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第49話 無機物の理と、出稼ぎの採掘

 神奈川県、川崎。


 日本の工業地帯を支えるその街の地下深くには、箱根の自然溢れるダンジョンとは全く異なる、無機質で冷たい迷宮が広がっていた。


 コンクリートと鉄錆の匂いが立ち込める、幾何学的な通路。


 壁や天井には用途不明の太いパイプや歯車が剥き出しになっており、まるで巨大な工場の廃墟の中を歩いているかのようだ。


 異世界の遺跡や地下施設の名残とも言われる『遺跡・機械化型ダンジョン』。


 よろず屋パーティーの四人は、次なる標的・赤城山のヒュドラを討伐するための「最強の武器」の素材を求め、この川崎ダンジョンへと足を踏み入れていた。


 ズズンッ、ズズンッ……!


 通路の奥から、規則的で重々しい足音が響いてくる。


 現れたのは、身の丈三メートルを超える岩石と金属の塊――『ストーンゴーレム』の群れだった。


 赤い単眼を不気味に光らせ、侵入者を排除する防衛プログラムに従って無機質に迫り来る。


「ゴーレムにゃ痛覚がねえ。生物にある怯みなんかの反射も起きねえ。じゃあどうするか。わかるか結羽」


 最後尾で、採掘用の大きな麻袋を肩に担いだドレイクが、歩みを止めることなく問いかけた。


「えーっと、膝や足首を狙って重心を崩します!」


 結羽が背中から『鎖分銅付きの乳切木』を抜き放ちながら答える。


「悪かねえ。それでひっくり返せりゃ御の字だが、相手は見た目以上に重いぞ。お前さんの出力じゃひっくり返すのもなかなか手間だ。どうする?」


「えーと……そうしたら、こうです!」


 結羽は、迫り来るストーンゴーレムの正面へと一切の躊躇なく飛び出した。


「■■■……■■――!!」


 無機質なスピーカーのノイズのような音を響かせ、ゴーレムが丸太のような石の右腕を大きく振り上げ、結羽を粉砕しようと力任せに踏み込んでくる。


(……今ッ!)


 相手の全体重が前のめりになり、前進する際に『片足』に重心が乗った、まさにそのタイミング。


 結羽は自ら攻撃を当てるのではなく、極限まで低く身を沈め、ゴーレムの軸足の足首めがけて乳切木を鋭く差し込み、そして『ひっかけた』。


「はぁッ!」


 打撃ではなく、ただの物理的な障害物の構築。


 だが、痛覚を持たず、止まることを知らない無機物にとって、それは致命的な罠だった。


 凄まじい突進力で前進しようとしていたゴーレムは、足首をひっかけられたことで推進力の行き場を失い、自らの重すぎる質量に引っ張られて大きく体勢を崩した。


 重心移動が完全に空転する。


 ズゴォォォォォンッ!!!


 数トンの岩の塊が、受身を取ることもなく無様に前のめりに転倒し、ダンジョンの床に激突した。


『お姉ちゃん、今! 胸の装甲の少し下、左側に動力コアがあるよ!』


 インカムから、ふゆの完璧な『魔力視』のナビゲートが飛ぶ。


「了解ッ!」


 結羽は転倒して身動きが取れないゴーレムの背中へと跳躍し、ふゆの指定した位置めがけて、乳切木の石突きをドリルのように容赦なく突き立てた。


 ガゴォォォンッ!!


「■■……■■■……――」


 仙気を纏った一撃が分厚い岩の装甲を貫通し、内部の魔石コアを正確に粉砕する。


 赤い単眼の光が不規則に明滅し、耳障りなノイズと共にストーンゴーレムはただの動かない岩のオブジェへと成り果てた。


「ナイス、結羽さん! 次、来るわよ!」


 彩斗美が前に躍り出た。


 彼女の手にある大剣が、仙気と魔力によって連結を解かれ、鋭い刃を持つ一本の長い鞭――『蛇腹剣』へと変化する。


「はぁッ!」


 彩斗美の卓越した剣術と魔力操作によって振るわれた刃が、空中で複雑な軌道を描き、後続のストーンゴーレムの関節を的確に絡め取って引き倒す。


 そして、転倒したゴーレムから距離を取ったまま、蛇腹剣を瞬時に真っ直ぐな大剣の形状へと硬化させ、装甲の隙間からコアを正確に貫通させた。


 元SSランクの指揮官と、理を知り尽くした前衛。


 もはやストーンゴーレムの群れなど、彼女たちの連携の前ではただの障害物でしかなかった。


「……おうおう、順調じゃねえか。だがな」


 ドレイクは、結羽たちがスクラップにしたストーンゴーレムの山から鉱石をむしり取りながら、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「このあたりの強度じゃあ、関節や体幹の芯材くらいにしか希少金属が使われてねえ。純度が低くて手間だな。……彩斗美嬢ちゃんよ、下に行きゃあ行くほど金ピカが増える感じか?」


