第48話 極上の朝食と、魔法金属の眠る街
箱根の山々を、眩しい朝日が照らし出していた。
澄み切った山の空気と、遠くから聞こえる野鳥のさえずり。
極上の、源泉かけ流し温泉と、極上の料理でダンジョンアタックの疲労を完全に洗い流したよろず屋パーティーの四人は、最高級温泉旅館が誇る広々とした和室の広間で、朝の豪華な食卓を囲んでいた。
「うわぁ……! 朝からこんなに豪華なの!?」
ふゆが目を輝かせ、結羽も「すごい……旅館の朝ご飯って、本当にこんな風なんだ……」と感動の声を漏らす。
テーブルの上には、地元で採れた新鮮な山菜の小鉢が色鮮やかに並び、ふっくらと炊き上げられたツヤツヤの銀シャリがお櫃から湯気を立てている。
メインは、炭火で香ばしく炙られた肉厚な金目鯛の干物と、伊勢海老が丸ごと一匹入った豪快で贅沢な味噌汁だ。
「さあ、冷めないうちにいただきましょうか。朝はしっかり腹ごしらえをしないとね」
彩斗美が微笑みながら箸を手に取る。
本来の艶やかな黒髪を取り戻し、前髪に一筋だけ美しい金色のメッシュを残した彼女の顔色は、かつて屋敷での初対面のときのような死人のような青白さが嘘のように、健康的で生命力に満ちた桜色に輝いていた。
「「「いただきます!」」」
結羽は早速、伊勢海老の味噌汁を一口すする。
「んんっ……! 美味しいぃ! 海老の濃厚なお出汁が、五臓六腑に染み渡ります……!」
「金目鯛もすごいよお姉ちゃん! 脂がのってて、ご飯がいくらでも進んじゃう!」
ふゆも、口いっぱいに白米を頬張りながら満面の笑みを浮かべた。
「カッカッカ! 魔獣の肉も悪かねえが、こういう丁寧な和食の朝飯ってのもいいもんだ。料理人の理が整ってて最高だぜ」
ドレイクもまた、特大の茶碗にご飯を山盛りにし、金目鯛の身を豪快に乗せて一気にかき込んでいた。
激闘と極上の休養、そして心を開いて絆を深めた四人の食卓には、絶えることのない明るい笑い声が響いていた。
◆◆◆
食後。
女性陣三人が、広縁から芦ノ湖を眺めながら食後のコーヒーとほうじ茶で優雅にくつろいでいる間。
ドレイクは、リビングの片隅に置かれた座椅子に腰を下ろしたまま、片手に一つのアーティファクトを握っていた。
昨日、彩斗美から預かっていた『魔導キューブ』である。
ドレイクは、銀色に光るその金属のブロックに、指先から微細な仙気を流し込みながら、静かに、そして真剣な龍眼でその内部構造を解析していた。
傍らでは、黄龍の宝珠が淡い金色の光を明滅させ、超高度な演算サポートを行っている。
女性陣の賑やかな声に紛れるように、ドレイクと黄龍は念話による極秘の通信を交わしていた。
分析している最中、黄龍から声がかかる。
『師父、検索にヒットしました』
「『どっち』のだ?」
ドレイクが、親指でキューブの表面を撫でながら短く問う。
『『あちら』の軍事ユニットのデータベースからですよ、師父。なにより魔導技術も魔術回路の様式も刻印も、構成成分も『こちら』のものではありません』
その報告を聞いた瞬間、ドレイクの黄金の瞳がスッと細められた。
異世界の軍事ユニット。
それはつまり、かつて故郷の世界大陸を真っ二つに割った、忌まわしい大断裂の時代に作られた兵器の遺物であることを意味している。
「チッ、イヤな予感が当たりやがったか。機人化した牛っころにも既視感があったが、やっぱりそういうことか……」
ドレイクは低く舌打ちをした。
野田ダンジョンの深層で遭遇した、機人化ミノタウロス。
あの時に感じた異世界の技術体系の匂いと、このキューブの根幹にある術式。
それらが一本の線で繋がり、この地球のダンジョンの最奥に、自分たちの世界の『最終処分場』が繋がっているという疑惑が、確信へと変わった瞬間だった。
『そういうこと、でしょうな。大戦前期の陸戦士官用魔導障壁ユニットです。16機編成で展開されるものの一部ですね。よく3機のみで運用できたものです。彩斗美殿の工夫と魔力コントロールの高さ故でしょう。どうしますか師父? 全てを伝えますか?』
黄龍の問いかけに、ドレイクは視線を上げ、縁側で談笑している結羽たちの背中をじっと見つめた。
過剰適応の呪いから解放され、トラウマを乗り越えたばかりの彩斗美。
そして、行方不明の両親を探すために深淵を目指している結羽とふゆ。
彼女たちが立ち向かおうとしている赤城山のヒュドラを打倒したその先。
この世界のダンジョンの奥底には世界崩壊規模の爆弾が眠っているという仮定、いやおそらくは真実。
