第189話 特異点と、純白のコンテナ(後編)
ドレイクは、ゆっくりと歩み寄り、抱き合って泣きじゃくる曾孫たちの姿を、静かに、そしてどこまでも優しい黄金の龍眼で見つめていた。
彼は弄んでいたタバコをポケットに戻すと、ふぅ、と長い息を吐き出した。
「……カッカッカ。『火龍の極大加護を持つ聖女』か。娘っこ達の心配も忘れて、異世界でやりたい放題やりやがって。……だがまぁ、大した仕送りじゃねえか。世界違いとはいえ、俺の血を引くだけあって、やることがいちいち規格外で気に入ったぜ」
ドレイクはぶっきらぼうにそう言うと、大きな、ゴツゴツとした両手で、結羽とふゆの頭を丸ごと包み込むようにして、わしわしと優しく撫で回した。
「泣くのはそこまでだ、ちびども。ごちそうの蓋を開けねえうちに、涙で味がボケちまうぞ。……ほれ、父ちゃん母ちゃんからの『プレゼント』を受け取ろうじゃねえか」
「はい、はいっ……!」
結羽は、袖口で乱暴に涙を拭い、ぐしぐしと目をこするふゆの手を引いて、しっかりと立ち上がった。
「でも、おやっさん。このコンテナ、すっごく頑丈なロックがかかってるよ。魔法の鍵……それも、お父さんたちマエヤマダHD独自のパスコードが、アストライアの術式と混ざってて、簡単には開きそうにないなあ……」
ふゆがコンテナのハッチに設置された、複雑な魔力ダイヤルのコンソールを指差してぼやいた。
大陸公用語の母音・子音キーの組み合わせと、地球のアルファベットキーが変形したQWERTY配列で混じり合って盤面に広がっている。
青白い魔力のロックが、強固なプロテクトとして物理的なハッチを固定している。
『ふむ。なるほど。アストライアの帝国様式の魔導暗号鍵に、前山田明殿が独自の技術をかけあわせて作成した、ハイブリッド暗号鍵ですね。……ふゆ殿、こちらの解析、いけそうですかな?』
「うん、間違えたら爆発するとかってわけじゃなさそうだし、解析してみよう! 黄龍先生、接続して!」
ふゆは、涙を拭って天才オペレーターの顔つきになり、自身のスマートフォンをコンソールへと直接接続した。
UIゴーグルに青白いデータが絶え間なくスクロールし、暗号の解読が開始される。
「……あはははは! やっぱり! この解除キーのヒント、アストライアの人たちには絶対に解けないようになってるよ! 『お母さんが、昔、結羽とふゆに作った、大失敗の朝ご飯はなーんだ?』って聞いてる!」
ふゆのその言葉に、結羽は一瞬だけ呆気に取られ、それからふふっと吹き出すように笑い出した。
「……お母さんったら、何それ。そんなの、あれしかないじゃない」
「うん! お姉ちゃん、せーので言おう!」
二人の姉妹は、顔を見合わせ、声を合わせて叫んだ。
「「コゲコゲの、炭焼きフレンチトースト!!」」
ふゆが、その言葉をハッキングコードとしてキーボードに入力し、確定キーを押し込んだ。
キィィィィン……カチャリ。
静かな地下空間に、電子音と、強固なロックが解除される心地よい機械音が響き渡った。
ハッチの隙間から、シュウゥゥゥ、と清浄な白いガスが噴き出し、純白のコンテナの巨大な金属扉が、ゆっくりと、左右へとスライドして開いていく。
「……うわぁ……」
開かれたコンテナの内部を覗き込んだ結羽たちは、そこに整然と並べられた『物資の山』に、再び驚愕の声を上げた。
そこに詰め込まれていたのは、ただのレーションや武器ではなかった。
まず目に飛び込んできたのは、棚にぎっしりと敷き詰められた、淡い虹色の光を放つ手のひらサイズの美しい球体群――『魔珠システム』であった。
「これって……魔力バッテリー?」
『その通り、結羽殿。これは創造神による文明洗浄より前に存在し、失伝したはずの古代魔導技術――『魔珠システム』の基礎理論ですね。……ご両親やお仲間は、あちらの古文書からこの理論をサルベージし、現代地球の「資源リサイクル」の概念を組み合わせて完全な実用技術として再開発したということでしょう。日本人らしい発想といいますか……とんでもないことです』
「えっ、黄龍さん、これ知ってたの?」
『ええ。先日の赤城山での通信同期の際、マエヤマダHDの社内極秘データベースから、これの特許申請書らしきものを見かけて気になってはいたのですが……。まさか、これほどの実物をコンテナ一つで送り込んでくるとは。これがあれば、地球のエネルギー事情そのものが、一瞬でひっくり返りますぞ』
黄龍の感嘆の声が響く。
さらにその奥には、アストライアでは一般的だが、この地球では『国家予算が動くクラスの国宝』として扱われるであろう、さまざまな高級魔導具が並んでいた。
スキルを持たない一般人でも、魔力を通すだけで設定された魔法を発動できる、指輪や腕輪、サークレットなどの装備品。
これらはステータスボードシステムに依存するダンジョン探索者にとっては、『魔法』という存在の概念自体を覆す品々になるだろうことは明白だった。
さらに、それらの中に『ふゆのために特別に仕立てた』というメッセージカード付きで同梱されていた、軽量で最高密度のミスリルと世界樹の枝を組み合わせて作られたという、流麗なデザインの『魔導の杖』。
ふゆはその杖を両手で受け取り、本当に嬉しそうに目を輝かせた。
さらにコンテナの最奥。
「……これは、何かしら?」
彩斗美が、コンテナの棚の隅に置かれた、小さな、銀色の水晶が埋め込まれた文庫本サイズの魔導具を指差した。
その魔導具の表面には、信じられないほど細かく、かつ丁寧な手書きのメッセージカードが添えられていた。
『マエヤマダHDの、みんなより。
日本の家族、友達、みんなへ。
わたしたちは異世界で元気に生きています。
この魔導具には、アストライアで暮らすみんなからの、短い『ビデオレター』が記録されています。
どうか、大切な人へ届けてください』
「ビデオレター……!」
結羽が、その魔導具を両手で優しく、大切に抱き抱えた。
そこには、両親だけでなく、あの三年前のスタンピードで異世界へと飲み込まれ、それでもマエヤマダHDの庇護のもとで、あちらの世界で逞しく生き延びている、数多くの行方不明者たちの『生存の証』が詰め込まれていたのだ。
「よかった……。本当によかった。これがあれば、地上で家族の帰りを待っているたくさんの人たちに、最高の希望を届けられます!」
結羽は涙を拭い、満面の笑顔で、その温かい物資を自らのマジックバッグへと慈しむように、大切に収納していった。
アストライアでの両親の無双。
そして、託された圧倒的な『仕送り』の数々。
よろず屋パーティーの四人は、ついに、新宿ダンジョンの最深部にて、地球の運命を大きく変えるであろう、最高の『報酬』を手に入れたのだった。




