第42話 それぞれの武装と、毒蛇の待つ地獄へ
それからの数日間。
結羽、ふゆ、彩斗美の三人は、佐修院家の広大な敷地を利用して、徹底的な戦術の擦り合わせを行っていた。
朝の合同ロードワークに始まり、演習場のシミュレーターでのフォーメーションの確認。
ふゆがスマートフォンを通じて黄龍の魔力視データを彩斗美の端末へと転送し、それを受けた彩斗美が、前衛の結羽へ向けてリアルタイムで「秒単位」の指示を飛ばす。
「結羽、右斜め前方からオークの二撃目が来るわ。『面』で左へ回り込んで、『点』に切り替え! そのまま首の付け根を破砕! ふゆ! 仙薬弾装填2発!!」
「はいッ!!」
「準備できてます!! お姉ちゃん! 下がらないで大丈夫だよ!!」
「うん!!」
元SSランクの完璧な戦況把握と、結羽の圧倒的な身体能力、そしてふゆと黄龍のデータ支援。
三人の連携は、日を追うごとに、まるで一枚の歯車のように噛み合っていった。
鍛錬とシミュレーションが終わる頃になると、工房に籠もっていたドレイクが、大型土鍋一杯の魔獣肉のちゃんこ鍋と魔導コンロを抱えて現れる。
「食うのも鍛錬のうちだ」という、いつも通りの言葉で三人と共に座り込んで鍋を囲み、全員の体調や仙気の伸び具合をチェックする。
中でも彩斗美の回復具合に関しては、微に入り細に入りといった具合で、身体強化を使わない状態での筋力の回復具合や、四肢の可動域の確認までする念の入れようだった。
――そして、約束の三日後の朝。
演習場に、心地よい金属の擦れ合う音を響かせながら、ドレイクが姿を現した。
「待たせたな。できたぜ」
ドレイクがテーブルの上にドンッと置いたのは、二つの全く新しい武装だった。
一つは、彩斗美のための、五頭竜の最も頑強でしなやかな椎骨を芯材として連結させ、最高強度の金属で補強した『蛇腹剣』。
通常時は美しい一本の直剣でありながら、彩斗美が魔力を流すと、刀身が魔獣の靱帯や筋腱と超ハイテンワイヤーをより合わせた強靱な連結機構で繋がれた七つの刃へと分かれ、変幻自在の軌道を描く中距離の捕縛・斬撃武器へと変貌する。
もう一つは、ふゆのための、魔獣の甲殻材で樹脂のフレームを完全に置換し、仙気の圧縮効率を極限まで高めた『魔導シリンジガン・改』。
射程を長くしつつ、まだ未完成な身体のふゆでも扱いやすいギリギリの長さの銃身に整えられたそれは、見た目より遙かに軽く、堅牢性を追求した結果、装填と排莢がしやすいように中折れ型に改良されていた。
「……見事なものね。手首のわずかなスナップだけで、刃の先端まで完全に私の意志が通るわ。軽量なのにとんでもない切れ味と威力ね」
彩斗美が蛇腹剣を軽く振るうと、カシャン! と心地よい音を立てて刃が空中をしなり、演習場の標的を正確に切り裂いた。
「あたりめぇだ。今のあんたが出せる出力に完全調整してある。今後の回復具合で要調整だがな。まぁ、育てる武装ってとこだ」
ドレイクが片眉をあげながら指先で鼻を擦って自慢げに笑う。
「すごいよっ! おやっさん、これ、わたしの魔力をいくら流し込んでも、フレームが全然熱くならないよ! これなら何発でも仙薬弾を撃てるよー!」
ふゆも、新しく生まれ変わった自身の相棒を抱きしめて跳びはねている。
「ああ、興が乗って見た目が随分変わっちまったが、大丈夫か?」
「ぜんぜん気にしないよー! すっごくかっこよくなった!!」
「おう。さて、これで全員道具の準備は整ったな」
ふゆの笑顔に、ドレイクが満足げに顎を引くと、結羽も自身の漆黒の『牛角の乳切木』を力強く握りしめる。
そして二人の仲間と、最高の師匠を見渡した。
前衛である自分、中衛であり指揮官となる佐修院彩斗美、後衛として戦場を観測しつつ狙撃も担当するふゆ。
そして、すべてを背後から見守る師匠・ドレイク。
それぞれが、役回りを整えた陣容。
完全なる『よろず屋パーティー』が、ここに結成された。
野営の準備も含めた荷物を積載した、黒田が運転する大型SUVに全員が乗り込む。
目的地は箱根・芦ノ湖ダンジョン。
「さあ、箱根・芦ノ湖ダンジョンへ向かいましょう!」
