第46話 五行の毒抜きと、究極の麻辣火鍋しゃぶしゃぶ
「よし、結羽! まずは一番脂が乗ってる首の付け根と、胴体の中心部だ。鮮度が落ちる前にサクッと切り分けちまえ!」
ドレイクの指弾によって自爆のエネルギーごと完全に沈黙させられた九頭竜の巨体。
その前で、結羽はすぐさま『骨の牛刀』を振るい、巨大な肉塊を切り出しては自分の空間収納袋に次々と収納していく。
火山ガスと硫黄の毒が立ち込める芦ノ湖ダンジョンの最深部だが、再生を封じられ、魔力の中枢を砕かれた九頭竜の肉からは、すでに毒々しい瘴気は発せられていない。
それでも、火山地帯の主として生きてきたその肉の奥底には、強烈な硫黄の毒素がこびりついているはずだった。
「おやっさん、切り出しました! でもこれ、どうやって食べるんですか? いくら仙気で浄化するって言っても、ここまで硫黄の匂いが強いと……」
セーフエリアに移動して、いつものように簡易竈を作る。
調理台代わりの岩盤を浄化すると、結羽が切り出したばかりの巨大なブロック肉を置きながら、少し不安そうに尋ねた。
「カッカッカ! 心配すんな。こいつにはこいつに合った、とびきりの毒抜きと調理法がある。今日は二種類の極上メニューでいくぞ。準備は万端、細工は流流、仕上げをご覧じろってな。結羽、ふゆ、お前らも手伝え」
ドレイクは、空間収納袋から特大の金属製ボウルを取り出し、岩の上にドンッと置いた。
さらに、結羽が切り出したブロック肉の一部を長方形のサク取りにし、そこに先が鋭く尖った『純銀の金串』を何本も扇状に打ち込んでいく。
「ふゆがシリンジガンでやった『五行の相剋』と理屈は同じだ。結羽、竈に大きめの火を起こせ。ふゆはシリンジでそのボウルに氷水を満たしてくれ」
「はいッ!」
「はーい!」
結羽が石を組んだ竈に燃料をくべ、仙気を込めて勢いよく炎を立ち上げる。
すかさずふゆが『氷結のシリンジ魔弾』をボウルに向けて放ち、キンキンに冷えた氷水をたっぷりと張った。
「よし。純銀の串を打ったこいつを、強火で一気に炙って表面の毒素を浮き上がらせる。そして氷水で一気に冷やして、熱と共に硫黄の毒を銀の串に全部吸着させて引き抜くって寸法だ」
ドレイクは金串を持ったまま、結羽が起こした炎の上に肉をかざした。
ジュワァァァッ! と激しい音を立てて、肉の表面が炙られていく。
ドレイクは絶妙な手首の返しで何度も肉を裏返し、表面全体に香ばしい焼き色をつけていった。
そして、表面の脂がチリチリと音を立てて弾けた最高のタイミングで、ふゆが用意したボウルの氷水の中へと一気に沈め、急冷して身を締める。
引き抜かれた純銀の金串は、硫黄の毒素を吸い取ってドス黒く変色していた。
「よしよし、いい具合だ」
ドレイクは愛用の包丁を取り出すと、九頭竜肉を少し厚めにスライスしていく。
そして、岩盤の上に並べられた九頭竜肉の断面は――。
「すごい……! 赤黒かったお肉が、透き通ったルビーみたいな色になってる!」
結羽が感嘆の声を上げる。
毒素が完全に抜け落ち、表面には香ばしい焼き色がつき、内側は極上の赤身の鮮やかさを保った完璧な『九頭竜肉のタタキ』が完成していた。
「タタキは、醤油とゴマ油にたっぷりのニンニクとショウガを効かせたタレか、シンプルにワサビ醤油でいけ。……だが、メインディッシュはこれからだぜ」
ドレイクは、さいたまで手に入れた『年代物の土鍋』を竈にセットし、清浄な水をたっぷりと張った。
そこへ、唐辛子、花椒、豆板醤、豆鼓醤、氷砂糖、たっぷりのニンニクと生姜、ネギ、そして数十種類に及ぶ薬膳生薬を惜しげもなく放り込んでいく。
グツグツと煮立ち始めた真っ赤なスープから、暴力的なまでに食欲をそそるスパイシーな香りがセーフエリアの洞窟内に充満した。
「さあ、ここからは俺の『理』と『腕』の見せ所だ」
ドレイクは、残っている巨大なブロック肉に、強烈な『水の仙気』を手から放って叩き込む。
パキィィィンッ! という音と共に、巨大な肉塊が一瞬にしてカチカチに凍りつく。
火山性の熱毒を、水の気で完全に殺し切ったのだ。
さらにドレイクは、愛用の包丁に『金の気』を流し込み、青白く光る刃で凍った肉の塊を今度は極薄にスライスし始めた。
シュパッ、シュパッ、シュパッ!
