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第194話 システム修理完了と、よろず屋の引き際(前編)

 新宿ダンジョンの最深部、地球の位相とアストライアの位相が極限まで重なり合う、青白い結晶に彩られた超深淵。


 摩天楼の巨兵がコンクリートの塵となって崩れ落ち、静寂が戻ったドーム空間の中心で、ふゆはタワー型のメインコンソールに向き直っていた。


「ふぅ……」


 ふゆは小さく深呼吸をすると、ゴーグル越しに見上げるほど巨大なその端末のコンソールパネルへと、自らの小さな手を添えた。


「黄龍先生、アンカーデータの同期、開始していくよ!」


『了解しました、ふゆ殿。本体の処理能力をフル稼働させ、並列演算にてサポートいたします』


 スマートフォンのスピーカーから黄龍の風雅にして頼もしい合成音声が響く。


 ふゆはスマートフォンをコンソールの接続ポートへと深く、カチリと音を立てて差し込んだ。


 その瞬間、彼女が装着しているUIゴーグルには、両親から託されたアストライアの『アンカーデータ(制御コード)』の膨大な数式が、滝のような速度でスクロールし始める。


 それは一国の国家機密すら軽く凌駕する、星の地脈そのものを書き換える神々しいまでの情報量だった。


 両親――明と信彦が、異世界(アストライア)で、どのような手段でこれほどの制御コードを組み上げたのかはわからないが、少なくとも、ふゆがその膨大な知識と天才性をもってしても思いつかないような、精密で美しいコードだった。


 普通のデバイスなら数秒で焼き切れる熱量と情報量だが、黄龍という最強のインテリジェンス・アーティファクトと、ふゆの天才的な処理能力がそれを完璧に御していく。


『データリンク、完全に確立いたしました。これより、新宿ダンジョンの魔力脈(レイライン)に蓄積された過剰エネルギーの、安全な強制放熱および自動調整プロセスを起動します。……ふゆ殿、実行キーを』


「いっけえぇぇぇッ!!」


 ふゆが、空中に展開されたホログラム画面の青白い実行エンターキーを、祈りを込めて力強くタップした。


 ――ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォンッ!!!


 直後、超深淵の空間全体が、まるで巨大な生き物が大きく深呼吸をしたかのように、深く、重く振動した。


 コンソールのモニターから放たれたまばゆい黄金の光波が、波紋のようにドーム全体の結晶壁へと広がっていく。


 アストライア側からの過負荷によって不規則に明滅し、目に見えない空間を歪ませていた『次元の亀裂』。


 それが黄金の光に包み込まれた瞬間、強烈なジャミングノイズが嘘のように霧散し、スゥッと静かで清らかな深青色の安定した魔力光へと反転・定着していった。


 新宿ダンジョン全体の地脈を狂わせていた、アストライアからの質量転送エラーによる『砂時計のくびれ』のオーバーフロー。


 その世界を滅ぼしかねない最悪のバグが、幼き天才オペレーターと両親の残した制御コードによって完全に書き換えられ、安全な『勝手口』としての調和状態へと、物理的、魔術的に修理された瞬間だった。


「よしよし。これで位相は完全に安定した。……ただ、まだやることがあるな」


 ドレイクが、短くなったタバコを、腰の携帯灰皿へ落としながら言った。


「彩斗美嬢ちゃん、ここのマスター権限は上の連中にくれてやる。……その決定は、今更ひっくり返さねえな?」


「ええ、そのつもりよ。あんな巨大なダンジョンの面倒な管理権や防衛の義務なんて、私たち『よろず屋』が抱えていたら、身軽に動けなくなってしまうもの。佐修院家の管轄である野田ダンジョンのマスター権限だけで手一杯よ」


 彩斗美が、16個の銀色の魔導キューブを自律防衛の軌道で周囲に浮遊させながら、不敵に微笑む。


「カッカッカ! 違いねえ。だがな、上の連中は素晴らしい戦士だが、それでも政治や欲に巻き込まれる可能性がないわけじゃねえ。……この位相が安定したってことは、地上の馬鹿どもが、冒険心からじゃなく『誰かの悪意や命令』を受けて、このゲートのさらに向こう側へ足を踏み入れようとする可能性もゼロじゃねえ。……アストライアからの逆もまた然りだ」


 ドレイクの黄金の龍眼が、鋭く細められた。


「そういうわけだからな、ここのコンソールから最上位権限で、俺直々に制限をかけさせてもらうぜ。黄龍、"東原(とうげん)光明(こうみょう)"の名で、システムの位相干渉部分に強固なロックをかけろ」


『了解しました、師父。……システムの最深部コアへ、神代火龍の権限暗号を焼き付けました。これで我々の許可なく、こちらの世界とアストライアの間に強引な干渉を仕掛けることは物理的・魔術的に不可能となります』


「よし。……それじゃあ、あいつらからの『仕送りコンテナ』は、すべて野田ダンジョンの封印エリアへ、一気に転送して隔離しちまうぞ」


 ドレイクは真新しいタバコをくわえ直すと、三つのコンテナを囲む形で、空間座標を指定する転移の仙術の魔法陣を虚空に素早く描き出していく。


 宛先はドレイク自身がダンジョンマスターとして登録されている、野田ダンジョンの深淵。


 かつて古代アストライア文明の兵器が不法投棄されていたそこを『大掃除』した際に、ドレイクが誰の目にも触れないよう幾重にも強力な封印を施した、絶対の安全地帯だった。


 ドーム空間に整然と並べられた、純白の魔法金属コンテナ群。


 アストライアの最高峰の技術が詰まった「魔珠システム」や「装着者の素質に因らず、魔力さえあれば魔法を行使できる装飾品や装備類」、「大容量マジックバッグ」、そして何より大切な「異世界(アストライア)に転移させられた人々からのビデオレター」。


 それらを収めた、地球の魔導技術の常識や、ダンジョンという事象の根幹すらひっくり返しかねないオーパーツの山が、青白い転送光に包まれていく。


 シュゥゥゥンッ!


 空間と空間が強引に擦り合わされる摩擦音とともに、すべての仕送り物資は、他ギルドや協会、ダンジョン利権に群がる政治絡みの団体などに一ミリたりとも触れさせることなく、よろず屋専用の『特級金庫』へと、一瞬にして安全に退避・隔離された。


「これでお宝の回収も、お掃除の事後処理も完璧ね。……さあ、上の連中を待たせすぎても事だわ。本隊が待つ広場へ戻りましょう」


 彩斗美の凛とした言葉に、結羽が黄金の仙気をスッと収め、如意黒閃を背中に担ぎ直した。


 新生よろず屋パーティーの四人は、世界のバグを完璧に修理し、最高の報酬を懐に収めて、防衛線を死守していた堂島たちが待つ中層広場へと向けて引き返し始めた。

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