へと逃がす構造か。これならば、垂直にかかる力を分散させ、折りたたみの可動域も確保できる。……お前さん、図面を引く才能があるな」


「へっ。俺の得意分野は『関節の理』だからな。力学的な構造はお手の物さ」


 前世で人間の関節を極め続けた知識が、まさか椅子の設計に役立つとは俺自身も思っていなかったが。


「だがな、ヒューマンよ」


 親方は設計図から視線を上げ、鋭い目で俺を射抜いた。


「構造は素晴らしいが、お前さんのあの異常な体重を支えるとなると、話は別だ。生半可な鉄や鋼の管では、交差した部分からひしゃげるか、蝶番のピンが消し飛ぶぞ」


 親方の指摘はもっともだった。


 俺の超質量を支えるには、金属自体の強度が根本的に足りないのだ。


「わかってる。だから、材料はこいつで作ってもらいたいんだ」


 俺は口の端を吊り上げ、腰に下げたマジックバッグの中に、そっと腕を差し込んだ。


 空間魔法が編み込まれた袋の底から、目当ての物体を掴み出す。


 ずしり、という表現では到底足りない、腕の骨が軋むほどの圧倒的な密度を持った塊だ。


 ドワーフの親方の目の前に、それをドンッと音を立てて置いた。


 分厚い石畳の床が、それだけでミシッと微かに悲鳴を上げる。


 親方の太い眉が、限界まで跳ね上がった。


「なんじゃ、こりゃあ……」


 親方の視線の先にあるのは、光を一切反射しない、深い闇のような漆黒のインゴットだった。


「ミスリルの合い鋼なんかじゃ心許なくてな。最高の素材を持参したってわけだ」


 俺が胸を張って答えると、親方は煤けた顔をインゴットに近づけ、太い指でそっと表面を撫でた。


 彼の顔色が一瞬にして変わる。


「……見間違いじゃなけりゃ、黒鋼(クロムアダマン)だが?」


「ああ。魔導炉で極限まで精錬してある。馬鹿みたいに魔力を持っていかれたが、頑丈さは世界一だろ」


 俺の言葉に、親方は咥えていた煙管をポロリと落とした。


「……黒鋼じゃが?」


「そうだ」


「黒鋼で、椅子を作れと?」


「そうだ」


 俺が真顔で頷くと、親方は天を仰いで数秒間固まり、やがて腹の底から地響きのような笑い声を上げ始めた。


「ぶははははははっ! 黒鋼! 神々の武器や、要塞の城門の芯材に使われる伝説の金属で、折りたたみの椅子を作れと抜かしおったわ!」


 親方の笑い声に、工房の奥で作業していたドワーフの職人たちが何事かと集まってくる。


「親方、そりゃマジですか」


「ヒューマンの兄ちゃん、頭が湧いてるんじゃねえのか」


 職人たちがざわめく中、親方は笑い涙を拭いながら俺の肩をバンバンと叩いた。


「面白え! 最高に面白えヒューマンだ! だがな、この純度の黒鋼を溶かして管状に打ち直すとなると、うちの工房の最大火力でも何日かかるかわからんぞ」


「火力が足りないってんなら、俺が手伝ってやるよ」


 俺はニヤリと笑い、手のひらに魔力を集中させた。


 チロチョロと、青白い炎の舌先が指先から漏れ出す。


 ただの火魔法ではない。


 大地の底を流れる龍脈のエネルギー、マグマの熱量そのものを抽出した、火龍としての純粋な熱だ。


「俺の魔力を魔導炉に注ぎ込んでやる。それで加工できるだろ?」


 その青白い炎の熱量を感じ取ったのか、親方と職人たちの目の色が、完全に狂気を帯びた職人のそれへと変わった。



◆◆◆



 その日から、北のハニマル国にあるドワーフの工房は、不眠不休の地獄の鍛冶場と化した。


 俺が火龍の魔力を極限まで絞り込んで魔導炉に注ぎ込み、ドワーフたちが交代で巨大なハンマーを振るう。


