第191話 摩天楼の巨兵と、超重力の一撃
ドガァァァァァンッ!!!
アストライアの大戦期に不法投棄され、新宿の超深淵にまで侵入してきた結羽たちを略奪者と見なして自動起動した、スヴァトゴーラ王朝の『自律戦車型兵器』。
その十メートルを超える巨体が、結羽の如意黒閃・槍アタッチメントによる一撃で、内側からの爆発と激しい火花を撒き散らしながら完全に沈黙した。
「……ふぅ。おやっさん、倒しました!」
結羽は如意黒閃の先端から『槍の穂先』のアタッチメントを外して元の鈍い銀光を放つ棍棒状態へと戻しながら、満面の笑みで振り返った。
「カッカッカ! 見事だ、結羽。無機物である機械装甲の隙間に、一滴の淀みもなく『理』を通しやがったな。あの正面装甲を真っ向から突き破るなんざ、大した包丁さばきだぜ」
ドレイクはジャージのポケットからタバコを一本取り出し咥えると、愛弟子の頭を大きな手でガシガシと優しく撫で回した。
だが、その勝利の余韻を噛み締める時間は、あまりにも短すぎた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォンッ!!!
突如として、超深淵の青白い結晶ドーム全体が、先ほどの戦車戦の比ではない凄まじい地鳴りと共に、激しく振動し始めた。
「え……!? な、何ですか、この揺れ!? おやっさん、まだ何か来るの!?」
結羽がすかさず如意黒閃を構え直し、周囲の結晶壁を鋭い瞳で警戒する。
『――警告。師父、結羽殿、ふゆ殿、彩斗美殿! 結晶壁の奥から、桁外れの魔力収束を検知! これは……単なるアストライアの遺物の起動ではありません! 地脈の暴走エネルギーが、この新宿という土地の強烈な『記憶』とバグを起こして癒着し、物理的な受肉を始めています!』
ふゆのスマートフォンから、黄龍の切迫した風雅な念話が響き渡った。
次の瞬間、大破した自律戦車の残骸、そして周囲の超深淵の壁面に露出していた、現実の新宿の建築物の基礎である鉄骨やコンクリート、崩落したアスファルトが、まるで磁石に吸い寄せられるかのようにして、ドームの中央へと一斉に集束し始めた。
バキバキ、ゴキゴキと、鉄とコンクリートが無理やりねじ曲げられ、融着していく、おぞましい破砕音が空間に響き渡る。
「……嘘でしょう。あれは、都庁の……」
彩斗美が、16個の魔導キューブ『阿羅漢』を周囲に警戒状態で浮遊させながら、驚愕に目を見開いた。
青白い魔力の奔流を背骨のようにして立ち上がったのは、全高20メートルを遥かに超える、コンクリートと錆びついたH鋼が格子状に複雑に絡み合った、超巨大な無機物のゴーレムだった。
しかも、その巨体の肩から上、頭部のようにそびえ立っているのは、コンクリートが不気味に融着して形成された、新宿の象徴――『東京都庁のツインタワー』そのもののシルエットだった。
「グオォォォォォォン……ッ!!!」
都庁のタワーを模した二つの頭部から、コンクリートが擦れ合うような、天地を揺るがす咆哮が放たれる。
新宿という土地が持つ強烈な摩天楼の記憶が、オーバーフローしたアストライアの魔素とバグを起こして具現化した、まさにこの新宿ダンジョンならではの最悪の異形――『摩天楼の巨兵』であった。
ズゥゥゥゥンッ!!!
巨兵が巨大なコンクリートの腕を軽く振り下ろした。
それだけで、超深淵の空間全体の『重力』がぐにゃりと歪み、結羽たちの身体に、数倍に膨れ上がった物理的な重圧が一気にのしかかった。
「きゃあ……ッ!? からだが、すごく重い……!」
ふゆが思わずその場に膝をつきそうになり、彩斗美も阿羅漢のキューブで重力障壁を張るが、空間そのものがねじれるような歪みに、動きを著しく制限されていく。
「お姉ちゃん、ダメ! 奴の周りの重力フィールド、異常に歪んでる! 近づくだけで押し潰されちゃうよ!」
「カッカッカ! 面白い。重力魔法だとよ。おい、結羽」
その絶望的な状況にあって、ドレイクだけは、首のタオルを弄びながら、獰猛に牙を剥いて豪快に笑った。
「お前さんの手足についてるその『縛仙環』は、何のためにあると思ってんだ。……重力に逆らうな、反発を利用しろ」
「重力の、反発……!?」
「そうだ。ただ重さに耐えるんじゃねえ。お前さんの内功の仙気で、縛仙環の超重力を『上への強力な反発』へと強制的に反転させろ。理屈じゃねえ、てめえの気流で重力を踏み台にするんだよ」
「――はいッ!!」
結羽は、手足の縛仙環(2セット目)の重みに耐えながら、丹田の奥底から引き上げた黄金の仙気を、手足の枷へと一気に、そして爆発的に流し込んだ。
チリチリと発光する黒鋼の縛仙環。
次の瞬間、結羽の身体を地面に縛り付けていた数トンの超重力が、一瞬にして「上空への強力な反発力」へと反転した。
バァンッ!!!
