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第50話 さいたまのダンジョン工房と、闘魂の光華文字

 川崎の遺跡型ダンジョンで、最高純度の魔法金属――ミスリルとアダマンタイトの合金コアを大量に採掘した翌日。


 よろず屋パーティーの四人は、次なる目的地へと車を走らせていた。


 だが、向かったのは決戦の地である群馬県の赤城山でも、野田のヤサの工房でもない。


 彼らが降り立ったのは、かつて泥沼の歩法を叩き込み、巨大すっぽんを狩った『さいたまダンジョン』だった。


「うわぁ……すごい湿気と泥だね……」


 ゲートをくぐり、むせ返るような腐葉土と泥の匂いを嗅いだふゆが、顔をしかめながら鼻をつまむ。


 かつて広大な農地だった場所に現れたこのダンジョンは、内部に高低差のある湿地と泥沼がどこまでも続いている。


 ドーム状に広がる天井からは、侵食してきた太い木の根を伝って、ピチョリ、ピチョリと絶え間なく冷たい水滴が滴り落ちていた。


 一歩足を踏み入れれば、ズブズブと長靴が泥に吸い込まれ、ただ歩くだけで理不尽に体力を奪われる最悪の足場。


 かつての過酷な修行の記憶が蘇ったのか、結羽も少しだけ苦笑いを浮かべた。


 だが、今の彼女の足取りは、泥の表面張力を利用して滑るように軽く、泥濘に足を取られることは一切ない。


「あのさ、おやっさん。ヒュドラと戦う前の準備ってことだったけど、どうしてここに来たの?」


「決まってんだろ。ここが一番『都合がいい』からだよ」


 ドレイクは、川崎で採掘した魔法金属がたっぷり詰まった麻袋を地面の乾いた岩の上にドンッと下ろし、周囲の広大な泥沼と、ぽたぽたと水滴が落ちる湿ったドーム状の天井を見回した。


「野田のヤサの工房じゃあ、いくら防音防振結界を張ってようが、こいつら最高位の魔法金属を溶かして打つための『本気の火力』は出せねえ。あのマンションごと吹き飛んじまうからな。その点、ここなら絶対に火事の心配がねえ。おあつらえ向きのダンジョン工房ってわけだ」


 そう言うと、ドレイクは空間収納袋から分厚い鋼の金床と、巨大なハンマーを取り出した。


「結羽の得物は新しく打つとして……彩斗美嬢ちゃん。お前さんの蛇腹剣と大剣、二つとも俺に預からせちゃくれねえか?」


 ドレイクの唐突な申し出に、彩斗美は少しだけ目を丸くした。


「預けるのは問題ないけれど……私と結羽さんで、決戦の景気づけの食材……でっかいすっぽんを獲りにいかなきゃいけないのよ? 丸腰で行けと?」


「なぁに、お前さんには魔導キューブと自慢の目があるだろ。それに、今の結羽なら一人でも問題ねえくらいよ」


 ドレイクがニヤリと笑って愛弟子を顎でしゃくると、彩斗美はふふっと優雅に口元を綻ばせた。


「随分と弟子(結羽)雇い主()への信頼が厚いこと。……まぁいいわ、行きましょう結羽さん。ドレイク殿、期待しているわよ」


「おう、任せとけ」


 彩斗美は腰から蛇腹剣を、背中から大剣を外し、惜しげもなくドレイクへと預けた。


 前衛と、武装を持たない中衛のコマンダー。


 だが、彼女たちの背中に不安は微塵もない。


 結羽の圧倒的な『理』の武術と、彩斗美の戦場を支配する完璧な指揮能力があれば、中層の主である巨大すっぽんなど、もはやただの「極上の食材」でしかなかった。


「ふゆ、お前さんはどうする?」


 ドレイクが尋ねると、ふゆは目をキラキラさせてドレイクの隣に陣取った。


「わたしは、おやっさんの側で武器作りみてるよ! すっごい楽しみ! お姉ちゃん、彩斗美さん、美味しいすっぽんお願いね!」


「任せておいて!」


 二人の頼もしい背中が泥沼の奥へと消えていくのを見送った後、ドレイクは首のタオルを締め直した。


「さてと。それじゃあ、よろず屋の本気の仕事といくか。……黄龍、ふゆ。お前らも手伝え」


『承知いたしました、師父。魔力回路のパターン構築はすでに完了しております』


「うんっ! わたしも魔力視で、金属の不純物と温度をバッチリ見るね!」


 ドレイクは金床の上に、純度100パーセントのミスリルとアダマンタイトの合金コアを無造作に置いた。


 そして、大きく息を吸い込み、口から青白い『極小のブレス』をピンポイントで吹きかけた。


 ゴォォォォォッ!!


