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第203話 逆・血の代理計画と、シミュレーション特訓(後編)

「でも……その前に、特訓をしなきゃ。……彩斗美さん、お姉ちゃんに食べさせるお肉は、絶対に傷つけちゃダメなんだ」


「ええ、そうね。同位同食の食材は、不純な魔素や毒素が混じらないよう、最も清浄で、最も美しい状態で結羽さんに届けなければならないわ。……それが、何か問題に?」


「わたしのいつもの『融解デバフ弾』や『火の弾』は、魔獣の肉を溶かしたり、焦がしたりして、食用に適さなくなっちゃうの。……だから、今回は肉質と鮮度を完璧に保ったまま、脳の核だけを一撃で撃ち抜く、全く新しい『物理弾』を使わなきゃいけないんだ」


 鋭い金属製の、細い刺突弾。


 魔獣の分厚い皮や鱗を無視し、ピンポイントで脳幹や魔石の核などを撃ち抜いて、一瞬にして即死させる、超精密な物理スナイプ。


 それには、ミリ単位の狂いも許されない、尋常ではないエイム(照準)と、敵の防御の『継ぎ目』を視抜く圧倒的な観察力が必要だった。


「なるほどね。……それなら、さっそく特訓をはじめましょう。地下のシミュレータールームを開けなさい、黒田。ふゆちゃん、連携を高めていきましょう」


「はっ。ただちに稼働させます」



◆◆◆



 佐修院本邸の地下、何重もの魔力吸収障壁と、最新鋭の投影システムが完備された巨大な『私設シミュレータールーム』。


 明るい水銀灯の光が降り注ぐ中、ふゆは、自身の小さな体躯に不釣り合いな重さの魔導シリンジガン改を両手でしっかりと構え、重心を深く落としていた。


 おでこのUIゴーグルの奥で、彼女の『魔力視』の淡い光が、知的に、鋭く瞬く。


『ターゲット、現出します。……水の属性を宿した、江の島中層の魔獣『アクア・リザード』のシミュレーションデータですぞ、ふゆ殿。……まずは一体、その動きを完全に予測する訓練から始めましょう』


 ふゆのスマートフォンから、黄龍の冷静な戦況アナウンスが響いた。


 次の瞬間、ふゆの目の前の空間に、バキバキと青白いノイズが走り、体長二メートルを超える、青い鱗に覆われた逆立ちした蜥蜴人のホログラムが実体を持って現れた。


 シャーッ! と、空気を裂くような威嚇音を上げ、鋭い爪を光らせて突進してくる。


「ふゆちゃん、まずは敵の動きを止めるわよ! ……阿羅漢、展開ッ!」


 ふゆの数歩前に立っていた彩斗美が、優雅に、けれど電撃のような速さで指を弾いた。


 彼女の周囲に浮遊していた銀色の16個の魔導キューブの内5個が、鋭く射出され、突進してきた蜥蜴人の頭上、前後の左右へとピラミッドの様に配置される。


 キィィィンッ! という、空気を切り裂くような金属音。


 キューブから放たれた強力な斥力障壁が、三角形の光の檻となって蜥蜴人の巨体を包み込み、その場に完全な石像の如くガチリと固定した。


 中衛コマンダーとしての、非の打ち所がない『絶対拘束』。


「射線は通したわ! ふゆ! 撃ち抜きなさい!」


「はいッ! ……魔力視(スコープ)同調(リンク)!」


 ふゆの視界。


 UIゴーグル越しに、拘束されたリザードの全身の『魔術回路』と『経絡』が、青黒い光の筋となって立体的に視透かされた。


 首の付け根、鱗と鱗のわずかな隙間、魔力が集束する小さな『核』。


 そこだけが、ふゆの眼には、ピンポイントでまばゆい赤色に発光して見えていた。


 しかし、いざ物理弾を装填し、トリガーに指をかけると、シリンジガンの重量が、彼女の細い腕へと容赦なくのしかかる。


 ただでさえ十歳の少女には重すぎる銃身。


 これまでは放たれたシリンジ弾から液体を散布する「ある程度」の精度であったものが、ミリ単位の精度を求められる。


 さらに、物理弾を真っ直ぐに飛ばすための、仙気の強烈な圧縮と、その反動。


 ズドンッ!


 乾いた発射音と共に、シリンジガンから物理弾が放たれたが、銃身のブレによって、弾丸は蜥蜴人の肩の厚い鱗に弾かれ、火花を散らして消え去った。


「あ……っ。外れちゃった」


『ふゆ殿。物理の弾丸は、これまでのシリンジ弾とは異なり、重力による放物線、そして銃自体の『反動』という物理法則を完全に計算に入れなければなりません。ふゆ殿の細い腕では、発射の瞬間に銃口が跳ね上がってしまう。……そのブレを、自らの『気』の循環で地面へと逃がす必要があります。『衝撃吸収の理』……それを、シリンジガンを構える姿勢に応用するのですよ』


 黄龍の的確な技術指導。


 ふゆは、自身のスマートフォンの画面に表示される、銃身のブレの軌道グラフをじっと見つめ、深く息を吐き出した。


 ただの計算ではない。


 結羽が毎日、早朝から泥にまみれてドレイクと向き合い、ボロボロになりながら掴み取ってきた、あの『肉体の理合い』。


 それを、今度は自分が、この小さな身体で、銃を通じて体現するのだ。


「うん! お姉ちゃんが耐えたんだもん。妹のわたしにだって、できないはずがないよ! 絶対にやってみせる!」


 ふゆは、再びシリンジガンを構え直し、自らの丹田に仙気を集めた。


 足の裏から、お腹、それから両腕へと、清涼な気の循環を巡らせ、銃と身体を一つの『大地』のようにガッチリと固定する。


「黄龍先生、もう一回! ターゲット、出して! 彩斗美さんお願いします!」


『了解。第二ウェーブ、起動します』


 再び現れたリザードのホログラム。


 彩斗美の完璧なキューブ拘束の隙間を縫って、ふゆは、自身の呼吸と心音を極限まで整え、トリガーを静かに、けれど力強く引き絞った。


 パシュッ!


 キィンッ!


 放たれた物理弾は、今度はリザードの首元の鱗の隙間を完璧にすり抜け、内側の脳幹と魔力核を正確に貫通した。


 ホログラムが音もなく崩れ落ち、光の粒子となって空間へと溶けていく。


「……できた! 当たったよ、彩斗美さん!」


「ええ、素晴らしいわ、ふゆちゃん! まさか、これほど早く、物理の反動を気の循環で逃がす技術をモノにしてしまうなんてね」


 彩斗美が、手元に戻ってきたキューブを明滅させながら、心からの称賛を贈った。


『実に見事な精度です、ふゆ殿。ですが、江の島の実戦においては、魔獣はこれほど大人しくはありません。潮水による屈折、不規則な三次元的立体機動、そして何より、複数での包囲網があなた方を襲うでしょう。……さあ、息を抜いている暇はありませんよ。次のウェーブ、起動します』


「うん! お姉ちゃんを救うためだもん、これくらいぜんぜんへっちゃらだよ! わたしはよろず屋の『ふゆ一等兵』だもんね!」


 ふゆは、額から流れる汗を小さく拭うと、再び真剣な表情でシリンジガンを構え直した。


 かつて病室のベッドの上で、ただお姉ちゃんに守られるだけだった、か弱い妹はもういない。


 お姉ちゃんを自らの手で救い、よろず屋パーティーの頼もしい一員として共に歩むため。


 天才オペレーターの修行が、深夜の地下演習場で、熱く、静かに、そして泥臭く繰り返されるのだった。

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