第190話 異世界の自律防衛機構と、戦車型古代兵器
新宿ダンジョンの超深淵――かつてのダンジョン禍で異世界に転移させられてしまった、結羽達の両親を含む人々が、現地で逞しく生き延び、日本とアストライアの位相が最も色濃く重なりあう場所へ送り込んだ『物資』を受け取ったよろず屋パーティー。
だが。
「カッカッカ! いいお宝の回収だったがな、お前ら。……どうやら、お掃除の締めくくりが、まだ残っているようだぜ」
ドレイクが、不敵にニヤリと獰猛に牙を剥いて笑った。
「え……?」
結羽が振り返ると、彼らが歩いてきたコンテナの背後の暗闇から、無機質で、冷徹な『機械の駆動音』が、地鳴りのように響き渡り始めていた。
キィィィィィン……ガガガガガッ……!
不気味に瞬く無数の赤い警告灯が、コンテナの影から一斉に点滅を開始する。
ガガガガガッ……!
新宿ダンジョンの最深部、地球の物理法則と異世界アストライアの魔術回路が完全に重なり合った『超深淵』。
その美しき青白い結晶に彩られたドームの底に、整然と並べられた純白のコンテナ群の周囲から、突如として耳を劈くような電子的な警告音が鳴り響いた。
「な、何っ!? お姉ちゃん、あそこ!」
先ほどまで両親の手書き文字に涙を流していたふゆが、素早く涙を拭って天才オペレーターの顔つきになり、コンテナの背後の暗闇を指差した。
結晶の光に照らされていた穏やかな空間に、突如として無数の赤い警告灯が明滅し始める。
キィィィィィン……と、空間全体の魔素が急速に励起し、不気味な地鳴りのような重低音が足元から響き渡った。
『警告。警告。未認可生命体による不法投棄物保護エリアへの侵入を検知。システムセキュリティ、排除コード08を起動。対象の速やかな排除を開始します』
ふゆのスマートフォンから、黄龍の翻訳を介した冷徹な大陸公用語の音声が、スピーカーを通じてリビングのように響き渡る。
ズズズズズズズズッ……!!
コンテナの背後に潜んでいた巨大な金属製の防衛プラットフォームがゆっくりとせり上がり、その上から、全長十メートルを超える巨大な鉄塊がのっそりと姿を現した。
それは、地球のいかなる兵器とも異なる異形のシルエット。
濁った銀色の魔法金属で全身を包み込み、巨大な金属クローラーを不気味に回転させる、アストライア大戦期の『自律兵器(戦車型)』であった。
「……げっ。スヴァトゴーラ王朝の旧式自律戦車じゃねえか。なんでこんなところにまで配備されてやがるんだ」
ドレイクはポケットのタバコを取り出そうとした手を止め、忌々しげに吐き捨てた。
『師父。どうやら、ご両親がこちらへ支援物資を強引に転送した際、アストライア側の防衛システムが、その転送エネルギーの過負荷を『略奪者による侵入行為』と誤認して自動起動してしまったようですな。システムそのものが完全にバグの暴走状態にあります』
「不法投棄はあなたたちのほうでしょうが、って言いたいところだけど……。そんな理屈、あの鉄屑には通じそうにないわね」
彩斗美が漆黒のコートを揺らし、16個の銀色の魔導キューブ『阿羅漢』を周囲に一斉に浮遊させながら、冷静に大剣の柄を握り締めた。
「グルルルルッ……!!」
自律戦車が、喉の奥から金属の摩擦音のような咆哮を吐き出しながら、巨大な魔導主砲の砲口を正確に結羽たちへと向けた。
砲身に這う魔力パイプが、一瞬にして赤黒く発光し、致死の熱線ブレスのエネルギーが充填され始める。
『警告します。あの自律戦車は、外側に魔法や気を完全に減衰・フリーズさせる強力な『魔導結界』を展開し、内側には物理攻撃をことごとく弾き返す黒鋼合金の超硬度装甲を纏っています。まともに打ち合えば、こちらの仙気も物理打撃も一瞬で無効化されますぞ』
黄龍の冷静で緊迫した警告が、スピーカーから響く。
「ふん、二重防壁ってわけか。小賢しい真似を……」
ドレイクは、フッと笑うと、鋭い黄金の龍眼で彩斗美を振り返った。
「彩斗美嬢ちゃん。あいつの防壁をハメろ! 結界の周波数を合わせて、一時的にフリーズさせちまえ!」
「ええ! 任せて頂戴!」
彩斗美のコマンダーとしての絶対的な戦術眼が、瞬時に戦車の結界の波長を捉えた。
「『阿羅漢』、展開ッ!! 第一陣列から第四陣列まで、セクター3へ集中! 『千手・穿孔の陣』――共振相殺ッ!!」
彩斗美の鋭い指揮と共に、浮遊する16個の魔導キューブが一斉に戦車の前面へと射出された。
キューブから放たれた高密度の青白い魔力波が、戦車の魔法結界と干渉し、キィィィィィンッ! という不快な金属音を立てて激しくせめぎ合う。
パキピキピキ……ッ!!
