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第59話 究極のフルコースと、マスター登録

「……ふう。なんとかなったぜ」


 人間の姿に戻ったドレイクが振り返り、首のタオルで軽く汗を拭う。


 その背後では、つい先ほどまで結羽たちに無慈悲な死の宣告を突きつけていたアストライアの防衛兵器群が、完全に沈黙し、床下や壁面の奥へと収納されていた。


「おやっさん……」


 結羽は、腰が抜けたようにその場にへたり込みながら、師匠の大きな背中を見上げた。


 防護結界を展開していた彩斗美も、シリンジガンを握りしめていたふゆも、限界を迎えてその場に座り込む。


「ドレイク殿、貴方……本当に、何者なの……?」


 彩斗美が、荒い息を吐きながら震える声で尋ねた。


 神話級のヒュドラすらただの番人として配置する、異世界(アストライア)の狂った軍事システム。


 それを力任せに破壊するのではなく、対話によって平伏させ、掌握してしまったのだ。


 ドレイクが発した言葉は理解できない言語だった。


 だが、数語のそれで絶体絶命の状況をひっくり返したことだけは事実だ。


 その途方もないスケールは、かつてSSランク探索者として業界の頂点に立った彼女ですら、想像が追いつかない。


「カッカッカ! ただのしがない『よろず屋』のオヤジさ。昔のツテが少しばかり役に立っただけの話だ」


 ドレイクは豪快に笑い飛ばし、彩斗美の疑問をそれ以上追及させまいと手を叩いた。


「さあ、野暮な話はここまでだ! システムが止まって、残存する毒には気をつけにゃならんが、ここは安全な『セーフゾーン』になった。お待ちかねの特大の報酬――ヒュドラの解体と、極上のメシの時間だぜ!!」


「お肉!!」


 ふゆが弾かれたように両手を突き上げ、結羽も「はいッ!」と疲労を忘れたように立ち上がる。


 彩斗美は、そんな現金すぎる前山田姉妹とバケモノの師匠を見て、ふふっと肩の力を抜いて笑い出した。



 ◆◆◆



 システムが完全に沈黙した『兵装修復の工房』の中で、解体作業が始まった。


「ふゆ、魔力視で毒腺と食える部位の境界をナビゲートしろ! 結羽、金属フレームの隙間を縫って、中枢の肉を切り出せ!」


「了解です、おやっさん!」


『お姉ちゃん、装甲の継ぎ目、そこから斜めに刃を入れて!』


 ヒュドラの巨体は未知の魔法金属で覆われてはいたものの、その内側で脈打つ筋肉や臓器は、間違いなく生体そのものだった。


 結羽は牛刀とタングステンの解体ナイフを巧みに操り、ふゆの完璧なナビゲートに従って、巨大な生体兵器の内部構造を解体していく。


「おう、上出来だ! こいつがヒュドラの『心臓(ハツ)』だ!」


 ドレイクが引きずり出したのは、九本の首に絶え間なく血流と魔力を送り続けていた、途方もない大きさの心臓だった。


 それだけでも優に数百キロはあるであろう生命力の塊。


 さらに、魔法を放っていた二本の『頭脳首』からは、よく動いて引き締まった極上の『首肉』がたっぷりと獲れた。


「さあ、ここからが俺の腕の見せ所だ。ふゆ、このヒュドラの肉にはどんな毒が見える?」


「うーんと、強酸の毒と石化毒が少し残っている……かな?」


 ふゆが魔力視を展開しながら答える。


「そこまで見えるんなら大したもんだ。このまま仙気を流して浄化してもいいんだが、少し工夫してやるとさらに美味く食える」


 ドレイクはそう言いながら空間収納袋(マジックバッグ)から小袋を取り出すと、その中身――灰白色の細かい粉を、切り出した肉全体に(まぶ)した。


「わ、すごい!」


 ヒュドラの肉に(まぶ)された粉があっという間に黒く変色していく様を見て結羽が声を上げる。


「ダンジョン産の霊木を燃やした灰だ。酸にはアルカリってな。まずはこれで強酸の毒を抜く。一旦これで下処理をしたら、灰を洗い流して……次はこいつだ」


「え、レモンですか?」


「そうだ。石化系の神経毒は土の気だからな。木剋土、これで神経毒を無効化し、さらに肉を柔らかくするってわけだ。しっかり揉み込むぞ……よし、これでいい。ここまでやっちまえばあとは普通の肉と変わらねえ。いや、とんでもなく極上の肉だぜ」


