第192話 涙の邂逅と、託されたアンカーデータ(前編)
ズゥゥゥン……。
都庁擬態ゴーレムがコンクリートの塵となって崩れ落ち、超深淵の青白い結晶床へと完全に沈み込んでいく。
空間を歪めていたあの禍々しい重力異常は嘘のように霧散し、ドーム状の巨大な地下空間には、どこまでも澄み切った、神聖なまでの静寂が戻っていた。
「……ふぅ。おやっさん、今度こそ、お掃除完了です!」
結羽は如意黒閃をスッと肩に担ぎ直し、塵の霧がゆっくりと晴れゆく空間の中で、最高の笑顔を浮かべた。
「ああ。見事な立ち回りだったぜ、結羽。重力のスイッチングも、寸分の狂いもなく完全にモノにしやがったな」
ドレイクは満足げに肩を揺らし、ジャージの首に巻いたタオルで額の汗を乱暴に拭いながら、愛弟子の成長を心から誇らしげに見つめていた。
「本当に。まさか、あの超巨大なゴーレムを、物理の質量攻撃だけでこれほど完璧に解体してしまうなんてね。……結羽さん、あなたという戦士は、本当に底が知れないわ」
彩斗美が16個の魔導キューブ『阿羅漢』を手元へと優雅に収束させながら、感嘆の息を漏らした。
「えへへ、彩斗美先輩の完璧なロックと、ふゆの弱点解析があったからこそですよ!」
「ううん、お姉ちゃんの如意黒閃のフルスイングが凄すぎたんだよ! あんな大きなビルの塊を、一瞬でダルマ落としにしちゃうなんて、わたしの方がびっくりしちゃった!」
ふゆが魔導シリンジガン・改を胸に抱えながら、嬉しそうに結羽の元へと駆け寄ってきた。
激闘を終え、互いの健闘を称え合う三人の姿。
だが、その穏やかな日常の空気を震わせるように、彼女たちの目の前に鎮座する、あの純白のコンテナ群の中央が、突如として眩い黄金の光を放ち始めた。
キィィィィィン……。
鼓膜の奥へと染み渡るような、高周波の美しい共鳴音。
それと同時に、コンテナの中心に設置されたアストライアのメインコンソールの真上の空間が、まるで熱せられたガラスのようにぐにゃりと波打ち始めた。
「おやっさん、コンソールが……!」
結羽がすかさず如意黒閃を構え直すが、ドレイクはそれを大きな手で制し、鋭い黄金の龍眼を細めた。
「慌てるんじゃねえ、結羽。……こいつは敵の罠じゃねえ。あっちの世界とこっちの世界の位相が限界まで重なり合ったことで開く、次元の窓だ」
『師父の仰る通りです。……超深淵の膨大な魔素のバランスが安定したことで、二つの世界の砂時計のくびれが、一時的に完全な点対称の同調状態に入りました。……データリンク、確立。ホログラム映像を結像します!』
ふゆのスマートフォンから、黄龍の切迫した、けれどどこか歓喜に満ちた音声が響き渡った。
次の瞬間、うねるような黄金の魔力光が一本の光の柱となって立ち上り、コンソールの真上に、まるで鏡のような「次元の窓(位相鏡)」を現出させた。
その光の窓の向こう側から、ざーっとした砂嵐のノイズが晴れゆくようにして、二人の人物の姿が実体を持って結像していく。
『――結羽……! ふゆ……ッ!』
静かな地下空間に、響き渡ったその声。
それは、三年間ずっと夢にまで見続けてきた、これ以上なく聞き慣れた、大好きな母親の声だった。
「お母さん……! お父さん……ッ!」
結羽は、如意黒閃を持ったまま、吸い寄せられるようにしてその次元の窓の前へと駆け寄った。
ふゆも、魔導シリンジガンを床に置き、小さな手を伸ばして必死に画面の前へと走り寄る。
モニターの向こう側に映し出されていたのは、豪奢な異世界の執務室のような場所で、涙をいっぱいに溜めてこちらを見つめている、母の明。
そしてその隣で、目元を真っ赤にしながら、けれど最高に優しく微笑んでいる、現場監督らしいがっしりとした体格の父、信彦の姿だった。
「本当にお父さんたち、生きてる……っ! お母さん! お父さん!」
ふゆは、次元の窓の光の境界線に向けて、小さな両手を必死に伸ばした。
結羽もまた、震える指先をそっと、その光の膜へと重ね合わせる。
ホログラムを通じた通信のため、物理的に肌の温もりを感じることはできない。
けれど、境界線に重なり合った互いの手のひらからは、三年間ずっと途切れることなく彼女たちの心を支え続けていた、あの温かい家族の「縁」が、確かに伝わってくるようだった。
『本当に、無事だったのね……っ。三年間、二人だけで……どんなに寂しくて、辛い思いをさせてしまったか……。……よく頑張ったわね、結羽、ふゆ。あなたたちは、私たちの一番の誇りよ』
明は、両手で顔を覆い、溢れ出る涙を拭いながら、娘たちを慈しむように見つめた。
『結羽、ふゆ、よく頑張ったね。お父さんたちも、そちらに戻る道をずっと探していたんだ。まさかこんな形でお前たちと話せる日が来るなんて、夢にも思わなかった』
信彦もまた、声を詰まらせながら、娘たちの成長した姿をその目に焼き付けるように見つめていた。
「うん、お父さん、お母さん! わたし、全然平気だったよ! おやっさんが、毎日美味しいちゃんこ鍋を作ってくれて、お勉強もたくさん教えてくれたから、こんなに元気になったんだよ!」
ふゆが、涙を流しながらも、ひまわりのように笑って、ドレイクのジャージの袖を引いた。
『……ドレイクさん。それに、佐修院さん。娘たちを……娘たちをここまで守ってくださって、本当に、本当にありがとうございます……っ』
明が、次元の窓の向こう側から、ドレイクと彩斗美に向けて深く、深々と頭を下げた。
「カッカッカ! 頭を上げな、明。てめえの置いていったかわいいひ孫たちだ、面倒を見るのはじいちゃんとして当たり前の仕事だぜ」
『え……? ひ孫……? じいちゃん……?』
明は涙に濡れた目を瞬かせ、モニター越しの巨漢をまじまじと見つめた。




