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第61話 砂時計の真理と、過去への扉

 群馬県・赤城山ダンジョンでの苛烈な死闘を終え、よろず屋パーティーを乗せた黒塗りの大型SUVは、深夜の高速道路を滑るように走り抜け、千葉県野田市へと帰還を果たした。


 結羽たちの住むマンションのエントランス前に車が停車する。


 激闘の疲労はあるものの、極上の「ヒュドラのハツ尽くし」を堪能した彼女たちの顔色は、出発前よりもずっと良く、確かな生命力に満ち溢れていた。


「ふう、着いたぁ……」


 結羽が車のドアを開け、初夏の少し湿った夜風を大きく吸い込む。


「結羽さん、ふゆちゃん。本当にお疲れ様」


 後部座席から降り立った佐修院彩斗美が、優雅な笑みを浮かべて二人を労った。


 その美しい黒髪に残る一筋の金色のメッシュが、街灯の光を受けて誇らしげに輝いている。


「彩斗美先輩も、本当にお疲れ様でした! 完璧な指揮、すっごく心強かったです!」


「えへへ、彩斗美さんが一緒だと、なんだか無敵のパーティーになったみたいだったよ!」


 結羽とふゆの言葉に、彩斗美は嬉しそうに目を細めた。


「ありがとう。……私はこれから、佐修院の本邸へ戻るわ。ギルドの連中やダンジョン協会への『お土産(事後報告)』の処理をしなきゃならないしね。特例の現地調査なんて名目で行かせてもらった以上、きっちり釘を刺しておかないと」


 彩斗美の言葉に、運転席から降りてきた黒田が恭しく頭を下げる。


「事後処理は、佐修院家の総力を挙げて完璧に遂行いたします。お嬢様は、まずはゆっくりとお身体をお休めください」


「ええ、任せるわ。……ドレイク殿」


 彩斗美は、巨大なリュックを肩に担いだジャージ姿の巨漢へと向き直った。


「今回は、本当に何から何まで世話になったわ。貴方たちに出会えなければ、私は一生、あの冷たいベッドの上で過去の幻影に怯え続けていた。……心から、感謝するわ」


 彩斗美が深く頭を下げると、ドレイクは首に巻いたタオルでゴシゴシと汗を拭いながら、事もなげに鼻を鳴らした。


「へっ。俺はただ、美味い飯を作って食わせただけだ。呪いをぶち破ったのは、あんた自身の闘魂だろうが。……まぁ、また美味いもんが食いたくなったら、いつでも顔を出しな。スポンサー様」


