第51話 万能の如意棍棒と、復活の大剣
さいたまダンジョンの出張工房で武装を改め、極上のすっぽん鍋を堪能して、決戦へ向けた英気を養った翌日。
千葉県野田市にある佐修院家の広大な本邸、その地下に設けられた専用の演習場には、けたたましい破壊音と眩い光が絶え間なく交錯していた。
いよいよ迫る因縁の地・群馬県赤城山ダンジョンへのアタックに向けて、ドレイクが鍛え上げた三つの『神話級の武装』の試運転と、最終的なチューニングが行われていたのだ。
「いきますっ! 仙気、充填!」
演習場の中央で、結羽が両手で漆黒の『如意棍棒』を構え、丹田から引き上げた仙気を一気に流し込んだ。
瞬間、棍の表面に彫り込まれたアストライアの光華文字――『意體同闘魂』の文字が、仙気と共鳴して黄金の光を放って眩く輝き出す。
ミスリルとアダマンタイトの合金で構成されたその武器は、本来であれば小柄な少女が持ち上げることすら不可能なほどの超質量を持っている。
だが、結羽の仙気に呼応した魔術回路がその『重量』を瞬時に変化させた。
「軽い……! まるで、自分の腕の延長みたいです!」
結羽は羽のように軽くなった棍を、目にも留まらぬ速度で振り回す。
空気を切り裂く風切り音だけで、周囲の空間がビリビリと震えるほどの威圧感だ。
そして、演習場に設置された硬度テスト用の巨大なタングステン鋼の標的めがけて、全力で振り下ろした。
「はぁぁぁッ!!」
インパクトの刹那、結羽は仙気のベクトルを反転させ、棍の重量を本来の超質量へと戻す。
さらに、ドレイクが仕込んだギミックに従い、先端の魔術回路を通じて仙気を爆発的に解放させた。
ズガァァァァァァンッ!!!
落雷のような轟音と共に、絶対の硬度を誇るはずのタングステン鋼が、まるで紙くずのようにひしゃげ、粉々に吹き飛んだ。
「すごい……! 前よりずっと軽いのに、威力が全然違います! これなら、どんな硬い鱗でも絶対に砕けます!」
結羽は土煙の中で、黄金に輝く如意棍棒を見つめて興奮の声を上げた。
「カッカッカ! あたりめえだ。極上の素材に極上の理を乗せたんだ。だが、ただの鈍器じゃあ多頭のバケモノ相手には手数が足りねえ。アタッチメントのジョイントも試してみろ」
演習場の壁に寄りかかり、腕を組んで見守っていたドレイクが満足げに笑う。
「はいッ!」
結羽は手元のスイッチを操作し、棍の先端の機構をカシャリと切り替え、腰のベルトからそれぞれのアタッチメントを付け替えて素振りをする。
川崎ダンジョンでフルメタルゴーレムを粉砕した『ハイテン鋼の鎖分銅』。
新しく打たれた鋭利な『槍の穂先』は刺突に特化した装備だ。
そして最後に、彼女が使い慣れた『ミノタウロスの骨の牛刀』を如意棍棒の先端にカチリと接続した。
ずしり、とした感触。
数々の死闘の記憶が蘇り、結羽の顔つきが引き締まる。
打・突・斬・刺・縛。
結羽が培ってきたすべての『理』を一本で体現できる万能の兇器。
状況と敵の特性に合わせて、瞬時に、かつ強固に武装を切り替えられるこのギミックは、まさに結羽がこれまで泥臭く歩んできた道程の集大成であった。
「これで、どんな首の多い化け物が相手でも、絶対に間合いを支配してみせます!」
結羽が自信に満ちた笑顔を見せると、次に演習場の中央へと進み出たのは、真新しい白衣の上に機能的なタクティカルベストを着込んだ、ふゆだった。
「おやっさん、わたしの『魔導シリンジガン・改』もテストするね!」
ふゆが手にしたのは、かつて3Dプリンターで出力した樹脂フレームから、ドレイクが魔獣素材を組み合わせた生体フレームへ、そしてさいたまダンジョンで新しく構成された流線型の美しい銀色――軽量かつ強靭なミスリル合金のフレームへと完全換装された、大型の魔導銃だった。
小柄な彼女には不釣り合いなほど無骨で巨大な得物だが、ふゆは全く重さを感じさせないスムーズな動作でそれを構える。
足元には、彼女が昨夜、黄龍の演算サポートを受けながら徹夜で調合した『特製シリンジ弾』が、ケースの中に色とりどりに並んでいた。
ヒュドラの強酸毒を中和する緑色の防護液、神経毒を無効化する青色の強心剤、そして、超回復を促す赤色の霊薬弾。
さらに黄龍と共に生み出した、強酸性の液体が含まれた紫色のシリンジ弾と、あらゆる金属を腐食させる灰色のシリンジ弾。
ふゆは中折れ式の銃身をカシャンと折り曲げ、紫色のシリンジ弾を素早く装填して構える。
その洗練された射撃姿勢は、後衛から戦場を支配する『対物ライフル』のスナイパーそのものだった。
「ターゲット、百メートル先。……『強酸と風の気』、射出!」
ダァァァァンッ!!
引き金を引いた瞬間、ミスリル合金のフレームが発射の強烈な反動と衝撃を完全に吸収し、余剰な魔力がすべて弾頭の推進力へと変換される。
ふゆの華奢な肩には、微かな衝撃しか伝わっていない。
放たれた紫色の魔弾は、空気を切り裂くような鋭い軌道を描き、遥か遠くに設置された分厚いコンクリートの的の『中心』を寸分の狂いもなく撃ち抜いた。
ジュゥゥゥゥッ……!
