第40話 二刀の解体ショーと、スポンサーの闘魂
「シャァァァァッ!!」
右から二番目の首を鎖分銅と乳切木で地面に縫い留められ、完全にバランスを崩した五頭竜。
残る四つの首が、激痛と怒りに狂い、一斉に結羽めがけて巨大な牙を剥いて殺到する。
だが、その攻撃は、先ほどまでの死角を補い合う精密な連携とは程遠い、ただの力任せの乱撃に過ぎなかった。
結羽は両手に握った『骨の牛刀』に丹田から引き上げた仙気を流し込み、純白の刃を紅く赤熱させる。
そして、『面』の歩法で水浸しの岩場をスケートのように滑りながら、迫り来る巨大な牙を紙一重の体捌きで躱した。
『お姉ちゃん、一番左の頭が来る! 首の付け根、鱗の色が少し薄くなっている部分が頸動脈だよ!』
インカムから飛ぶ、ふゆの完璧なナビゲート。
「了解ッ!」
結羽は滑る勢いを一切殺さず、むしろ加速させながら一番左の首の下へと潜り込んだ。
そして、赤熱する双刃を逆手に構え、ふゆの指定した鱗の薄い部分めがけて、下から上へと交差するように切り裂いた。
ズパァァァァァンッ!!
骨の牛刀が、鋼のように分厚い皮膚と筋肉を、まるで濡れた紙でも切るかのように容易く両断する。
赤熱した刃が切断面を瞬時に焼き焦がし、血飛沫を一滴も溢れさせることなく、一番左の巨大な首がドスンドスンと地響きを立てて岩場に転がり落ちた。
「ギャァァァァァァッ!!!」
凄まじい激痛に、残りの首が耳をつんざくような悲鳴を上げる。
『次は真ん中! 口の奥で猛毒のブレスを圧縮してる! 喉の膨らんだ部分の少し上、毒腺の袋を絶対に避けて、斜めに斬り裂いて!』
「任せて!」
結羽は『点』の歩法で岩場を強烈に噛んでブレーキをかけ、瞬時に方向転換。
致死の毒を吐き出そうと鎌首をもたげた中央の首めがけて跳躍し、空中で身体を捻りながら、右手の牛刀を一閃させた。
シュガァッ! という不快な音と共に、猛毒が詰まった毒腺を綺麗に避けた完璧な切断線が走り、二つ目の首が宙を舞う。
「カッカッカ! 見事な包丁さばきだぜ結羽! いいぞ、一番右の首が脂が乗ってて美味そうだ! 肉を潰さねえように、関節の隙間を丁寧に落とせよ!」
安全な後方の岩場から隠形を解いたドレイクが、まるで料理番組のガヤのように愉快な声援を飛ばしてくる。
「もう! おやっさん! 変なプレッシャーかけないでくださいよ!」
結羽は苦笑しながらも、その声援に背中を押されるように、残る首を次々と解体していく。
一番脂が乗っているという右一番目の首を流麗な太刀筋で斬り落とし、残るは乳切木で地面に縫い留められていた右二番目の首のみ。
結羽は着地と同時に『面』の歩法で一気に距離を詰め、藻掻き苦しむ最後の首の喉元に、双刃を深々と、交差させるように突き立てた。
ビクンッ、とトラック数台分はあろうかという巨大な胴体が大きく跳ねた後。
五頭竜は完全に沈黙し、光の粒子となることなく、生々しい巨体を地下湖の畔に横たえた。
「……ふぅ。終わりました」
結羽は牛刀についたわずかな脂を仙気で弾き飛ばし、肩で大きく息を吐き出した。
『お姉ちゃん、お疲れ様! 完璧な解体ショーだったよ!』
「ありがとう、ふゆ。ふゆのナビがなかったら、こんなに綺麗に捌けなかったよ」
インカム越しに姉妹で勝利を喜び合う。
「おう、上出来だ結羽。これなら彩斗美嬢ちゃんの回復も一気に進むだろうぜ。……さあ、新鮮なうちに、さっそく極上の海の幸をいただくとするか!」
ドレイクは空間収納袋から魔導コンロとフライパンを取り出し、ウキウキと準備を始めた。
「おやっさん、どんな感じで切り出しますか?」
「そこそこでかく切り出していいぞ。今日は金網もフライパンも持ってきているからな。醤油を軽くふってステーキ、それと甘辛ダレに絡めて焼肉といこうじゃねえか」
結羽は、五頭竜の肉だけでなく、蛸や海蛇型の魔獣、道中で飛びかかってきた魚型や壺貝型の魔獣なども捌き、浄化の仙術を流していく。
ドレイクがそれらをチェックし、中でも結羽が綺麗に切り落とした五頭竜の最も脂の乗った首肉ブロックを豪快に分厚く切り分ける。
「ふん、強烈な毒腺持ちだけあって、まだ少し毒気が残っていやがるな……。結羽、俺たちが喰らうには今のお前さんの浄化でも問題ないが、彩斗美嬢ちゃんに喰わすには、もう一歩が必要だ。かといって旨味やら脂やらまで無くしちゃ味気ねえ。ちょいとばっかりコツが必要だ。よく見とけ」