 カンッ、カンッ、という甲高い金属音が、昼夜を問わず山間に響き渡った。


 黒鋼を溶かし、引き延ばし、俺が描いた図面の通りに金属の管へと成形していく。


 可動域となる蝶番のピン一つに至るまで、全てが純度100パーセントの黒鋼だ。


 座面と背もたれには、ドワーフたちが秘蔵していた極上の地竜の革を何重にも張り合わせ、黒鋼のビスでガッチリと固定した。


 俺も職人たちと一緒に汗と煤にまみれながら、ミリ単位の可動域の調整に口を出した。


 関節の理を知り尽くしているからこそ、力がどの方向に逃げるのか、どこに最も負荷がかかるのかが手に取るようにわかるのだ。


 そして数日後。


 蒸気と熱気に包まれた工房の中央に、一つの作品が完成した。


 見た目は、何の変哲もない折りたたみ式のパイプ椅子だ。


 しかし、その存在感は異様だった。


 光を吸い込むような漆黒の金属フレームに、重厚な革の座面。


「……できたぞ、ヨシュアと言ったか」


 親方が、血走った目で満足げに息を吐く。


「我らドワーフ一族の歴史においても、これほど無駄で、これほど頑丈で、これほど美しい傑作を打ったのは初めてだわい」


「恩に着るぜ、親方。最高の仕事だ」


 俺はゆっくりと歩み寄り、その『漆黒のパイプ椅子』の前に立った。


 重力魔法による体重制御を、完全に解除する。


 数百万トンの質量が、俺の百八十五センチの身体に重くのしかかった。


 息を一つ吸い込み、ゆっくりと、腰を下ろす。


 ――ギシッ。


 微かな革の擦れる音がしただけで、パイプ椅子はびくともしなかった。


 俺の途方もない超質量を、黒鋼のフレームが完璧な力学構造で受け止め、床へと荷重を逃がしているのだ。


「……おおっ」


 俺は思わず、腹の底から感嘆の声を漏らした。


 人化の術を習得して以来、座るという行為は常に神経をすり減らす苦行だった。


 だが今、俺は自らの体重を完全に預け、背もたれに深く寄りかかっている。


 全く壊れる気配がない。


 ただ普通に座れるということが、これほどまでに心安らぐことだとは思いもしなかった。


 この安心感なら、座った状態でも落ち着いて重力魔法を調節することもできる。


 いつかはこのパイプ椅子も不要になる日が来るかもしれない。


 そんなことを瞬時に夢想するほどに素晴らしい仕事だった。


「完璧だ。完璧すぎるぜ、親方!」


 俺が満面の笑みで立ち上がり、パイプ椅子をパタンと折りたたんで片手で持ち上げると、ドワーフたちから割れんばかりの歓声が上がった。


 片手で軽々と持ち上げているように見えるが、この椅子だけでとんでもない重量がある。


 並の人間なら、持ち上げるどころか引きずることすら不可能だろう。


 だが、火龍の膂力を持つ俺にとっては、ちょうどいい手荷物だ。


「約束の代金だ。受け取ってくれ」


 俺はマジックバッグから大量の金塊と、紅泉郷で造らせた極上の酒樽を取り出し、工房の床に並べた。


「おおっ、こいつは良い酒の匂いだ! ヨシュアよ、お前さんならいつでも大歓迎だぞ!」


 酒の匂いに目を輝かせる親方たちに背を向け、俺は漆黒のパイプ椅子を肩に担いで工房を後にした。



 ◆◆◆



 俺の人間社会における冒険者としての人生――ヒト型の第二の人生は、この北の地から本格的に幕を開けた。


 どこへ行くにも、常にこの漆黒のパイプ椅子を持ち歩く。


 酒場で休む時も、野営で火を囲む時も、俺は備え付けの椅子には座らず、自前のパイプ椅子を開いて、どっかと腰を下ろした。


 俺は冒険者ギルドに登録し、生活費と美味い酒を稼ぐために、魔物討伐や護衛の依頼をこなすようになった。