「わー、おやっさん! すっごくおなかすいてきたよ!」


 仕上げとばかりにドレイクは、下処理を終えた心臓と首肉に青白い仙気を流し込み、微小な細胞の隅々にまで入り込んでいた毒素と穢れを完全に浄化し、完璧な血抜きと毒抜きを施した。


 結羽とふゆも、仙術で出した清浄な水と浄化の仙術を用いて、首肉の血抜き・毒抜きを施していく。


 不要な脂肪や血管が綺麗にトリミングされ、宝石のように艶やかな赤身のハツと、適度に脂肪を含んだ首肉が、調理台(浄化した岩盤)の上にズラリと並べられた。


「よし。今日はヒュドラのハツ尽くし、スタミナフルコースだぜ!!」


 ドレイクはさいたまで手に入れた『年代物の土鍋』や、鉄板・スキレットを取り出し、猛烈な手際で調理を開始した。


 まずは、極厚に切り分けられたハツのステーキ。


 味付けはシンプルに塩のみ。仕上げにレモンを搾りかける。


 鉄板の上でジュージューと焼ける音と共に、新鮮なハツ特有の香ばしい匂いが工房に充満する。


 隣のフライパンでは、細切れにしたハツとニンニクの芽が、多めの塩コショウと共に豪快に炒められている。


 パンチの効いたスタミナ炒めの香りだ。


 さらに、スキレットにはたっぷりのオリーブオイルが注がれ、スライスした大量のニンニクと鷹の爪、そして一口大のハツがグツグツと煮込まれるアヒージョが完成。


 土鍋では、ゴマ油でサッと炒めたハツを、生姜、醤油、酒、みりん、砂糖でじっくりと煮付けた、テリヤキ風の甘辛煮が湯気を立てている。


 そしてトドメは、毒抜きを完璧に施された頭脳首の首肉を使った、大ぶりのジューシーな唐揚げだ。


 前山田姉妹も彩斗美も、揚げたての唐揚げに迷いなくレモンを搾りかけた。


「さあ、食え! 理不尽を叩き割った勝利の味だ!」


「「「いただきます!!!」」」


 結羽とふゆ、そして彩斗美の三人は、出来立てのハツ尽くしフルコースに一斉に食らいついた。


「おいしーっ!! お肉、すっごく弾力があるのに、噛むとサクッと嚙み切れる!」


 結羽が極厚のハツステーキを頬張り、目を輝かせる。


「アヒージョも最高だよ! ニンニクの香りで無限に食べられちゃう!」


 ふゆも、熱々のハツをハフハフと口に運びながら満面の笑みを浮かべた。


「……本当に、美味しい。命の力が、細胞の隅々にまで染み渡っていくみたい……」


 彩斗美もまた、上流階級の令嬢としての作法を忘れ、夢中で甘辛煮とスタミナ炒めを口に運んでいた。


 神話級魔獣の、さらにその心臓という生命力の源。


 ドレイクの仙術によって極限まで旨味と養気が引き出されたそれを喰らうことで、彼女たちの身体の中で『同位同食』の究極のプロセスが進行していく。


 その時だった。


「あっ……彩斗美さん……!」


 ふゆが、魔力視を展開した瞳を見開き、小さく声を上げた。


 彩斗美の胸の奥――霊脈の中枢(心臓)の最も深い部分。


 そこに、長年真っ黒な『トゲ』のように深く突き刺さっていた、ヒュドラの神話級神経毒の残滓。


 過剰適応の呪いの、大元の原因。


 それが今、ヒュドラ自身の巨大な心臓(ハツ)を喰らい、その圧倒的な生命力と『木剋土の理』を宿した爽やかな酸味で包み込まれたことにより、さながら音を立てるようにホロホロと溶け去り、完全に消滅していく様が、ふゆの魔力視には見えていた。