 神話級の火龍の息吹が、凄まじい超高温を生み出す。


 さいたまダンジョンの湿った空気が一瞬で蒸発し、周囲の泥が陶器のようにカチカチに焼き固められていく。


「まずは結羽の得物からだ」


 ドレイクは赤熱し、柔らかく溶け始めたアダマンタイトを芯材にし、その周囲を軽量かつ魔力伝導率に優れたミスリル合金で包み込むようにして、巨大なハンマーを振り下ろした。


 ガァァァァンッ!! ガァァァンッ!!


「ふゆ! 温度のムラはどうだ!」


「右端が少し低いよ! あと二百度上げて!」


「よしきたッ!」


 ドレイクの規格外の腕力とブレス、そしてふゆの完璧な『魔力視』による温度管理。


 異次元の鍛冶技術によって、無骨だった合金の塊は、次第に一本の流麗で漆黒の輝きを放つ『金属棍』へと形を変えていく。


「……ここからが本番だ。仕上げの彫金にいくぞ」


 ドレイクは、まだ超高熱を持つ金属棍の表面に、己の指先から極限まで圧縮した仙気を流し込み、微細な『アストライアの古代魔法陣』と『魔術回路』をびっしりと直接彫り込んでいった。


「仙気を流すことで、ミスリルの強度が跳ね上がり、さらにアダマンタイトの『重量』を自在に変えられるギミックだ。打撃の瞬間に先端へ仙気を爆発させりゃ、どんな硬い鱗だろうが粉砕できる」


 さらにドレイクは、棍の先端部に精密なアタッチメント機構を組み込んだ。


 ハイテン鋼合金の『鎖分銅』、刺突用に新しく打った『槍の穂先』、そして結羽が愛用する『ミノタウロスの骨の牛刀』を、状況に応じて一瞬で強固に付け替えられるジョイントだ。


 打・突・斬・刺・縛。


 結羽が培ってきたすべての『理』を一本で体現できる万能の兇器である。


「おやっさん。その魔法陣の間に彫ってる文字……」


 ふゆが、ドレイクの指先から火花と共に刻まれていく文字を見て、目を丸くした。


 退院してからのリハビリ期間中、彼女は黄龍からアストライアの複雑怪奇な古代文字――『光華文字(こうかもじ)』の墨書を習っていた。


 だから、その古代中国語のような画数の多い漢字の羅列が、何と書いてあるのか読めたのだ。


「『意體同闘魂(いたい、とうこんにおなじ)』……」


 ふゆが、たどたどしく、けれど正確に読み上げる。


「『燃尽決不屈(もえつきるにいたるまで、けっしてくっせず)』……『我體随我意(わがからだは、わがいにしたがう)』……?」


『お見事です、ふゆ殿。完璧な読み下しですよ』


 黄龍が感心したように明滅する。


「おやっさん、これ、どういう意味なの?」


「『我が意と身体は常に闘魂と共にあり、闘魂が燃え尽きるまで決して屈することはなし。我が体は我が意のままに』……ってとこだ。言霊の魔術回路だぜ」


 ドレイクは最後の文字を彫り終え、ニヤリと笑った。


「ステータスだのレベルだのっていう、システムが勝手に決めた限界なんざ関係ねえ。てめえの身体は、てめえの意志のままに動く。結羽の歩んできた泥臭い『理』を、そのまま形にした言葉さ。……この文字に仙気が通るたび、あいつの闘魂は無限に増幅される」