「ええ、そのはずよ。ここは遺跡型ダンジョン。深層の防衛中枢に近づくほど、配備されているシステムの純度と強度も上がるわ」


 彩斗美が首肯すると、ドレイクは獰猛な笑みを浮かべた。


「よし、ならこんな浅いところで油を売ってる暇はねえ。どんどん下に行くぞ!」



◆◆◆



 ドレイクの宣言通り、階層を下るにつれて、立ち塞がる防衛システムたちの様相はより凶悪なものへと変化していった。


 装甲は岩から分厚い金属へと変わり、形状も人型だけではない。


 四足歩行の獣型ゴーレムが壁や天井を縦横無尽に這い回り、多脚型のゴーレムが後方から強力な魔力弾による遠距離射撃を行ってくる。


「くっ……! 動きが変則的すぎます!」


 結羽が乳切木を弾き、顔をしかめる。


 関節の理を突こうにも、相手の四肢の数が多すぎて的を絞れない。


「結羽、焦らないで! 私が射線を切るわ!」


 彩斗美が『魔導キューブ』で青白い防壁を展開し、多脚型ゴーレムからの魔力弾の雨を完全に分断する。


「お姉ちゃん、右の壁の四足歩行にデバフかけるね!」


 最後尾から、ふゆが『魔導シリンジガン』の引き金を引く。


 放たれた緑色の魔弾が、四足歩行ゴーレムの装甲に命中する。


 シュゥゥゥゥッ……!


「■■……■■■……!!」


 ノイズのような駆動音と共に、強酸の成分が瞬時に装甲を赤錆だらけに腐食させ、機動力を奪う。


 そこを逃さず、結羽が面の歩法で一気に間合いを詰め、錆びついた関節を力強く叩き割っていく。


 少しずつ苦戦を強いられながらも、三人それぞれの役割が完璧に噛み合った連携により、よろず屋パーティーは着実に深層へと歩を進めていった。


 そして、巨大な防風扉のような分厚いゲートの前に差し掛かった、その時だった。


『お姉ちゃん、先にすっごく強い魔力反応! 今までのゴーレムと全然違う! 気をつけて!』


 インカム越しに、ふゆの切羽詰まった声が響いた。


 ギギギギギ……ッ!


 重々しい金属音と共にゲートが開き、通路の奥から姿を現したのは――これまでの無骨な量産型とは全く異質の存在だった。


 全高二メートルほどの、フルメタル構造の細身のゴーレム。


 全身が銀色に輝く流線型のボディで構成されており、両腕の先端は鋭利なブレードになっている。無機物でありながら、どこか生物的なしなやかさすら感じさせる、明らかに上位の防衛システムだった。


「■■■■……■■――■■■■■、■■」


何を言っているのか全く聞き取れない、不気味で無機質な信号音がフルメタルゴーレムから発せられる。


「おう、この金ピカは『なかなかのレア』ってヤツだな」


 後方で麻袋を担いでいたドレイクが、その機体に使われている高純度の魔法金属の輝きを見て、ニヤリと凶悪に笑った。


「結羽、やってこい」


「はいッ!」


 結羽が乳切木を構えて踏み出した、次の瞬間。


「――速いっ!」


 結羽の視界から、フルメタルゴーレムの姿がブレて消えた。


 直後、結羽の右側面から、凄まじい速度で銀色の刃が迫る。


「はぁッ!」


 結羽は咄嗟に闘魂棒を立てて斬撃を受ける。


 だが、その刃を弾き返そうとした時、敵の腕の関節が『あり得ない方向』へと曲がった。


「なっ!?」


 敵の肘や手首のジョイントが、屈曲や伸展といった人間の関節の理を完全に無視し、モーターのように360度『回転』し始めたのだ。


 ギュイィィィンッ!!


 回転するブレードが、闘魂棒の表面を削りながら、予測不可能な角度から次々と斬撃を繰り出してきた。


「くっ……! 関節の理が効かない……! 構造的にもバランス感覚が強すぎます!」


 結羽は完全に防戦一方に追い込まれる。


 いくら足払いをかけて重心を崩そうとしても、敵は全身の関節を独立して回転させることで、独楽こまのような驚異的なジャイロバランスを生み出し、即座に体勢を立て直してしまう。


 人体の理が、まったく通用しない。


(……どうすれば……! あんな風に関節が回転し続けたら、絶対に懐には……)


 結羽が敵の猛攻をしのぎながら思考をフル回転させていると、ふゆの魔力視が、敵の構造のわずかな『綻び』を完璧に捉え、解答を弾き出した。


『お姉ちゃん! 回転してる関節の奥! 完全に密閉されてるわけじゃない! ギアが噛み合ってる隙間があるよ! そこに異物を巻き込ませれば……!』


「――わかった!」


 結羽の瞳に、鋭い光が宿る。


 ギュイィィィンッ!