 そして呪いの根源が消え去ったことで、彩斗美の身体に劇的な変化が訪れた。


「彩斗美先輩、髪が……!」


 結羽が息を呑む。


 彩斗美の前髪に残っていた、最後の一筋の『虎柄のメッシュ』。


 それが、まるで薄氷が溶けるようにスゥッと色を変え、彼女本来の、艶やかで美しい鴉の濡れ羽色へと戻っていったのだ。


 彩斗美は、自らの髪の毛を手に取り、その色が完全に戻っていることを視界に収めた。


 地上で呼吸器に繋がれ、死を待つだけだった日々。


 仲間を喪い、絶望の淵を歩き続けてきた数年間。


 そのすべての呪縛から、彼女は今、完全に解放されたのだ。


「……ありがとう。結羽さん、ふゆちゃん。……そして、ドレイク殿」


 彩斗美の美しい瞳から、ポロリと一粒の涙がこぼれ落ちる。


 それは、長きにわたるトラウマの清算と、真の意味での復活を遂げた、歓喜の涙だった。



 ◆◆◆



 女子たちが歓喜に包まれ、食後のデザート代わりにお茶を飲みながら笑い合っている、その裏で。


 ドレイクは工房の壁際に一人寄りかかり、食後のタバコを燻らせていた。


 彼の意識は、表の賑やかな空間から切り離され、ポケットの中にいる黄龍との冷徹な『念話』へと向けられていた。


『師父。……システムの掌握が終わりました』


 黄龍の風雅な、しかし底知れない凄みを帯びた声が響く。


『この赤城山ダンジョンの深層の先は、予想通りのものが眠っているようです。大断裂以降に廃棄された、アストライアの兵器処分場ですね……』


「そうかよ」


 ドレイクは小さく紫煙を吐き出し、視線だけで工房の奥にある閉ざされたゲートを一瞥した。


「まぁ、あいつら(結羽たち)に今知らせたところで、せっかくの勝利の美酒に水をさすだけだ。……深層の先は、すぐにその廃棄場に繋がってんのか?」


『いえ、すぐというほどではありません。ここからさらに地下へ、いくつか強固なゲートを越えた先ですね。……施設の制御コアは完全に把握いたしましたが、いかがなさいましょうか?』


「この工房の機能と、防衛のためのバケモンども……いや、ガーディアン達をリポップさせる程度のエネルギーは残ってるか?」


『ええ、問題ないかと』


 黄龍が即答する。


「なら、ウチの連中に話す時が来るまでは、俺を『マスター登録』させて、引き続き監視防衛体制を敷かせるようにシステムを再構成すりゃいいさ。自然型ダンジョンへの偽装化も必要だな。地上の馬鹿どもに嗅ぎつけられちゃ厄介だからな。できるか?」


『勿論ですとも。師父(東原の光明)の権限をもってすれば、造作もないことです』


 黄龍の頼もしい返答に、ドレイクはニヤリと悪党のように口の端を吊り上げた。


 世界の爆弾へと続く扉を、自らの権限で密かにロックし、蓋をする。


 ただ力で破壊するのではなく、敵のシステムそのものを逆に利用して身内を守り抜くという、数千年の時を生きる古龍の老獪な暗躍だった。


「おやっさーん! お茶入りましたよー!」


 結羽の明るい声が、ドレイクを現実へと引き戻す。


「おう、今行くぜ!」


 ドレイクはタバコを携帯灰皿に揉み消すと、いつもの『面倒見のいいよろず屋のオヤジ』の顔に戻って、愛する弟子たちの元へと歩き出した。

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