結界の表面に、まるでガラスのひび割れのようなノイズが走り、戦車の無敵を誇っていた魔導結界が、一瞬にしてフリーズして霧散した。
「主砲、もらうよ!!」
結界が消え去ったコンマ数秒の隙を、ふゆの魔力視と魔導シリンジガン・改が正確に捉えた。
「極大腐食弾、装填――シュートッッ!!」
パシュゥゥゥッ!!
ふゆが放った、あの九頭猛毒龍の機甲化部分さえも腐食させた、デバフのシリンジ弾が、戦車の赤熱していた主砲の排気バルブの隙間へと、寸分の狂いもなく吸い込まれた。
ジュワァァァァァッ……!!!
「ガギギギギギッ!?」
強烈な腐食の魔薬が主砲のシリンダー内部で炸裂し、極限まで熱せられていた超合金のギアやピストンが一瞬にして酸化し、ボロボロに錆びついていく。
爆発的に駆動しようとしていた主砲が、不快な駆動音を立てて、その場で完全に沈黙・フリーズした。
「今よ、結羽さん! 奴の正面装甲の、左ハッチの継ぎ目をブチ抜きなさい!」
「はいッ!!!」
彩斗美の鋭い号令に、結羽が弾かれたように床を蹴って突進した。
彼女の両手首と両足首に装着された『縛仙環(2セット目)』が、凄まじい質量を伴ってチリチリと黄金の火花を散らしている。
普通なら、その十数トンの超重力によって地面にへばりつき、指一本動かすこともできないはずの過酷な枷。
だが、結羽は今や仙気のコントロールと身体操作で、その重力ベクトルを「前方への爆発的な推進力」へと完全に変換していた。
「如意黒閃、換装――『槍の穂先』ッ!!」
結羽は走りながら、如意黒閃の先端のアタッチメントを瞬時に『槍の穂先』へと換装し、カチャリと強固にロックした。
そして地を這うような『泥の歩法』で滑走し、一瞬にして戦車の正面へと肉薄する。
狙うのは、分厚い正面装甲そのものではない。
どんなに強固な装甲であっても、必ず存在する物理的な「接合部」と、装甲の継ぎ目。
「『我が意と身体は常に闘魂と共にあり、闘魂が燃え尽きるまで決して屈することはなし。……我が体は我が意のままに』!!」
結羽の口から、熱く、澄み切った言霊が紡ぎ出された。
如意黒閃に刻み込まれた光華文字の言霊――【意體同闘魂】【燃尽決不屈】【我體随我意】が、彼女の丹田から引き上げられた莫大な仙気と完全に同調し、太陽のようにまばゆい黄金の光を放って発光した。
「うおぉぉおおッッ!! 『如意黒閃』、最大質量――徹甲重撃――ッ!!」
結羽は、縛仙環の十数トンの超重力を槍の穂先の一点へと極限まで圧縮・集束させた。
そして、戦車の装甲の隙間、その数ミリの継ぎ目めがけて、渾身の力で槍を突き立てた。
ドンッ!!!
空気が爆発するような、低く、重い衝撃波が地下ドーム全体を揺るがした。
戦車と人間という、見た目には明らかな重量差を完全に覆し、槍の穂先を打ち込まれた十数トンの自律戦車が、痙攣するようにして後退する。
「ガガガガッ……ギギギッ……!?」
次の瞬間、結羽が流し込んだ黄金の仙気と衝撃波が、装甲の内側から爆発的に吹き荒れた。
打ち込まれた槍の穂先から迸る仙気と、逆流させられた運動エネルギーが戦車の内部を壊滅的に走り回り、バリバリバリ! と機械のスパークと爆発が沸き起こる。
堅牢であるはずの超硬度装甲が、内側からベキベキとひび割れ、砕け散っていく。
巨大な自律戦車は、一歩も進むことなく、その場に崩れ落ちるようにして大破・沈黙した。
「……ふぅ。おやっさん、倒しました!」
結羽は、如意黒閃をスッと引き抜き、肩に担ぎ直しながら、満面の笑みで振り返った。
「カッカッカ! お見事なフィニッシュだ、結羽。無機物の隙間に完璧に『理』を通しやがったな」
ドレイクがゆっくりと歩み寄り、愛弟子の頭を大きな手でガシガシと優しく撫で回した。
「あはは、おやっさん、くすぐったいです!」
「……本当に、信じられないわね。S級ギルドが総がかりで挑むような巨大な古代兵器を、ただの金属のガラクタみたいに数秒でスクラップにしてしまうなんて。結羽さん、絶好調じゃないの」
彩斗美が、浮遊するキューブを納めながら、感嘆の息を漏らした。
「うん! お姉ちゃん、最高の槍さばきだったよ!」
ふゆも、嬉しそうに駆け寄って結羽の手を握る。
だが、彼女たちの勝利の余韻を遮るように、超深淵の空間が、再びゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォンッ!!! と激しく振動し始めた。
「え……!? まだ、何か来るの?」
結羽が、如意黒閃を再び構え直して身構えた。