 フルメタルゴーレムが、両腕のブレードをプロペラのように高速回転させ、結羽を細切れにしようと突進してくる。


 結羽は、逃げなかった。


 あえて『面』の歩法で、死の竜巻となっている敵の真正面へと踏み込んだ。


 そして、背中の乳切木から『鎖分銅』を解放し、敵の回転する腕の関節――ふゆが指定したギアの隙間めがけて、思い切り投げ込んだのだ。


「巻き込めっ!」


 ガラガランッ! ガガガガッ!!


「■■……■■■――■■■!!」


 激しいノイズ音と共に、敵の異常な回転力が、そのまま仇となった。


 強靭なハイテン鋼の鎖が、敵の回転力に引っ張られる形でウインチのようにギリギリと関節内部のギアに巻き取られていく。


 強引にギアの隙間に食い込んだ鎖が内部機構を破壊し、敵の両腕と関節が、強制的にロックされて完全に停止した。


「今だッ!!」


 武器と関節が完全に固まり、絶対的なバランスが崩れたその一瞬。


 結羽は仙気を大爆発させ、敵の懐へと深く潜り込んだ。


 相手の胸元に密着し、相手の重心を完全に自らのコントロール下に置く。


 そして、自身の足で敵の軸足を強烈に刈り上げると同時に、上半身を大きく捻った。


 柔道の基本技にして、体重移動と仙気を極限まで乗せた、グラップリングの究極の大技。


「た、お、れ、ろぉぉぉッ!!」


 ジャイロ効果による回転力を失い、ただの重い鉄塊と化したフルメタルゴーレムの巨体が、空中で大きく弧を描き、頭から石の床へと叩きつけられた。


 ズゴォォォォォンッ!!!


 床がクレーター状に陥没し、凄まじい衝撃波が通路に吹き荒れる。


「おやっさん! ピッケルを!!」


 結羽が、首のジョイントを破壊されて仰向けに倒れたフルメタルゴーレムを押さえ込みながら叫んだ。


「おう、見事だ結羽! 受け取れ!」


 ドレイクが、どこから取り出したのか、自分の背丈ほどもある『一本のツルハシ(ピッケル)』を結羽に向かって放り投げた。


 結羽は空中でツルハシを受け取ると、フルメタルゴーレムの胸部装甲めがけて、思い切り振り下ろした。


 ガキィィンッ!!


「■■……■■……――」


 断末魔のようなノイズ音を最後に、分厚い装甲が砕け散り、ツルハシの先端が内部の魔石コアを完全に破壊する。


 赤い単眼の光が消え去り、強力な防衛システムは完全にその機能を停止した。


「ふぅ……よしっ! あとはこれをバラバラにして……」


 結羽はツルハシの反対側を使って、機能停止したゴーレムの関節や装甲を器用にバラバラに解体していく。


 そして、中から純度100パーセントの極上の魔法金属――ミスリルとアダマンタイトの合金コアをゴロリと取り出した。


「やった! すっごく綺麗な金ピカです!」


 結羽が採掘の成果を高く掲げ、ふゆと彩斗美も満面の笑みで駆け寄る。


「よしよし、こりゃあなかなかのもんだが、今日は全員分の素材を集めるからな。階層はこの辺りで強度も十分だが、『レア』個体探して、掘りまくるぞ!」


 ドレイクが麻袋をパンと叩いて豪快に笑うと、女性陣三人も元気いっぱいに拳を突き上げた。


「「「おー!」」」


 因縁の赤城山、神話級のヒュドラを打ち砕くための最強の武器の素材。


 よろず屋パーティーの出稼ぎは、和気あいあいとした最高に明るい雰囲気のまま、さらに深みへと進んでいくのだった。



◆◆◆



『――師父。報告するまでもないでしょうが、あのゴーレムは……』


 採掘に夢中になっている結羽たちの背中を眺めながら、黄龍の宝珠がドレイクのポケットの中で静かに明滅した。


「わかってるさ。あのゴーレムだけじゃねえ、この川崎ダンジョン……『遺跡・機械化型ダンジョン』っつったか。そこかしこに『あっち(アストライア)』の痕跡がありやがる」


 ドレイクの炎金の瞳が、冷たく、そして鋭く細められた。


 結羽たちには、先ほどのフルメタルゴーレムが発していた無機質な信号音は、ただの意味不明なノイズにしか聞こえなかっただろう。


 だが、ドレイクと黄龍には、その音声が明確な『言葉』としてこう聞こえていた。


『警告。警告。警告。本階層には許可を得たスタッフ以外の入場は認められていません。速やかに退去しない場合、強制的な排除に移行します』――と。


 多少言い回しに古い表現や、劣化で聞き取りにくいところもあったが、それは紛れもなく彼らが棲む異世界アストライアの言葉。


 『大陸公用語』と呼ばれる言語であった。


 ただの出稼ぎの採掘場。


 その奥底に潜む、世界の根幹を揺るがす不気味な真実の影を、結羽たちはまだ誰も知らない。

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