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第45話 ゾンビ戦法の確立と、九つの首の解体

 右から二番目の首を切り落とされ、さらに『水と金の気をもつシリンジ魔弾』によって絶対の自己再生を封じられた九頭竜。


 その事実が意味するものを理解した瞬間、神話級の亜種である巨大な魔獣は、これまでにないほどの激痛とパニックに陥り、狂乱の咆哮を上げた。


「ギ、ギャァァァァァァァァァッ!!!」


 残る八つの首が完全に理性を失い、でたらめな軌道で結羽めがけて一斉に襲いかかる。


 大岩を砕く巨大な牙の乱撃と、致死量の濃度を誇るドス黒い火山ガスが、暴風となって結羽を包み込んだ。


「くっ……!」


 結羽は『面』の歩法で煮えたぎる硫黄の沼の上を滑るように躱し続けるが、八つの首が死に物狂いで放つ全方位からの攻撃を、完全にノーダメージで凌ぎ切ることは不可能だった。


 巨木のようにも太い尻尾のなぎ払いが結羽の横腹を掠め、強烈な衝撃で彼女の身体が岩肌へと吹き飛ばされる。


 さらに、躱しきれなかった火山ガスの直撃を受け、肌が焼け爛れ、肺の奥から血がせり上がってくる。


「結羽ッ!!」


 後方から戦況を俯瞰していた彩斗美が、血相を変えて叫んだ。


 前衛の要である結羽が倒れれば、このパーティーは一瞬で崩壊する。いかに結羽が仙気による自己修復能力を持っているとはいえ、今のダメージと毒の蓄積は、明らかに限界を超えていた。


(まずい、このままでは……!)


 彩斗美が即座に結界キューブを防御に回そうとした、その時だった。


「お姉ちゃん、そのまま止まらないで! 全部私が帳消しにする!!」


 最後尾に立つふゆの声が、戦場の轟音を切り裂いて響き渡った。


 彼女の視界に展開された黄龍の魔力視UIが、結羽の負ったダメージの深度、侵入した毒の成分、そして細胞の損壊率をコンマ一秒で演算し、最適な処方を弾き出していた。


 ふゆは手にした魔導シリンジガンをブレイクさせ、赤と緑の液体が混ざり合った特殊な魔弾を装填する。


 そして、吹き飛ばされた結羽が態勢を立て直そうとしたその背中めがけて、躊躇なく引き金を引いた。


 パシュゥゥッ!


 放たれた『超回復と解毒のブレンド魔弾』が、結羽の背中に吸い込まれるように突き刺さる。


 その瞬間だった。


「……えっ?」


 彩斗美は、信じられない光景を目にした。


 結羽の横腹の打撲と裂傷が、まるでビデオを逆再生するかのように一瞬にして塞がり、肺を侵していたドス黒い毒気が、清浄な白い蒸気となって体外へ排出されたのだ。


 HPのバーが存在する世界ならば、真っ赤に点滅していたゲージが、一瞬で全快フルにまで振り切れたような、あまりにも理不尽な超回復。


「すごい……! 痛みが、全部消えた!」


 結羽は自身の身体にみなぎる生命力に目を見開き、そして、インカム越しにふゆの恐ろしくも頼もしい言葉を聞いた。


「お姉ちゃん!! どんどん前に出て、ガンガン斬り落として! どんな傷でも私が後ろから全部治す! 吹っ飛ばされないようにだけ気をつけて! 距離が空いちゃったらチャンスが減る!!」


「了解ッ!!」


 姉妹の間に、言葉以上の強固な信頼が結ばれた瞬間だった。


 被弾を恐れる必要がなくなった前衛の突破力は、まさに無双である。


 結羽は再び『点』の歩法で岩場を蹴り砕き、九頭竜の懐へと砲弾のように飛び込んだ。


 襲い来る牙をあえて肩や腕で受け止めながら、躊躇なく懐に潜り込む。


 牙によって肉を抉られ血が吹き出すが、そのコンマ数秒後には、ふゆの放った超回復シリンジが結羽の身体に突き刺さり、ダメージをゼロにリセットしていく。


「はあぁァァァッ!!」


 結羽の『鎖分銅付きの乳切木』が閃き、一つの首の軌道を封じる。


 そこへ、赤熱した『骨の牛刀』の会心の一撃が振り下ろされ、分厚い頸動脈を容易く両断した。


 ズパァァァンッ!!