 俺の戦闘スタイルは、剣や魔法を使う一般的な冒険者とは全く異なる。


 己の肉体と、関節の理を駆使して戦う武僧(モンク)のスタイルだ。


 それに加えて、手には常にあの漆黒のパイプ椅子がある。


 ある日の依頼で、凶暴なオーガの群れと遭遇した時のことだ。


 身の丈三メートルを超えるオーガが、丸太のような棍棒を振り下ろしてくる。


 俺は避けることもせず、折りたたんだ状態のパイプ椅子を盾のように掲げた。


 ガァンッ!!


 凄まじい衝撃音が響き、オーガの持つ太い棍棒が真っ二つにへし折れた。


 黒鋼でできた世界一頑丈な椅子は、傷一つついていない。


「なっ……!?」


 驚愕して動きを止めたオーガの懐に、俺は一瞬で滑り込んだ。


 パイプ椅子を地面に突き立て、オーガの太い腕を両手で絡め取る。


 前世で培った、師匠直伝のランカシャースタイル、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンだ。


 相手の関節が曲がらない方向を見極め、てこの原理を利用して完璧な脇固めの体勢へと移行する。


「魔法だの筋力だの、小手先の力ばっかり頼るから打たれ弱えんだよ。関節ってのはな、どの種族も曲がらねえ方向には曲がらねえんだ」


 俺は低い声で告げながら、超質量をほんのわずかだけ乗せて腕を絞り上げた。


 メキィッ、という鈍い音が響き、オーガが苦痛に満ちた絶叫を上げる。


 たまらず体勢を崩したオーガの巨体を、地面へと強引に引きずり倒す。


「沈めッ!」


 俺は片足を高く上げ、自身の数百万トンの質量を頭部の一点に極限まで圧縮した。


 そのまま、全体重を乗せた必殺の一本足頭突きを、オーガの脳天へと振り下ろす。


 ゴシャァッ!!


 大地を揺るがすような衝撃と共に、オーガの意識は完全に刈り取られ、白目を剥いて地面に沈み込んだ。


 俺は何事もなかったかのように立ち上がり、首のタオルで汗を拭う。


 そして、地面に突き立ててあったパイプ椅子を開き、その上にどかと腰を下ろして息を吐く。


「ふぅ。やっぱり、仕事の後に気兼ねなく座れる椅子があるってのは最高だな」


 そんな破天荒な戦いぶりは、行く先々で伝説となっていった。


 巨大な魔獣の突進を椅子で受け止め、関節技でへし折り、最後は強烈な打撃で沈める強面のおっさん。


 いつしか人々は、俺のことを畏敬と恐怖を込めて『椅子持ちのヨシュア』、あるいは『椅子持ちのドレイク』と呼ぶようになった。


 長命種である俺にとって、この冒険者稼業は退屈しのぎとしては最高の娯楽だった。


 紅泉郷で造らせた極上の酒を水筒に入れ、パイプ椅子に座って満天の星空を見上げる夜は、何物にも代えがたい至福の時間だ。


 俺は各地を放浪しながら、人間の営みをすぐそばで観察し、時には彼らの厄介事に首を突っ込んだ。


 そうやって自由に世界を歩き回るうちに、俺の噂は次第に大陸全土へと広まっていった。


 やがて、そんな俺の生き様に憧憬を持つ若者達が現れる。


 後に光華王朝で栄達し、俺を宮廷へと引きずり出すことになる英傑たち。


 彼らとの旅路が、俺のこの長すぎる第二の人生において、最も輝かしく、そして最も悲惨な時代への幕開けとなるとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。


 今はただ、この頑丈な椅子に座って美味い酒が飲めるという、ささやかな幸せを噛み締めていたのである。

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