第056話 バグだらけのボード(後編)
「あ、はい。黄龍さん、ちょっとだけわたしのステータスボード表示って戻せますか?」
『容易いことです。ですが結羽殿、あまり驚かないように。そうですね、私の方で少し注釈をつけるとしましょう。さて……』
ふゆのスマートフォンに入っている黄龍の分体から、風雅な響きを持つ男性の合成音声が響く。
「驚く……? もう呼び出せますか?」
『ええ、どうぞ』
「ふぅ……ステータス、オープン」
随分と久しぶりのように感じる言葉を口にする。
それと同時に、結羽の視界、そしてパーティーメンバーに共有されたステータスボードが空間に展開された。
そこに並んでいたのは、目を疑うような光景だった。
【Name】前山田 結羽
【Level】■■■(※計測不能・オーバーフロー)
【Rank】特級(※協会付与) / システム上はUnknown
【Class】テイマ――■■■■■(※クラス定義不能)
【Status】
・HP: ■■,■■■ / Unknown(▲ Warning:生命力過剰・仙気循環)
・MP: Error / Error(※外部放出なし・体内圧縮率異常のため計測不可)
・STR: Unknown(※物理法則の逸脱・『理』の体得)
・VIT: ■■■(※同位同食による細胞の完全最適化)
・AGI: Error(※『点』と『面』の重心移動により軌道予測不能)
・INT: ■■■
・MND: Unknown(※恐怖耐性・明鏡止水の体得)
【Title】
・モンスターパレード撃破者
・■■■■を穿つ者
・理合いを歩む者
【Active / Passive Skill】
・URスキル『巨壁の導き手』稼働中(※神話級・過剰出力)
・【Skill:Error(環境最適化過剰)】
・【Skill:Unknown(理の体得)】
※以下、■■■■■■■■■■■■……
【使い魔】
・ヨシュア・A・ドレイク(火龍)
「な、なにこれ……」
彩斗美は、文字化けとエラー表示で埋め尽くされたその画面を見て、絶句した。
急激な成長と最適化に、システムが完全に翻訳を放棄し、処理落ちを起こしているのだ。
「お、おお、おおおやっさん! なんかわたしのステータスボード、文字化けだらけなんですけど?!」
結羽が素っ頓狂な声を上げて、隣で火吹き岩蛇の肉を串に刺しているドレイクを振り返った。
「あーん? ほうほう。こりゃ大したぶっ壊れっぷりだな。黄龍、どう見る?」
ドレイクは肉の焼け具合を確認しながら、横目で結羽のステータスボードを見て、面白そうに鼻を鳴らす。
ふゆが手に持っていたスマートフォンの画面がチカチカと明滅し、黄龍の風雅な合成音声が空間に響き渡った。
『「この世界」のやり方と我々の作法は大きく異なりますからね。システムにとっては、結羽殿の「同位同食」による細胞レベルの最適化と、師父直伝の「理合い」の成長を、既存のスキル枠に当てはめて計算しきれないのでしょう。システムから見れば、結羽殿はとっくの昔に理外の存在です。さもありなんといったところでしょう』
「まぁそういうこったな。不要な数字だ。気にするこたぁねぇよ」
『気になるようであれば、適当に清書して上書きしましょうか? 結羽殿』
「うーん……協会とかに開示しなきゃいけない時にはお願いします! わたしは、おやっさんとの繋がりを久しぶりに確認できただけで十分です!」
結羽は自分のステータスボードの一番下――ノイズにまみれた中で唯一はっきりと読み取れる【使い魔】の欄を指で撫でながら、嬉しそうに笑った。
(えっ……えっ? 何、なんなのこの人たちは……)
完全に置いてけぼりにされた彩斗美は、一人で混乱の極みに達していた。
自分のステータスが崩壊しているという探索者にとっての異常事態を、「不要な数字」の一言で笑い飛ばす師匠と、それに納得して「繋がりが確認できただけで十分」と自己完結する弟子。
さらにシステム自体をハッキングして書き換えると言い放つ謎のインテリジェンス・アーティファクト。
彩斗美は震える視線を、結羽が愛おしそうに撫でているステータスボードの【使い魔】欄へと移した。
そこには、はっきりとこう記されていた。
【使い魔】ヨシュア・A・ドレイク(火龍)
「……か、火龍……?」
彩斗美の口から、掠れた声が漏れた。
彼女は、魔導コンロの前で胡座をかき、岩蛇の串焼きをひっくり返しているジャージ姿の巨漢を、ギョッと見上げた。
「ドレイク殿は、知性あるドラゴノイドではないの……!?」
その言葉に、ドレイクは串から滴る脂が炭火に落ちてジュッと音を立てるのを見つめたまま応えた。
「あ? ああ、彩斗美嬢ちゃんには言ってなかったか。人化の術でこんなナリに収まっちゃいるが、俺の本来の姿は火龍そのものだ」
(火龍そのもの……!)
彩斗美は絶句した。
結羽の持つ『巨壁の導き手』という、スライムすらテイムできないと嘲笑われたハズレ枠のスキル。
それが、文字通り規格外の神話級のバケモノを喚び出し、使役するためだけに全リソースを食っていた、まさに神話級のスキルであったという事実に。
「あっちじゃ、サイズがサイズなもんで『巨壁』なんて呼ばれていたな。まぁ、どうでもいい昔話だ」
ドレイクは、自分の正体が世界を滅ぼしかねない神話のバケモノであることがバレたというのに、まるで「昔、町内でちょっとワルだった」とでも語るようなあっけらかんとしたトーンで言い放った。
「ほら彩斗美嬢ちゃん。ちょうどいい焼き加減だ。焼きたてが一番だぜ。がぶっといきな」
ドレイクは、こんがりと焼け焦げがつき、濃厚な脂の匂いを放つ火吹き岩蛇の串焼きを、彩斗美の目の前へと突き出した。
「この火吹き岩蛇の肉は、火山ガスを吸い込んだ身体の毒素を中和する働きがある。同じ釜の飯を食って、命の格を合わせる。ウチの『同位同食』の流儀だ。しっかり食わねえと、この先の地獄は乗り越えられねぇぞ」
ドレイクはニカッと、巨大な龍のような獰猛で、けれどどこまでも温かい笑みを浮かべた。
彼にとっては、自分の正体が火龍であるということを明かしたことよりも、目の前の家族に美味い飯を食わせることの方が、何万倍も重要なのだ。
そのスケールのバグった強者の哲学に触れ、彩斗美の中で張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。
「……ふふっ、あははははっ!」
彼女は堪えきれなくなったように大笑いし始めた。
馬鹿馬鹿しい。
システムで測れないバケモノとその弟子を相手に、ステータスの数値を気にして、自分の衰えや呪いの赤いエラー表示に悩んでいた自分が、酷くちっぽけで滑稽に思えた。
「そう、そうなのね。……ええ、わかったわ。システムや数値なんて、あなた達には最初から関係なかったのね。ええ、私ももう数字は信じない。あなた達の理不尽な強さも、この美味しい匂いも……私の『目』と培った『経験』で、完璧に咀嚼して、そして導いてみせるわ!」
彩斗美は憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔で、ドレイクから串焼きを受け取った。
かぶり、と噛み付いた肉からは、強烈な生命力とスパイシーな旨味が溢れ出し、彼女の疲労を細胞の奥底から吹き飛ばしていく。
システムという補助輪の檻から解放された最強の指揮官が、規格外のバディと真の意味で一つになった瞬間だった。