結羽の澄んだ声に一行は一路猛毒の地獄へと、確かな足取りで出撃した。
◆◆◆
数時間後、一行は神奈川県の芦ノ湖ダンジョンへ到着し、ゲートへと向かった。
芦ノ湖ダンジョンの驚異度は「条件付き共生/監視」。
「溢れ出し」の兆候がないか、またダンジョン内に蔓延する火山性の毒ガスが周辺環境に深刻な悪影響を齎さないか、協会によって監視するための施設がゲート前に建設されていた。
よろず屋パーティーは、そのゲート前施設で協会職員に入場を止められてしまっていた。
「前山田結羽特級探索者、およびドレイクC級覚醒者は確認いたしました。ですが……前山田ふゆさんは『研修ライセンス』保持者ですよね? 芦ノ湖ダンジョンは推奨ランクB以上です。研修ライセンスでの入場は、規定により固く禁じられております」
冷徹な事務口調の職員。
ふゆはしゅんと肩を落とし、結羽もどうしたものかと困惑する。
そこに、漆黒のコートを羽織った彩斗美が、コツ、コツと音を立てて歩み出た。
「まだ、失効はしていないわよね?」
彩斗美が懐から出したのは、黄金色に輝くSSランク探索者のIDカードだった。
周囲の空気が一瞬で張り詰める。一線級の探索者たちが、思わず彩斗美の姿を見て息を呑んだ。
「さ、佐修院……彩斗美さん……!?」
「今からアタックする、このパーティーは、私が保護後見人として登録し、直接指揮を執るわ。SSランクの権限は、芦ノ湖ダンジョンの入場許可程度ならごり押しできるはずよ。……何か不服でも?」
かつての日本の頂点――SSランク探索者としての威圧感。
職員は冷や汗を流しながら「も、申し訳ありません! 至急手続きを行います!」と震え上がった。
かくして、新生『よろず屋パーティー』の箱根ダンジョン攻略が許可された。
◆◆◆
芦ノ湖ダンジョンの内部は、火山性の毒ガスが充満する、視界すら満足に確保できない地獄のような環境だった。
だが、ドレイクには関係ない。
「ふゆ、掴まってろ」
「えっ、あ、うん!」
ドレイクは、背中にリュックを背負ったままのふゆを、まるで荷物のように軽々と右肩へと担ぎ上げた。
「おやっさん、さすがにそれだとふゆが酔っちゃうんじゃないですか?」
「へっ、これくらいの揺れで酔うような軟弱な天才じゃあねえよ。なぁふゆ?」
「うん!」
「ふゆは俺が結界で守る。お前さん方も結界を張って、この程度の毒は対応しな」
ドレイクの言葉に、結羽が仙気を巡らせて毒に耐えられるよう身体強化を施す。
彩斗美も身体強化をしつつ、自らの空間収納袋から銀色に光るキューブを三つ取り出すと、魔力を込める。
キューブが彩斗美の周囲に浮遊して展開されると、結界が展開された。
「ほお、面白いもん持ってるんだな」
「ダンジョン産の魔導キューブよ。いくつか魔法もストックしてあるわ」
「ますます面白そうだ。今度詳しく見させてもらっていいか?」
「ええ、構わないわよ。さて、じゃあ進みましょうか」
ダンジョンに入って数分もしない内に大型犬ほどのサイズの蜘蛛型モンスターが群れをなして前方を阻む。
「彩斗美さん! 蜘蛛型8体! 奥に一回り大きい個体!」
「了解! 結羽! 蹴散らすわよ!」
ふゆの魔力視に応じて、彩斗美の鋭い指揮が飛ぶ。
「はいッ!」
結羽が乳切棒を右へ左へと振り回しながら、『面』の歩法で一気に大蜘蛛の群れを駆け抜ける。
その後ろから、彩斗美が蛇腹剣を鞭のように操り、まだ動いている蜘蛛を次々と切り裂く。
結羽に後ろから追いすがろうとする個体は、彩斗美の周囲に浮遊するキューブから放たれる魔法弾によって、結羽の背後で次々と爆散した。
「力負けしないよう鎖は使わない! 回り込んで脚を3本! 背後をとってからとどめを狙う!!」
「はい!!」
「お姉ちゃん! 牙だけじゃなく、爪にも毒反応! 浄化弾装填済みだよ!」
「うん!!」
指揮官の的確な指示と、天才オペレーターふゆによるリアルタイムの魔力視データ。
シミュレーターで短期間の演習をしただけとは思えないほどの練度で、新生よろず屋パーティーは、火山ガスの地獄を、まるで庭園の散歩のように攻略し始めていた。