「ええ。近いうちにまた、極上の『依頼』を持って伺うわ」


 彩斗美と黒田を乗せた車が、静かに走り去っていく。


 それを見送った後、ドレイクは結羽とふゆを振り返った。


「よし、俺たちも上がるぞ。……結羽、ふゆ」


 ドレイクの声のトーンが、わずかに低く、真剣なものへと変わった。


「まずはゆっくり風呂に入って、泥と汗を落としてこい。……風呂すましたら、俺の工房(ヤサ)に来てくれ。話しておきたいことがある」


「……話、ですか?」


「ああ。重要な話だ」


 結羽とふゆは顔を見合わせ、コクンと力強く頷いた。



 ◆◆◆



 一時間後。


 結羽とふゆは、お風呂上がりで少し火照った身体にスウェットやパジャマといったリラックスした部屋着を纏い、隣室――ドレイクの『ヤサ』である工房の扉を叩いた。


「開いてるぜ」


 ドレイクの低い声に促され、二人が部屋の中へ足を踏み入れる。


 そこは、一般的なマンションの一室でありながら、佐修院家の手配した魔力遮断システムと防音設備によって、完全に外界から切り離された異質な空間となっていた。


 壁際には様々な工具や魔導コンロが並び、ほのかに金属と機械油、そしてドレイクが吸うタバコの紫煙の香りが漂っている。


 雑然としているが、どこか落ち着く、よろず屋の心臓部だ。


 部屋の中央にある頑丈な作業用テーブルの前に、ドレイクがどっかとあぐらをかいて座っていた。


 傍らには冷えた缶ビールと、淡い金色の光を明滅させる黄龍の宝珠が置かれている。


「お待たせしました、おやっさん」


 結羽とふゆが、ドレイクの向かい側にちょこんと座る。


「おう。髪、ちゃんと乾かしてきたか? 湯冷めすんじゃねえぞ」


 ドレイクは保護者のような小言を口にしながら、プシュッと新しい缶ビールを開けた。


 一口煽り、ふうと息を吐き出してから、彼は真っ直ぐに二人の目を見据えた。


「赤城山のダンジョンで、俺と黄龍が防衛システムをハッキングした時のことだ」


 ドレイクの切り出しに、結羽もふゆも背筋を正した。


「あのヒュドラが守ってた施設……あれは、あっち(アストライア)の世界にあった古代兵器の最終処分場だ。それも、下手をすりゃあこの星の環境ごと吹き飛ばしかねねぇような、とんでもない『厄ダネ』のな」


「厄ダネ……。あっちの世界の古代兵器ってそんなに危ないものなんですか?」


 結羽の問いに、ドレイクは重く頷く。


「ああ。実はな、俺はあっちの世界でも同じようなこと――アストライアのヤバい兵器を自分の"巣"に集めて、誰の手にも渡らねえように封印するってことをしていてな。こっちに喚ばれてからも、いつかそれを見つけたら何とかしなきゃならねえと思っていた」


 ドレイクは手元の缶ビールを見つめ、静かに言葉を紡ぐ。


「ダンジョンを踏破し、ダンジョンの謎を解き、お前さん達の両親を探す。……それと同時に、俺自身がやらなきゃならねえ、やるべきことが出来たって話だ」


 ドレイクの瞳の奥で、神話級の火龍としての強い責任感と、ある種の覚悟の炎が揺らめいた。


「ただな。これは世界のバランサーとして永いことやってきた、"よろず屋"としての俺の仕事だ。連中は、俺たちの想像を超える悪意やシステムで襲いかかってくる。とんでもない危険もつきまとう」