着弾と同時に強酸の成分が爆発的に広がり、コンクリートの的を一瞬でドロドロの泥水へと溶かし尽くす。
「わぁ……! 弾速も射程も、前の三倍くらいになってる! これなら、ヒュドラの毒ガスの外からでも、お姉ちゃんたちをバッチリサポートできるよ!」
ふゆが銀色のシリンジガンに頬ずりをして喜ぶ。
「おう。後衛からの長距離狙撃と、エリアの環境コントロール。……赤城山の猛毒空間の中じゃ、お前さんのその一発一発が、パーティー全体の命綱になるからな」
ドレイクの言葉に、ふゆは真剣な表情になって力強く頷いた。
そして、最後に。
「……私の番ね」
静かな、しかしひどく重圧のある声と共に、佐修院彩斗美がゆっくりと進み出た。
彼女の手には、ドレイクの神話級の鍛冶によって修復され、完全な姿を取り戻したかつての相棒――アストライアの魔導金属を芯材に持つ『大剣』が握られている。
彩斗美は、目を閉じて大剣の柄を両手で握り込んだ。
彼女の肉体は、さいたまの巨大すっぽんの薬膳と、幾度もの同位同食を経て、日常での発作が起きないレベルにまでは回復している。
だが、それでも魔素の薄い地上では、全盛期のSSランクの絶対的な筋力とスタミナには、まだ及ばない。
普通にこの大剣を振り回せば、数分で息が上がり、腕の筋肉が悲鳴を上げるだろう。
しかし、今の彼女には、ドレイクが刀身に刻み込んだ『光華文字』の魔術回路があった。
「……ふぅっ」
彩斗美が細く息を吐き出し、SSランクの卓越した魔力操作で、大剣に自身の魔力を流し込む。
瞬間、大剣の刀身が青白く発光し、その『質量』が羽のように軽くなった。
「はぁッ!」
彩斗美は目を見開き、信じられないほどの踏み込みの速度で、演習場の空間を切り裂いた。
シュンッ! シュバァァァンッ!!
それは、かつて日本の頂点に君臨した天才剣士の、全盛期をも凌駕する美しく恐ろしい剣閃だった。
軽々と大剣を振り回し、標的に当たるその刹那――わずか数ミリの手前で、彩斗美は魔力による重量操作を解除し、大剣を本来の『超重量』へと戻す。
ドガァァァァァンッ!!
恐るべき遠心力と超質量が乗った一撃が、鋼鉄のダミーを一刀両断し、演習場の床に深いクレバスを穿った。
「……素晴らしいわ」
彩斗美は、全く息を切らすことなく、微かな熱を帯びた大剣の刀身を見つめた。
その瞳の奥には、かつて赤城山の深淵で部下たちを全滅させられた絶望の記憶がフラッシュバックしている。
猛毒の息に溶かされていく仲間たちの悲鳴。
何もできずに盾になることしかできなかった、己の無力さ。
数年間、ベッドの上で毎晩のように魘されてきたあの悪夢を、今度こそ自らの手でねじ伏せる。
「ドレイク殿。……最高の仕事よ。これなら、全盛期の私以上の剣が振るえる」
彩斗美が静かに、けれど強烈な闘志を込めて振り返る。
「へっ。道具は揃えてやった。あとは、あんたのコマンダーとしての頭脳と、その大剣で、きっちり落とし前をつけてくるこったな」
彩斗美はコクリと頷き、もう一つの武器である『強化型・蛇腹剣』を腰に差した。
近接破壊の大剣と、中距離制圧の蛇腹剣。
二つの理を使い分けるコマンダーの完全復活だ。
「ええ。……ありがとう。これで、あいつの首をすべて落とせるわ」
前衛、中衛、後衛、そして規格外の保護者。
それぞれの役割に特化し、弱点を完全に補い合う、究極の武装と絆。
『よろず屋パーティー』の戦力は、ここに至ってついに完全なものとなった。
「よし、武器の試運転は完璧だな。弾薬のポーションの数も十分だ」
ドレイクは、ふゆと黄龍が夜遅くまで調合し、ケースにぎっしりと詰め込まれた『解毒・防護シリンジ弾』の束を見て頷く。
「いよいよですね……」
結羽が、ゴクリと生唾を飲み込んで、如意棍棒を背中に背負った。
因縁の地、群馬県・赤城山ダンジョン。
それは、いまだコアが発見されておらず、幾度もの討伐隊を返り討ちにしてきた『封印指定』の超高難易度迷宮である。
特級ライセンスを持つ結羽であっても、簡単にゲートを通してくれるような場所ではない。
「ああ。だが黄龍の情報収集によりゃあ、今の赤城山は協会によって厳重に封鎖されてる。いくら結羽が特級だろうが、そのままノコノコ行っても、ゲートの門番に止められるのがオチだ」
ドレイクがタバコに火をつけながら言うと、彩斗美がふふっと不敵に笑った。
「ええ、分かっているわ。……だからこそ、まずは『正面』から、堂々と許可をもぎ取りに行きましょう」
彩斗美の瞳が、佐修院家の令嬢として、そして元SSランクのトップ探索者としての鋭い光を帯びる。
「関東ダンジョン協会本部へ向かうわよ。……私たちの覚悟を、止められるものなら止めてみなさい」
因縁の猛毒龍ヒュドラが待つ死地への切符を手に入れるため。
新生よろず屋パーティーの四人は、黒田が用意した黒塗りの車へと力強く乗り込んだ。