目にも留まらぬ速度で削り出されていく薄切り肉。
凍らせたことで繊維が固定され、金の気を纏った刃が切り裂くたびに、残っていた微細な毒素が物理的に切り離されていく。
切り出された極薄の肉は、空気に触れた瞬間に鮮やかなピンク色へと発色し、まるで満開の桜の花びらのように皿の上に山と積まれていった。
「カッカッカ! これで毒気が抜けた肉に、特級の香辛料で生命力を吹き込んでやる! たっぷりの野菜と一緒にスープに潜らせな! 『九頭竜肉の特製・麻辣火鍋しゃぶしゃぶ』だ!! さあ苦労した分たっぷり喰いな!!」
「「「いただきますッ!!」」」
鮮やかな色の肉、そして麻辣火鍋の匂い。
視覚と嗅覚を強烈に刺激され、暴発しそうな食欲を一気に解放するように、三人は大皿のタタキと、煮えたぎる鍋へと一斉に箸を伸ばした。
「んんっ……!! タタキ、すっごく美味しい! 全く臭みがなくて、噛むと濃厚なお肉の甘みとニンニク醤油が合わさって、とろけます!」
結羽が、目を輝かせながらタタキを頬張る。
「こっちのしゃぶしゃぶも最高だよ! 辛っ! 熱っ! でもお肉がふわふわで、スパイスの香りがすっごくいい!」
ふゆも、目に涙を浮かべながら真っ赤な肉をスープに潜らせ、ハフハフと口に運んでいた。
強烈な唐辛子の辛味と、花椒のビリビリと痺れるような刺激が、口の中を容赦なく蹂躙する。
だが、その奥から溢れ出してくる九頭竜の肉の旨味は、これまで食べてきたどの魔獣よりも濃厚で、そして圧倒的な生命力に満ちていた。
「ハァッ、ハァッ……! 凄いわ、これ……! 辛いのに、身体の奥底からとめどなく力が湧いてくる……!」
彩斗美もまた、額に大汗をかきながら、上品さをかなぐり捨てて火鍋をかき込んでいた。
激辛の火鍋を食らうたびに、全身の毛穴が一気に開き、滝のような汗が噴き出してくる。
その汗と共に、ダンジョンの道中で吸い込んでしまった微量の火山ガスや瘴気、疲労物質が、完全に体外へと排出されていくのがわかった。
結羽とふゆの姉妹は、この激辛の同位同食を通じて、火山性の毒や猛烈な熱に対する強固な『耐性』を、細胞レベルで確実に獲得していた。
だが、この火鍋の恩恵を最も強く受けていたのは、他でもない佐修院彩斗美だった。
「……あ、彩斗美さん! 髪が……!」
ふゆが、驚いたように彩斗美を指差した。
「え……?」
彩斗美を長年苦しめ続けた過剰適応と栄養欠乏の証として、彼女の黒髪を異質に染め上げていた不気味な『虎柄』の変色。
それが今、神話級の亜種である九頭竜の圧倒的な生命力の同位同食、さらに五行の理による解毒効果によって、毛先からスゥッと色が変わり、本来の艶やかな美しい黒髪へと急速に戻っていったのだ。
顔色も、かつて第一世代のトップとして輝いていた頃の、生命力に満ちた桜色を取り戻している。
「嘘……。呪いが、消えていく……。身体が、あんなに軽かった頃の感覚に……!」
彩斗美は、自らの黒髪をすくい上げ、信じられないものを見るように震えた。
呪いを克服した証としてなのか、前髪に一筋だけ美しい金色のメッシュが名残として残っていたが、全体は艶やかな黒髪だ。
『素晴らしい。お見事です、師父。九頭竜の血肉と同位同食の理が、彩斗美殿の魔力回路のエラーを修復し、正常な形へと再構築しています』