 ドレイクはそこで言葉を区切り、真剣な眼差しで結羽とふゆを見つめた。


「だから、お前さん達に同行を強要するつもりはねえ。ここから先は、ただの魔獣退治と探索じゃすまなくなるからな」


 その不器用で、どこまでも弟子を案じる過保護な宣告。


 結羽とふゆは、ドレイクの言葉が終わるか終わらないかのうちに、示し合わせたように顔を見合わせ、そして同時に吹き出した。


「ふふっ……あはははっ!」


「もう、おやっさんったら、何言ってるの!」


「ああん? 何がおかしいんだ」


 ドレイクが怪訝そうな顔をする。


 結羽は笑いを収めると、真っ直ぐに、揺るぎない瞳で師匠を見返した。


「決まってるじゃないですか。おやっさんの仕事なら、わたしたちの仕事です。わたしたちは『よろず屋パーティー』なんですから」


「お姉ちゃんの言う通りだよ! 危険だからっておやっさん一人で行かせるわけないでしょ! わたしが完璧にナビゲートしてあげるんだから!」


 ふゆも胸を張り、得意げに鼻を鳴らす。


 その迷いのない即答に、ドレイクは一瞬だけ目を丸くし、やがて呆れたように、しかし最高に嬉しそうに「カッカッカ!」と豪快に笑い飛ばした。


「違えねえ! 俺の可愛い弟子っこたちは、ちょっとやそっとの危険で尻尾を巻くようなタマじゃなかったな」


『ええ。師父も、少しばかり過保護が過ぎるというものです』


 黄龍の宝珠が、やれやれといった様子で明滅する。


「悪かったよ。……それじゃあ、よろず屋の仲間として、もう一つの重要な真実を共有しておくぜ」


 ドレイクは表情を引き締め、テーブルの上に人差し指をトントンと立てた。


「赤城山のダンジョンを掌握してわかったことがある。……ダンジョンってのは、上層・中層・深層、そして下層があるのは知ってるな」


「はい」


「その下に、さらに深い『深淵層』が広がっている。さっき言った"厄ダネ"は、その深淵層のさらに先に転がっている可能性が高ぇ」


 ドレイクは、身を乗り出すようにして、姉妹に顔を近づけた。


「……そして、さらにその向こうは――あっち(アストライア)のダンジョンに繋がっている可能性が高ぇ」


「……えっ!?」


 結羽とふゆが、同時に息を呑んだ。


「あっちの最下層、超深淵層だな。『砂時計』ってあるだろう? あんな形で、ダンジョンの超深淵層のくびれを通じて、あっちの世界とこっちの世界が繋がっている。……ダンジョンの構造ってのは、どうやらそういうことみてぇだな」


『左様です。赤城山のシステムの座標データと、この世界のダンジョンの魔力波長を照らし合わせた結果、位相の底で二つの世界が接触しているポイントが存在する確率が極めて高いと推論されます』


 黄龍の補足説明が、ドレイクの言葉を裏付ける。


 砂時計のくびれ。


 その言葉が意味する途方もない事実に、結羽の心臓が早鐘のように打ち始めた。


「それって、つまり……!」


「ああ。お前さんたちの両親は、三年前に野田ダンジョンの奥底へ飲み込まれたまま行方不明になった。……もし、死んでねえとすれば」


「お父さんとお母さんは……砂時計のくびれを通って、あっちの世界(アストライア)か、あるいはその狭間に繋がる『深淵』のどこかで、今も生きている可能性が高い……!」


 結羽の言葉に、ふゆがポロポロと大粒の涙をこぼした。


「生きてる……お父さんたち、生きてるかもしれないんだね……っ!」


「ああ、可能性は十分にある」


 ドレイクは力強く頷いた。


 絶望的だった両親の捜索に、明確な一筋の光明が差した瞬間だった。


 ダンジョンの底を目指せば、世界の謎を解き明かすだけでなく、愛する家族に辿り着ける。


 それは、結羽とふゆにとって、これ以上ない前へ進むための推進力となった。


「絶対に、見つけ出します。……ダンジョンの底の底まで、おやっさんと一緒に!」


 結羽が両の拳をギュッと握りしめる。


 だが、ふと、高鳴る鼓動を抑えながら、結羽は一つの疑問を口にした。


「……でも、おやっさん。なんでそんなに、あっちの世界の超兵器(厄ダネ)に拘ってきたんですか?」


 ただの気のいい「よろず屋のおっさん」というには、あまりにも兵器の扱いやその危険性について強いこだわりを持っている。


 ドレイクが赤城山で見せた、あの絶対的な権限と、狂ったシステムに対する静かな怒り。


 結羽の純粋な問いかけに、ドレイクは少しだけ遠い目をし、深く、長く、タバコの煙を天井へと吐き出した。


 紫煙が、工房の薄暗い照明の中で揺らめいて消えていく。


「――少し長い話になる。聞くか?」


 ドレイクの黄金の瞳には、数千年の時を生きる古龍だけが持つ、重く、悲哀に満ちた色が宿っていた。


 結羽とふゆは、姿勢を正し、静かに、そして真剣に頷いた。


「はい。……おやっさんのこと、もっと知りたいです」


「そうか。……なら、話してやらなきゃならねえな。俺の故郷が、どうやって滅びたかを」


 静寂に包まれた夜の工房で。


 よろず屋ドレイクの、あまりにも壮絶で、人間臭い『過去への扉』が、今ゆっくりと開かれようとしていた。




 (第3章:完)

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