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第58話 剥がれ落ちる虚構と、東原の光明

「届けぇぇぇぇぇぇッ!!!」


 結羽のすべてを乗せた『如意棍棒』による一点突破の超質量の打撃と、彩斗美の全魔力を込めた大剣による重力の一閃。


 二つの理が完全に交差した完璧な合体技が、神話級魔獣ヒュドラの中枢たる『頭脳首』と『胴体(中枢)』を同時に捉え、その絶対防御を完膚なきまでに打ち砕いた。


 ズガァァァァァァァァァンッ!!!


 鼓膜を破る轟音と共に、黄金の仙気と青白い魔力が爆発的に膨張し、地下空洞を昼間のように照らし出す。


「…………ッ」


 急所を完全に粉砕されたヒュドラの巨体が、激しく痙攣しながら地響きを立てて崩れ落ちる。


 全ての首を失い、断末魔の呻きをあげることすらせず、その圧倒的な生命力の光がゆっくりと、確実に消え去っていった。


 異世界(アストライア)の狂った軍事技術と神話級の生命力が融合したバケモノが、ついに完全に沈黙したのだ。


「はぁっ……はぁっ……」


「……やっ、たわね……結羽……」


 膝をつき、肩で激しく息をする結羽と、大剣を杖にしてどうにか立ち留まる彩斗美。


 そこへ、後方からふゆが弾かれたように駆け寄ってきた。


「お姉ちゃん! 彩斗美さん!」


 ふゆは二人に力強く抱きつくと、即座に空間収納袋(マジックバッグ)から取り出した回復と解毒のポーション弾を割り、二人の身体へとかける。


 清涼な魔力が全身に染み渡り、疲労と瘴気によるダメージが急速に抜けていくのを感じながら、結羽は安堵の笑みをこぼした。


 彩斗美も同じく安堵しつつ、抱き合う姉妹の様子を微笑ましく見守る。


 過剰適応の呪いを克服し、ついに因縁の仇を討ち果たしたのだ。


 三人の間に、言葉にできないほどの確かな達成感と、熱い絆が交錯する。


 だが、ふと息をついた結羽は、崩れ落ちたヒュドラの死骸と、周囲の『兵装修復の工房』の異様な光景を改めて見回し、ポツリと呟いた。


「機人化……いや、ふゆの言葉を借りれば機甲化かな……。ただの神話級魔獣というだけじゃなかったんですね」


 ヒュドラのひび割れた装甲の奥からは、生々しい肉と共に、鈍く光る黒鋼の骨格フレームや、青白い魔力が流れる極太のシリンダー管が覗いている。


「それにしても、この工房といい、ヒュドラの機甲化といい……ここは、自然型のダンジョンというだけじゃないんですね……」


 結羽の言葉に、彩斗美も周囲の無機質なケーブル群を見つめて同意しようとした、まさにその時だった。


 ズゴゴゴゴゴォォォォン……ッ!!!


 突如として、赤城山の下層全体が、立っていられないほどの大地震に見舞われた。


「きゃあっ!?」


「地震!? ヒュドラが死んだ影響なの!?」


 彩斗美が咄嗟にふゆを庇うように抱き寄せ、結界キューブを展開する。


 次の瞬間、彼女たちは信じられない光景を目撃した。


 ガラガラと崩れ落ちる岩壁。


 そして、足元の猛毒の泥沼が、まるで日照りの後の泥のように急激に乾き、パラパラと剥がれ落ちていく。


 自然の洞窟だと思われていた赤城山最下層の『表層』が、まるで薄い皮が剥がれるように崩壊し、その下から、冷たい光沢を放つ無機質な金属の壁と、幾何学的な魔力回路が張り巡らされた『遺跡・機械化型ダンジョン』の真の姿が露わになったのだ。


「なに、これ……全部、偽装だったの!?」


 結羽が息を呑む。


 ヒュドラという強大な番人()が破壊されたことで、この空間を秘匿していた偽装システムそのものが維持できなくなり、崩壊したのだ。


『エラー検知。エラー検知。生体ロック機能ノ停止ヲ確認』


 空間全体に、無機質で冷徹なシステム音声が響き渡った。


 それは、結羽や彩斗美、ふゆには全く聞き取れない、未知の言語だった。


 だが、ドレイクと黄龍には、そのアストライアの大陸公用語がはっきりと理解できた。


『侵入者ト断定シ、排除プロセスヲ実行シマス。同時ニ、区画ノ自爆カウントダウンヲ開始シマス』


「自爆だと!?」


 システムのアナウンスを理解したドレイクが、忌々しげに顔色を変えた。


 ヒュドラという生体兵器が敗北したことで、工房の防衛システムが最終フェーズ――『対象の排除と証拠隠滅(自爆)』へと移行したのだ。


 ガシャン、ガシャン、ガシャン……!!