「わぁぁ……! すっごく、かっこいい!」


 ふゆの歓声と共に、結羽の仙気に呼応して黄金に発光する最強の金属棍――『如意棍棒』が、ここに産声を上げた。


「次は彩斗美嬢ちゃんだな」


 ドレイクは、彩斗美から預かっていた二つの武器を金床に置いた。


 蛇腹剣は、刃の部分をミスリル合金に換装し、遠心力が最もかかる先端部だけをミスリルとアダマンタイトの合金でさらに重く、強固に鍛え直す。


 これで鞭としての破壊力は劇的に跳ね上がる。


 そして、本命の大剣。


 アストライアの魔導金属を芯材に持つその大剣を、ドレイクは再びブレスで焼き鈍し、徹底的に叩き上げて不純物を抜いていく。


「彩斗美嬢ちゃんの筋力は、まだ全盛期には戻りきっちゃいねえ。なら、武器の方を合わせるまでだ」


 ドレイクは大剣の刀身に、如意棍棒と同様の『重量可変の魔術回路』を光華文字と共に彫り込んだ。


 SSランクの卓越した魔力操作さえあれば、紙のように軽く振り回し、対象に当たるその瞬間だけ『超重量』に戻して叩き斬るという、理不尽極まりない戦い方が可能になる。


「これで、あの嬢ちゃんの指揮と剣術も完全復活だ」


「おやっさん、次はわたしの!」


 ふゆが、自身の『魔導シリンジガン・改』をワクワクした様子で差し出した。


「おう。お前さんのは、フレームを全部『ミスリル合金』に換装してやる。発射の反動はミスリルが全部吸収するから、余った魔力はそのまま弾の推進力に乗っかる。威力も射程も段違いになるぜ。……完全に『対物ライフル』だな」


 ドレイクは器用な手つきでシリンジガンのパーツを分解し、ミスリル合金で削り出した軽量かつ強靭なフレームへと組み直していく。


「すごーい! これなら、どんなに遠くからでもお姉ちゃんたちをバッチリサポートできるよ!」


 ふゆが新しく生まれ変わった銀色のシリンジガンを構え、嬉しそうに頬ずりをする。


 ドレイクが満足げにタバコに火をつけた、その時だった。


「おやっさーん! ふゆー! 獲ってきたよー!!」


 泥沼の向こうから、巨大な肉の塊を軽々と担いだ結羽と、涼しい顔で歩く彩斗美が帰還してきた。


「おう、早かったじゃねえか」


「はいっ! 彩斗美先輩のキューブのサポートと指揮が完璧すぎて、あっという間でした! すっぽんの動きが全部スローモーションみたいに見えたんです!」


 結羽が笑いながら、さいたまダンジョンの主――『ジャイアントマッドスナッパー』の極上の血肉をドレイクの前に差し出す。


 武器を持たない彩斗美も、息一つ乱していない。


「ふふっ。結羽さんの足回りの理が極まっているからこそよ。……あら? ドレイク殿、それは……」


 彩斗美の視線が、金床の上に並べられた、黄金の魔力光を放つ三つの真新しい武具に釘付けになる。


 その尋常ではない密度と、美しい光華文字の輝きに、元SSランクの彼女でさえ息を呑んだ。


「おう。決戦の準備は整ったぜ。……さあ、飯にするぞ。極上のすっぽん鍋で精をつけて、いざ赤城山へカチコミだ!」


 ドレイクは、空間収納袋(マジックバッグ)から、さいたまの名店から受け継いだ『年代物の黒い土鍋』をうやうやしく取り出した。


 何十年もコークスの火にかけられ、細かい貫入(ヒビ)にすっぽんの旨味が黒光りするほど染み付いた、職人の魂が宿る至高の調理器具。


「この鍛え上げられた土鍋なら、ヒュドラ戦の前の景気づけに最高の亀鍋ができるってもんだぜ。結羽、少し下がってろ」


 ドレイクは石で組んだ簡易的な竈に土鍋を置き、清浄な水を張ると、竈を覗き込むようにして口から超極小のブレスを吐き出した。


 ゴォォォォッ!!


 超高温の火龍の息吹により、土鍋の水は一瞬でグラグラと沸騰する。


 そこへ結羽が、すっかり慣れた手つきで浄化し、美しく切り分けたジャイアントマッドスナッパーの肉を放り込み、生姜と酒、そして特級の生薬を加えて高熱で一気に煮込んでいく。


 すぐに、暴力的なまでに食欲をそそる、すっぽん特有の芳醇で濃厚な出汁の香りが、湿ったダンジョン工房に広がった。


「うわぁ……! すっごくいい匂い! 泥臭さなんて一切ないね!」


 ふゆが鼻をひくひくさせて喜ぶ。


「あたりめえだ。極上のコラーゲンと生命力の塊だぞ。こいつを食えば、彩斗美嬢ちゃんの体力も完全に底上げされる」


 煮え立った土鍋を囲み、四人はハフハフと熱々のすっぽん肉を頬張った。


 プリプリとした弾力のある身と、濃厚な旨味が溶け出した黄金色のスープが、冷えた身体と疲労を芯から癒やしていく。


「美味しい……! これなら、どんな猛毒の山でも乗り越えられそうです!」


 結羽が満面の笑みでスープを飲み干す。


 さいたまの泥沼に、神話級の鍛冶を終えたよろず屋パーティーの、明るく頼もしい笑い声がいつまでも響き渡っていた。

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