ふゆのスマートフォンから、黄龍の称賛の声が響いた。
だが、ふゆは自身の『魔力視』のUIをさらに深く展開し、彩斗美の胸の奥――心臓のあたりをジッと見つめた。
「……ううん。まだ、完全に全部消えたわけじゃないよ」
ふゆの言葉に、場が水を打ったように静まり返る。
「彩斗美さんの身体中を巡っていた過剰適応のバグは、この火鍋とタタキでほぼ治ったよ。でも……心臓の奥の奥に、まだ真っ黒な『トゲ』みたいな毒の塊が、一つだけ深く刺さったままになってる」
ふゆの指摘に、黄龍が静かに補足した。
『ふゆ殿の仰る通りです。過剰適応のバグは解消されましたが、そのトゲの正体は、赤城山のヒュドラが残した固有の「神話級の神経毒」の残滓。九頭竜の血肉で癒やせるのは、あくまで同系統の呪いまで。その大元である猛毒のトゲばかりは、ヒュドラ自身の血肉を喰らわねば、完全に引き抜くことは困難でしょうな』
「……そう。まだ『あと一歩』、なのね」
彩斗美は、自らの胸元にそっと手を当てた。
しかし、彼女の表情に絶望や悲壮感は微塵もなかった。
むしろ、呪いの大部分が解け、かつての力と本来の黒髪を取り戻した彼女の瞳には、因縁の敵を討ち果たすための強烈な闘志が燃え盛っていた。
「上等だわ。これで、あの忌まわしい赤城山へ向かうための『明確な理由』と『絶対の力』が揃ったというわけね」
「カッカッカ! そういうこった。これで最高の準備は整った。……よし、鍋も空になったことだし、今日の遠征はここまでだ! 帰るぞ!」
ドレイクが土鍋を片付けながら豪快に笑う。
「ふぅーっ! ごちそうさまでした! お腹いっぱい、汗もいっぱいです!」
結羽がTシャツの襟をパタパタと仰ぎながら、満足げに立ち上がった。
全身が汗だくで、強烈なスパイスの香りが染み付いている。
その様子を見た彩斗美が、ふと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「……ねえ、みんな。こんなに大汗をかいたのに、このまま真っ直ぐお家に帰るの?」
「えっ? でも、お風呂に入らないと気持ち悪いし……」
「ふふっ。ここは箱根よ? 日本が世界に誇る、極上の温泉地じゃない」
彩斗美は、自身のスマートフォンを取り出し、スマートな手つきで執事の黒田へと通信を繋いだ。
「黒田? ええ、終わったわ。大成功よ。……ええ、そうね。今からすぐに、この芦ノ湖周辺で一番の『極上の温泉宿』を手配してちょうだい。もちろん、最高級の料理と露天風呂付きの部屋をね。……ええ、よろず屋パーティーへの、私からのささやかな慰労会よ」
電話を切った彩斗美が、ウインクをして見せる。
「やったー!! 温泉だぁー!!」
ふゆが大喜びで両手を突き上げ、結羽も目を輝かせた。
「温泉……! あ、でも、わたしたち着替えとか何も持ってきてないですよ!?」
「カッカッカ! 細かいこたぁ気にすんな結羽! スポンサー様の奢りだ、たっぷり羽を伸ばさせてもらおうじゃねえか!」
激闘と極上の火鍋で心身を完全に整えた四人は、硫黄の匂い立ち込める地獄の迷宮を後にし、極上の癒やしが待つ箱根の温泉街へと向けて、最高の笑顔で歩き出した。