 壁面や天井の金属パネルが次々と開き、内部から無数の古代防衛兵器――無人機銃や光線照射装置がせり出してくる。


 空間を満たすほどの赤い照準レーザーポインターの光が、疲弊しきった結羽、彩斗美、ふゆの三人の身体に無慈悲に灯った。


 今の三人の体力では、防衛兵器の全方位からの飽和攻撃も、空間を吹き飛ばす自爆も、防ぎ切ることは不可能だ。


「おい、ふゆ! 結界の中から絶対に出るんじゃねえぞ。いいな!?」


 いつもは余裕のあるドレイクが、強い声で指示を飛ばし、絶望の淵に立たされた三人を庇うように猛然と前へと飛び出した。


「おやっさん……!」


 ドレイクは、愛する弟子たちを背中に庇うように立つと、自らの両腕を大きく広げ、迫り来る無数の砲門を睨みつけた。


「もう少しで大団円ってとこで、野暮な真似してんじゃねえよ」


 ドレイクが、深く息を吸い込む。


 瞬間、ダンジョンの空間に満ちていた膨大な魔素が、彼の身体へと爆発的な勢いで吸い込まれていった。


 カッ……!!!


 目を焼くような強烈な光と共に、ドレイクのジャージ姿が弾け飛ぶ。


 人間の姿に固定していたリミッターが強制解除され、その内側に圧縮されていた数百万トンにも及ぶ『超質量』が、物理法則をへし折って空間に出現した。


「え……?」


 彩斗美が、呼吸を忘れて呆然と見上げた。


 光の中から顕現したのは、天井を突き破らんばかりの、赤熱する分厚い鱗に覆われた巨大な火龍。


 神話の時代、アストライア大陸において『巨壁』と恐れられた、絶対的強者の真の姿だった。


 その巨大な翼が広げられ、結羽たち三人を包み込むように、完璧な物理と魔力の防護壁を形成する。


『排除プロセス、実行』


 システムが無機質な死の宣告を下した、まさにその刹那。


 無数の砲門から、太陽すらも焼き尽くすほどの超高熱の光線と、魔力を帯びた銃弾の嵐が、全方位から雨霰と降り注いだ。


 ズガァァァァァァァァァンッ!!!!


 鼓膜を破る轟音と、視界を白く染め上げる破壊の閃光。


 大地が揺れ、空間そのものが削り取られるような飽和攻撃。


「きゃあああああっ!」


 結羽たちは思わず身を縮め、目を閉じた。


 だが――数秒後、轟音が収まった空間で、結羽たちは無傷のまま目を開いた。


 彼女たちをすっぽりと包み込んでいたのは、赤熱する巨大な火龍の翼。


 周囲の金属の床や壁はドロドロに溶け落ち、原型を留めないほどに破壊されていたが、結羽たちを庇った火龍の分厚い赤銅色の鱗には、焦げ跡一つ、傷一つ付いていなかった。


 異世界(アストライア)の神話の時代に『巨壁』と呼ばれた、絶対的防御の証明。


 致死の光線と銃弾の雨を平然と浴びながら、ドレイクの巨大な顎が開き、空間を支配するような重く、絶対的な『大陸公用語』が響き渡った。


『――権限の確認をする。応答せよ』


 ドレイクの言葉に対し、自爆へのカウントダウンを続けていたシステムの音声が、ピタリと止まる。


『……光華王朝ノ言語ヲ確認シマシタ。権限確認ヲシマス』


 ドレイクは、眼下の防衛兵器群を睥睨しながら、静かに、そして傲岸不遜に自らの真名を名乗った。


『告げる。我が名を現すものは、四つ。

【ヨシュア・アーク・ドレイク】。

【巨壁】にして、【紅月仙】。

 ――【東原の光明】也』


 システムが、膨大なデータ照合のために数秒間沈黙する。


 やがて、その無機質だった音声が、明らかな畏怖と恭順のトーンへと変わった。


『――照合完了。システム認証完了イタシマシタ』


『オ帰リナサイマセ、【東原ノ光明】閣下。皇帝ト並ブ、最上位権限ヲ開放イタシマス。自爆プロセス、オヨビ排除プロセスヲ強制終了(シャットダウン)シマス』


 カシャン、カシャン……!


 結羽たちを狙っていた無数の赤いレーザーが一斉に消え、殺意を放っていた古代防衛兵器群が、従順な兵士のように床下や壁面へと収納されていく。


 そして、耳障りな警報音も完全に鳴り止み、施設は深い静寂に包まれた。


 圧倒的なまでの制圧劇。


 光が収まり、人間の姿に戻ったドレイクが、振り返って肩をすくめる。


「……ふう。なんとかなったぜ」


 最強のバディと最強の仲間たちは、ついに赤城山ダンジョンにおける全ての脅威を、その『理』と『権限』をもって完全に沈黙させたのだった。

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