「はい!」
そんな会話をしながら、さらに浄化の仙術で残った微細な毒素を完全に消去する。
その日の夕飯は、ダンジョン最深部での豪華な浜焼きとなった。
網とフライパンの上で、ジュージューと音を立てて焼き上がる魔獣肉。
洞窟内に、醤油の焦げる香ばしい匂いと、パンチの効いた甘辛ダレの匂い、そして新鮮な白身魚のような芳醇な旨味の香りが充満する。
「熱っ、はふっ……! 美味しい! お肉なのに、お魚みたいにホロホロ崩れて、脂がすっごく甘いです!」
「カッカッカ! 多頭の魔獣ってのは、それぞれの首が独立して動く分、筋肉の繊維が細かくて極上の食感になるってこった。こいつはヒュドラ攻略に向けた、最高の基礎耐性作りになるぜ」
激闘を終えた結羽の疲労は、同位同食という極上のダンジョン飯によって細胞レベルから癒やされ、さらなる最適化へと彼女の肉体を導いていくのだった。
◆◆◆
翌日。
千葉県野田市にある、佐修院家の本邸。
その最奥の特別個室のベッドの上に座る佐修院彩斗美の表情は、数日前にさいたまのすっぽんスープを飲んだ時とは比べ物にならないほど、血色良く輝いていた。
顔を覆っていた忌まわしい酸素マスクは完全に外され、自らの肺で、深く力強く呼吸をしている。
彼女の膝の上には、空になった小鉢が置かれていた。先ほど結羽たちが持ち帰った『五頭竜の極上ステーキ・薬膳ソース添え』を、たった今完食したところだった。
「……信じられないわ。たった一晩で、これほど魔力回路が修復されるなんて」
彩斗美は、自身の両手を握ったり開いたりしながら、震える声で呟いた。
黒髪を侵食していた虎柄の変色はまだ完全には消えていないものの、以前のような死の冷気は微塵も感じられない。
「五頭竜の血肉には、ヒュドラと同じ多頭蛇特有の強烈な再生力と生命力が宿っているからな。そいつを浄化し、俺の仙術で効能を極限まで濃縮したんだ、効かねえわけがねえ」
壁に寄りかかっていたドレイクが、自慢げに鼻を鳴らした。
「本当に、ありがとうございます。ドレイク殿、結羽さん。……これなら、リハビリを重ねれば、ダンジョンの濃い魔素の中であれば、全盛期に近い力で動けるかもしれません。まだ、地上で普通の生活を送るには少し時間がかかりそうですが」
「おう、今はそれで十分だろ」
ドレイクは腕を組み、彩斗美を真っ直ぐに見据えて、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
「……だが、てめぇの仇は、てめぇで討ちたかねえか?」
その挑発的な言葉に、彩斗美の肩がビクッと跳ねた。
「俺たちの次の標的は、箱根・芦ノ湖ダンジョンの『九頭竜』だ。あそこは火山ガスと硫黄の猛毒が充満する地獄の環境。いくら結羽が強くても、前衛一人だけじゃ、ちぃとばっか手数が足りねえ」
ドレイクは一歩前に出て、かつて日本の頂点に立った女傑を見下ろした。
「俺は保護者だ。あんまりでしゃばりすぎると、結羽の修行にならねえからな。……元SSランクのコマンダー殿、俺たちのパーティーに、あんたのその優秀な頭脳と指揮能力を貸しちゃくれねえか?」
彩斗美は、自らの髪に触れた。
まだ完全には消えていない虎柄の呪い。
それは、彼女を絶望の淵に突き落としたヒュドラの恐怖の刻印だ。
だが、結羽たちの規格外の力と、ドレイクの飯によって命を繋ぎ止められた今、彼女の瞳の奥には、恐怖を塗り潰すほどの強烈な炎が宿っていた。
「……ええ。喜んで、力を貸すわ。私をこんな姿にした元凶を、この手で引き裂くために」
彩斗美が力強く頷く。その瞬間、病室の空気がピリッと張り詰めた。それは間違いなく、かつてトップギルドを率いた強者の覇気だった。
「わぁっ! 彩斗美先輩と一緒に戦えるなんて、すっごく心強いです!」
結羽が嬉しそうに笑顔を弾けさせる。
前衛・前山田結羽。
後衛オペレーター・ふゆ。
中衛指揮・佐修院彩斗美。
そして、規格外の保護者・ドレイク。
それぞれの理不尽と戦う者たちが集い、ついに『よろず屋パーティー』の完全な陣容が整った。
彼らの次なる決戦の地は、猛毒の火山ガスが渦巻く地獄の迷宮、箱根・芦ノ湖ダンジョン。
最強のバディは、最強の仲間を得て、さらなる深淵へと足を踏み入れようとしていた。




