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第193話 涙の邂逅と、託されたアンカーデータ(後編)

 母から聞かされていた、若くしてリング禍で散ったという祖父の面影。


 目の前の男はそれよりもずっと年を重ねているはずなのに、なぜか自身の魂の奥底にある『加護』が、激しく、そして温かく共鳴している。


「お母さん、びっくりしないでね! 実はおやっさん、並行世界の『ひいおじいちゃん』なんだよ! 別の世界で火龍に転生して、わたしたちのところに召喚されてきてくれたの!」


 ふゆが、身振り手振りを交えながら誇らしげに言い放つ。


『並行世界の、おじいちゃんが……火龍、ドレイクさん……!?』


 明は驚愕に目を見開いた。


 だが、次の瞬間、すべてが腑に落ちたようにポロポロと新たな涙をこぼし、深く納得したように笑った。


 アストライアで自分を導き、絶対的な力で守ってくれていた『火龍の極大加護』。


 それがただの偶然などではなく、並行世界を超えて自分たちを愛してくれた、祖父の不屈の(ルーツ)そのものだったのだと。


「細かい事情は後だ。……それにしても、何が『火龍の極大加護を持つ聖女』だ。娘っこ達の心配をよそに、向こうの世界で『マエヤマダHD』なんて大層な商会作って大無双してやがるとはな。誰に似てそんながめつい商売を始めやがったんだかな」


 ドレイクは、ぶっきらぼうにそう言いながらも、その黄金の龍眼を優しく細め、嬉しそうにタバコを吹かした。


『あはは……なんと御礼を言ったものやらわからないわね。でも、その世界と位相を跨いだ『火龍の加護』と『東原の光明』としての絶対的なネームバリューのおかげで、言葉も通じない異世界に飛ばされても、国賓級のVIP待遇を受けられたのよ? 商売を広げるのにも、これ以上ないバックボーンになってくれたわ……。私たちを、結羽とふゆを護ってくれてありがとう……「おじいちゃん」』


 そう言って明が、涙を拭って悪戯っぽく微笑んだ。


 かつてアストライアの光華王朝において『神』と同義として崇められた火龍――ドレイクの加護。


 それを強く受け継いで転移した明たちが、向こうの世界でどれほど強固な立場を築いているのかが、その笑顔からありありと伝わってきた。


『……ですが、結羽、ふゆ。本当にすまないことをした』


 隣に立つ信彦が、一転して真剣な、そして申し訳なさそうな表情で頭を下げた。


『今回、お前たちに少しでも多くの特級物資や、アストライアの最新の技術を送り込もうとして、このコンテナの転移術に強引なオーバードライブをかけてしまったんだ。……その位相の過負荷が原因で、新宿ダンジョンにこれほど大規模なスタンピードを引き起こすことになってしまうなんて。私たちの焦りが、お前たちを危険な戦場に巻き込んでしまった』


「ううん、お父さん! 謝らないで! お掃除なら、おやっさんや彩斗美先輩と一緒に、全部きれいにやっつけちゃったから全然大丈夫だよ!」


 結羽が、如意黒閃を担ぎ直して頼もしく胸を張った。


「ええ。新宿ダンジョンの魔素異常は、ふゆちゃんの優れた調整とハッキングによって、完全に沈静化されました。……それに、お二人が送ってくださったこのコンテナの物資は、これからの私たちの戦いにおいて、これ以上ない強力な『兵站』になりますわ。無駄なことなんて、何一つありません」


 彩斗美が、優雅に微笑みながら信彦の言葉を肯定した。


『佐修院さん……本当にありがとうございます。……信彦、急いでデータを。この位相鏡の同調、もう限界が近いわ』


 明の言葉に、信彦がハッとしてメインコンソールのキーボードを叩き始めた。


『そうだね。……ふゆ、結羽。今、そちらのコンソールに、ある重要なデータを送信した。新宿のオーバーフローを完全に鎮め、砂時計のくびれを二つの位相を繋ぐ『安全な勝手口』として永続的に安定させるための、アンカーデータ(制御コード)だ』


 コンソールのモニターに、幾何学的な光華文字と、地球のプログラムが複雑にリンクした膨大な数式データがスクロールしていく。


『それを受け取って、そちらのメインサーバーに打ち込みなさい。これを規模の大きなダンジョンの最下層で入力していけば、地脈の暴走は根本から鎮圧され、二度と新宿のようなスタンピードは起きなくなる。……そして、いつか必ず、このくびれを『本物の扉』として繋ぎ合わせ、お前たちの元に戻る。……だから、絶対に諦めないでくれ』


「――アンカーデータ……! 確かに受け取ったよ、お父さん!」


 ふゆが、スマートフォンの画面に流れるデータを力強くセーブし、UIゴーグルを輝かせた。


『……そろそろ、窓が閉じるわ。結羽、ふゆ、愛してるわ。どんなに世界が離れていても、私たちはいつも、あなたたちの側にいるわ。絶対に、再会しましょう!』


 明のその言葉を最後に、次元の窓を形成していた黄金の光の柱が、静かに、ゆっくりと収縮を始めた。


「お母さん! お父さん! わたしも、ふゆも、お父さんたちのこと大好きだよ! 絶対に、絶対に迎えにいくからね!」


 結羽は、消えゆく光の向こう側のご両親に向かって、全力で手を振り続けた。


 ふゆもまた、涙を拭って、「行ってらっしゃい!」と元気に声を張り上げた。


 キィィィィィン……カチャリ。


 優しい電子の音と共に、空間を繋いでいた次元の窓が完全に消え去り、超深淵には再び、穏やかで澄み切った青白い結晶の輝きだけが戻ってきた。


「……生きてた。お父さんたち、本当に、向こうで頑張ってたよ、お姉ちゃん」


 ふゆが、結羽の腰に抱きつき、今度は嬉し涙をボロボロとこぼした。


「うん……! 生きてたよ、ふゆ。絶対、絶対に会いに行こうね!」


 結羽もふゆを強く抱きしめ、二人の姉妹は、積年の空白と不安が完全に救済された喜びを、その小さな身体でしっかりと噛み締めていた。


「カッカッカ! 大した仕送りじゃねえか、あいつら。……さて、と。お宝の回収と、お掃除の仕上げにいくとするか」


 ドレイクは不敵にニヤリと笑うと、タバコの紫煙をくゆらせながら、コンソールに残されたアンカーデータを指差した。


「ふゆ、黄龍。そのアンカーデータを打ち込んで、新宿の地脈を完全に修理しちまいな。そんで、両親からのコンテナは、すべて野田ダンジョンの封印エリアへと一気に転送・隔離するぞ。……あいつらの想いが詰まったお宝だ、権力争いや政治の道具にするようなバカどもに一ミリたりとも触れさせるわけにゃいかねえからな」


「はいッ! 任せて、おやっさん!」


 ふゆが力強く頷き、アストライアのメインコンソールへと向き直る。


 新宿ダンジョンの超深淵――ダンジョンと異世界(アストライア)の位相の重なりあう特異点にて。


 よろず屋ファミリーの確かな絆と、次元を超えた家族の愛が、これ以上ない完璧な形で結実した、奇跡の瞬間であった。

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