結晶の床を爆発的に蹴り出し、結羽は重力フィールドを完全に無視して、空中をジグザグにスライドするようにして超高速で巨兵の膝元へと滑り込んだ。
「押しっくら勝負だッ!! ただデカくて重いだけなんて、おやっさんの格に比べたら、なんてことないッッ!!」
結羽が如意黒閃を構え、巨兵が放つ歪な重力魔法と、結羽が縛仙環から放つ仙術の重力反発が、空間で激しく衝突した。
不可視の力場がせめぎ合い、爆発的な衝撃波が弾け飛ぶ。
二つの重力波の内、勝利したのは結羽の絶対的なド根性だった。
ぐらり。
摩天楼の巨兵が、たたらを踏むようにその巨大な重心を大きくブレさせた。
「彩斗美先輩! 膝の固定、お願いします!」
「了解よ! 『阿羅漢』、展開ッ! 『千手・鎖縛の陣』――!!」
彩斗美の号令と共に、彼女の周囲に浮遊していた16個の魔導キューブが一斉に射出された。
キューブから放たれた高密度の青白い魔力波が、頑強な光の鎖となって、都庁ゴーレムの巨大な右膝へと絡みつく。
「ガギギギギギッ!?」
巨兵がどれほど自重で踏み潰そうとも、彩斗美の制御する光の鎖は、その右膝の関節を完全にロックし、その場に縫い留めた。
「これで、逃げられないわ。結羽、一気に叩き壊しなさい!」
「はいッ!!!」
結羽は如意黒閃を両手で引き絞るようにして構え、自らの両手足の縛仙環へと、体内のすべての経絡を循環する黄金の仙気を極限まで注ぎ込んだ。
キィィィンッ! ――キィィィンッッ! ――キィィィンッッ!!!
如意黒閃に刻み込まれた光華文字の言霊――【意體同闘魂】【燃尽決不屈】【我體随我意】が、彼女の丹田から引き上げられた莫大な仙気と完全に同調し、太陽のようにまばゆい黄金の光を放って発光した。
「『我が意と身体は常に闘魂と共にあり、闘魂が燃え尽きるまで決して屈することはなし。……我が体は我が意のままに!!』」
先ほどの自律戦車戦のように、槍の穂先で隙間を突くような精密な「点」の破壊ではない。
アタッチメントは一切装着せず、仙気を流し込むことでその重量を可変させる「ひたすら頑丈で重い棍棒」という如意黒閃の剥き出しの暴力性を、結羽は選択した。
黒鋼の芯材と魔術回路に、丹田から全身の経絡を循環させた仙気を流し込む。
仙気を吸収し、際限なく重くなる――そんな縛仙環の特性をも凌駕する莫大な仙気は、『如意黒閃を握りしめた前山田結羽』という自在に動く数十トンの破壊の化身を生み出した。
「うおぉぉおおッッ!!! 如意黒閃、最大質量――『闘魂・解体破砕』――ッッ!!!!」
結羽は、自らの身体をも引きちぎらんばかりの超質量の如意黒閃を、渾身の力で振りかぶり、巨兵の固定された右膝めがけて、右に、左にと狂ったように叩きつけ始めた。
ドガァァァァァンッ!!!
ドガァァァァァンッ!!!
ドガァァァァァンッ!!!
ドガァァァァァンッ!!!
ドガァァァァァンッ!!!
ドガァァァァァンッ!!!
ドガァァァァァンッ!!!
それは、最早、武術と呼べる打撃ではない。
まるで、巨大なビルを瞬時に瓦解させるための『建物の爆破解体作業』そのものだった。
一撃が放たれるたびに、超深淵の空間を歪めるほどの凄まじい大衝撃が地下ドームに吹き荒れ、巨兵の膝を構成していた肉厚なコンクリートと強固なH鋼が、お菓子の箱のようにベキベキに粉砕され、火花と共に消し飛んでいく。
「グ、オォォォォォォン……ッ!?」
支えを完全に失い、右脚がダルマ落としのように消滅した20メートルの摩天楼の巨兵は、大きく傾ぎ、大音響と共に横倒しになって床へと叩きつけられた。
「これで……最後ッ!!」
結羽は横倒しになった巨兵の頭上へと跳躍。
剥き出しになった胸部のコアめがけて、最後の一撃を垂直に、鉄槌のように叩き落とした。
ズガァァァァァァァァァンッ!!!!
地脈の暴走エネルギーを蓄積していた巨大な魔石コアは、結羽の大質量の暴力に耐えかねて、一瞬にして木端微塵に粉砕された。
コアを失った都庁擬態ゴーレムの巨体は、サラサラとしたコンクリートの塵となって崩れ落ち、超深淵の結晶床へと完全に瓦解・沈黙した。
「……ふぅ。おやっさん、今度こそ、お掃除完了です!」
結羽は如意黒閃をスッと肩に担ぎ直し、塵の霧が晴れゆく空間の中で、最高の笑顔を浮かべた。