 首が切り落とされたその一秒後、切断面から再生の肉芽が膨らむよりも早く、ふゆの『水と金のシリンジ魔弾』が正確無比に撃ち込まれる。


 パキィィィィンッ!


 青白い氷晶と銀の成分が再生を完全に塞ぎ、また一つ、九頭竜の首が機能不全に陥った。


 斬る。


 回復する。


 再生を封じる。


 それはもはや、神話級の魔獣との死闘などではなく、ライン作業のように統率された、えげつない『モグラ叩き(ゾンビ戦法)』の確立だった。


「……ふふっ。あははははっ! 凄まじい姉妹ね、本当に!」


 常識外れの戦法を目の当たりにした彩斗美は、かつてのSSランク探索者としての血が熱く沸き立つのを感じていた。


 これほどまでに圧倒的な前衛と後衛がいるのなら、中衛であり指揮官である自分の役割はただ一つ。


 彼女たちが最も気持ちよく動ける『盤面』を作り出すことだ。


「結羽! 残る首はあと三つ! 本体の動きを私が止めるわ、一気に片を付けなさい!」


 彩斗美は、自身の周囲に浮遊する四つの『魔導キューブ』を前面に射出した。


 キューブは九頭竜の周囲に展開され、青白い光の檻となって、巨体の動きを物理的に制限する。


「ギャァァァァァッ!!」


 追い詰められた九頭竜が、残る三つの首を複雑に絡み合わせ、最後の悪あがきとして、結界ごとすべてを吹き飛ばす超高圧の熱線を放とうと魔力を練り上げ始めた。


「やらせないッ!!」


 彩斗美が、右手に握った蛇腹剣に魔力を一気に流す。


 ガシャ、ガシャシャシャッ!!


 柄から伸びた刀身が、仙気と魔力によって連結を解かれ、鋭い刃を持つ一本の長い鞭となって解放された。


 彩斗美の卓越した剣術と魔力操作によって振るわれた蛇腹剣は、空中で複雑な軌道を描き、熱線を放とうとしていた九頭竜の三つの首を、まとめて雁字搦めに拘束した。


 九頭竜の首に刃が食い込む。


 いくつもの魔獣の頑丈な筋腱と、現代テクノロジーで最高強度を誇る超ハイテンワイヤーを撚り合わせた連結機構は神話級亜種である九頭竜を相手取っても、十分な拘束力を発揮した。


「ギ、ギギッ……!?」


「結羽ッ!! 今よ!!」


 彩斗美の渾身の拘束により、九頭竜の完全に無防備な胸元――魔力の中枢である『心臓部』が、大きく露わになった。


「はぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 結羽の歩法が、この日一番の冴えを見せた。


 『面』で滑り、『点』で噛む。


 泥と水と岩が混在する最悪の足場を、重力すら無視したかのような滑らかな軌道で踏み切り、九頭竜の胸元へと肉薄する。


 そして、左手の乳切木と右手の牛刀を交差させ、丹田から引き上げたありったけの仙気を注ぎ込んだ。


 斬撃と打撃、二つの『理』を極限まで融合させた究極の重撃。


「届けぇえええぇッッ!!」


 ズガァァァァァァァァンッ!!!


 結羽の一撃が九頭竜の分厚い装甲鱗を粉砕し、そのまま心臓部(中枢)を完全に貫き、破壊した。


「ガ、アァァァ…………ッ」


 すべての動きを止められた九頭竜が、断末魔の悲鳴すら上げられずに痙攣する。


 終わった。


 誰もがそう確信した、次の瞬間だった。


 カァァァァァァァァッ!!!


 身体の中枢を破壊されたはずの九頭竜の巨体が、うぞうぞと藻掻きながら内側から異常なほどの眩い光を放ち始めたのだ。


『――警告!! 対象の体内に圧縮された全魔力と、硫黄毒の制御が完全に崩壊しました!』


 ふゆのスマートフォンから、黄龍の焦燥に満ちた合成音声が響き渡る。


『死の瞬間に自身の全エネルギーを暴走させる、理不尽な自爆プロセスです! 威力の予測値……この芦ノ湖ダンジョンの階層そのものを吹き飛ばす規模の、広域圧縮爆発が来ます!!』