ドレイクはしばし瞑目して考えたが、意を決したように黄龍の問いに応えた。
「いや、今はノイズになる」
ドレイクは静かに、けれど絶対の意志を込めてそう言い放った。
「それにまだ確証があるわけじゃねえからな。だが、こいつや彩斗美嬢ちゃんの大剣の芯材が『こっち』にあるってことは、他にも『素材』になる魔導金属があるかもしれねえってこった」
魔導キューブも、彩斗美が全盛期に振るっていたという、あの異常な硬度を誇る大剣のベースも、この地球に自然発生したものではない。
それらが発掘される場所があるなら、故郷の純度の高い魔法金属も手に入るはずだ。
それをドレイクの鍛冶技術で扱えば、今の魔獣素材と地球の素材を組み合わせるより、よほど強靱かつ高い純度――100%に近い数字で仙気を通せる武装を作ることができる。
『ええ、それはもう間違いはないでしょう』
黄龍が肯定する。
「なら話は簡単だ。ちょっくらそれを掘り出しにいくまでよ。あたりはつくか?」
『協会のデータベースからは、神奈川にある川崎ダンジョンが該当します。彩斗美殿に確認を取れば間違いないでしょう』
「おう。そしたら赤城山の蛇公の前にそっちだな」
ドレイクは魔導キューブを軽く放り投げ、カシッ、と片手で掴み取った。
彼の中で、盤面は完全に整理された。
世界のバグだの、異世界の遺物だのといった面倒な裏事情は、今はまだおっさんである自分が腹の中に抱え込んでおけばいい。
今はただ、弟子っこや仲間が因縁の敵を討ち果たすための、最高にして最強の『矛』を用意してやることだけを考えればいいのだ。
ドレイクはゆっくりと立ち上がり、縁側でくつろぐ三人の背中へ向かって声をかけた。
「おい、お前ら。飯の余韻は楽しめたか?」
「あっ、おやっさん! コーヒー淹れましょうか?」
結羽が振り返って微笑む。
「おう、もらうぜ。……ところで彩斗美嬢ちゃん。神奈川の川崎ダンジョンってのは、無機物や鉱石の魔獣が出るダンジョンで間違いないか?」
ドレイクの唐突な質問に、彩斗美は少しだけ目を丸くしたが、かつてのコマンダーとしての記憶を即座に引き出し、的確に答えた。
「ええ、そうよ。あそこはゴーレムの巣窟。自然発生の魔獣ではなく、地下に広がる遺跡の防衛システムのようなものが稼働している『遺跡型ダンジョン』ね。純度の高い魔法金属や、希少な鉱石がドロップすることで有名だわ。深層に近づくほどに稀少な魔導金属のドロップが得られるけど、その分、戦闘の強度も高くなるわ」
「なるほどな。……よし、結羽、ふゆ」
ドレイクはコーヒーを受け取ると、ニヤリと不敵で獰猛な笑みを浮かべた。
「俺たちの次の標的は赤城山の蛇公だ。だが、あいつの防御をぶち抜くには、今のお前さんの古代樫の乳切木じゃあ、ちとばかし火力が足りねえ」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。蛇公の結界と硬い鱗ごと中枢を粉砕するには、仙気を100パーセント通し、さらに仙気を増幅する魔力回路を焼き付けることができる『最高の魔法金属』が必要だ」
ドレイクは、ドンッと己の太い拳を合わせた。
「ってなわけで、野田のヤサに帰ったら、今度は川崎に出稼ぎだ。無機物の群れを片っ端から粉砕して、最高の武器の素材を『採掘』しに行くぞ!」
「採掘……! つまり、おやっさんが新しい武器を作ってくれるんですか!?」
結羽の瞳が、期待でパァッと輝く。
「カッカッカ! あたりめえだ。よろず屋の本気の鍛冶ってやつを見せてやるよ」
「面白そうだねお姉ちゃん! 今度はゴーレムかぁ。わたしも魔力視で金属の弱点をバッチリ解析するね!」
ふゆも両手を突き上げて歓声を上げた。
その賑やかなやり取りを見て、彩斗美もフッと優しく微笑んだ。
「ふふっ、本当に休む暇もないパーティーね。……でも、悪くないわ。私も指揮官として、しっかりサポートさせてもらうわよ」
「おうよ。彩斗美嬢ちゃん、あんたの武装も打ち直しだ。ふゆ、お前さんの魔導銃も作り直す。よろず屋パーティーの全力中の全力が出せるよう、まとめて鍛え上げてやるぜ」
かくして、極上の朝食で心身を完全に満たしたよろず屋パーティーの四人は、因縁の赤城山へと挑むための最強の武器を求めて、新たな出稼ぎの地・川崎のゴーレムダンジョンへと向けて、明るく力強い足取りで出発するのだった。
(第2章:完)