「なっ……!?」


「そんな、今からじゃ逃げ切れない……!」


 結羽も彩斗美も、絶望に目を見開いた。


 神話級の亜種が見せた、死に際の理不尽な全体攻撃。


 いかにふゆの回復があろうとも、即死するほどの超高熱と毒の爆発を食らっては、骨すら残らない。


 強烈な光と熱波が膨張し、すべてを無に帰そうとした、まさにその時だった。


「全員下がって結界張っときな」


 後方から、低く落ち着いた声が響き、ドレイクがゆっくりと前に出た。


 彼は足元に転がっていた手頃な岩の破片を、無造作に拾い上げる。


「こっちはお前さんの肉取りに来てんだ。勝手に爆散しようとしてんじゃねえよ」


 ドレイクはジャージの右袖を捲り上げ、右手を前へと突き出した。


 ――その瞬間。


 彼の人間の腕が、一瞬にして赤黒く光る強靭な『龍鱗』に覆われ、筋肉が異常に盛り上がり、二回りほども大きく変貌した。


 鋭く伸びた龍の爪先を器用に折りたたみ、拾い上げた石を人差し指と親指の間に挟み込む。


 ズンッ……!


 とんでもない濃度の仙気が、その指先の小さな石に一点集中で凝縮されていく。


 空間が歪み、大気が悲鳴を上げるほどの異常なエネルギー密度。


「失せな」


 その一言と共に、ドレイクの指弾が放たれた。


 バヂィイイッッ!!!


 鼓膜を劈くような凄まじい破裂音の刹那、ドレイクと九頭竜の間の空間が、一直線の青白い光の軌跡となって弾けた。


 直後、空気がオゾン化した雨上がりのような独特の匂いが、濃密な硫黄臭の中に立ち込める。


 破壊の閃光が直撃した九頭竜は、自爆のために圧縮していた膨大な魔力ごと、完全にその中枢を撃ち抜かれていた。


 絶望の光を発しながら藻掻いていた巨体の動きがぴたりと止まり、ビクンと一度大きく痙攣したかと思うと、ドスンドスンと地響きを立ててその場に崩れ落ちた。


 完全に沈黙する九頭竜。


 誰もが言葉を失い、静まり返った地下空間で、ドレイクは腕の龍鱗をスッと元の人間の肌に戻した。


「終わったぞ。さっさと剥ぎ取って飯だ。ったく、往生際の悪ぃ蛇公だぜ。魔石を砕くことになっちまった。勿体ねぇ……」


 ドレイクは事もなげにそう言い放ち、首のタオルで軽く手を拭いた。


「……うそ、でしょ……?」


 彩斗美は、ただ呆然と立ち尽くしていた。


 三人がかりで死線を潜り抜け、それでもどうにもならなかった神話級の亜種の自爆攻撃。


 それを、ただの石ころを指で弾いただけで、エネルギーごと完全に消し去ってしまったのだ。


 ――この男の戦闘力は、一体いかばかりなのか。


 全盛期の自分たちトップ探索者が束になっても、足元にも及ばないのではないか。


 彩斗美が底知れないバケモノの真の力に戦慄し、完全に絶句していた、その横で。


「腕だけ身体を戻したんですか!? すごいですっ!」


「おやっさん! 今のばちん! ってのどうやったの!?」


 ふゆと結羽の姉妹が、未知の恐怖や常識外れの戦力に対する畏怖など微塵も見せず、目をキラキラさせながらドレイクのもとへ駆け寄っていった。


 この姉妹にとって、目の前で起きた異常事態は、単に「うちの師匠はすごい」という無邪気な認識でしかないのだ。


「……はぁ」


 彩斗美は、底知れないバケモノの師匠と、それに完全に順応してしまっている規格外の教え子たちを交互に見つめ、やがて小さくため息をついた。


 もう、このパーティーを常識の枠で測るのはやめよう。


「さあ、お前ら、突っ立ってねえでさっさと血抜きと解体を手伝え! 極上の『九頭竜の麻辣火鍋』の時間だぜ!!」


 ドレイクの豪快な笑い声が、毒の迷宮に響き渡る。


 ステータスを否定する物理の前衛、五行の理を操る天才の後衛、完璧に統率する最高のコマンダー。


 そして、すべての理不尽を指弾一発で解決する規格外の保護者。


真の『よろず屋パーティー』の初陣は、こうして誰も欠けることなく、極上の『同位同食』への準備と共に、完璧な勝利で幕を閉じたのだった。

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