第187話 香ばしき帰還と、大人の取引(後編)
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「カッカッカ! いい食いっぷりだったぜ、お前ら。……さて、と」
ドレイクが、短くなったタバコを指先で炭化させ、携帯灰皿へ収めながら、不敵な笑みを浮かべて堂島たちの前に歩み出た。
「お前さんがた本隊のおかげで、後ろの雑魚どもは随分と片付いたようだな。……大した意地だぜ、旦那方」
ドレイクの低い、嗄れた重低音の声が、広場に響く。
堂島は、傷だらけの魔導大盾を地に置き、深く、重い息を吐き出した。
「……よろず屋ドレイク。お前たちは、本当に底が知れないな。……地脈の魔素異常が、驚くほどに沈静化している。スタンピードの危機は、去ったのだな?」
「ああ。一応は、な。魔素異常に狂わせられたキメラは綺麗にスクラップにして、お掃除完了だ。まだ雑魚のリポップがあるかもしれねえが、万単位の狂った物量で押し寄せるようなことはねぇだろうさ。新宿がパンクする心配はねえよ」
ドレイクの言葉に、葛城が、自身の手元にある魔導測定器の数値を凝視しながら、震える声で呟いた。
「信じられない……。地脈の魔素異常が、正常に観測できるレベルに戻っている。……だが、佐修院さん」
葛城は、UIゴーグルをギラリと光らせ、彩斗美へと向き直った。
「このボス部屋の奥……そこから先は、まだ誰も到達したことのない、新宿ダンジョンの真の最下層、人類未踏の『深淵層』へと繋がっているはずです。そこから得られるマッピングデータや、発掘される遺物、そして新宿全体のマスター登録の権利……。これらは国家が動くレベルの、天文学的な価値があります。どうするおつもりですか?」
それは、探索者協会や、この国中のトップギルドが、血眼になって奪い合おうとするであろう、巨大すぎる『利権』の話だった。
堂島もまた、厳しい表情になって彩斗美の言葉を待った。
彼らもまた、ギルドの看板を背負うプロの探索者だ。
利権の分配という大人の取引を避けて通ることはできない。
ダンジョンの原則は早い者勝ちだ。
複数ギルドによる共同戦線下での遊撃とはいえ、ボスを単独パーティーで撃破したとなれば、優先権はよろず屋にある。
だが、彩斗美は、自らの周囲を浮遊する阿羅漢のキューブを優雅に手元へと収束させながら、フッと、美しく、そしてどこまでも身軽な微笑みを浮かべた。
「葛城。……そんな面倒な管理権や利権、私たち『よろず屋』が持っていたって、邪魔なだけよ」
「な、何ですと……!?」
葛城が、驚愕に目を見開く。
「私たち『よろず屋ドレイク』はね、ただの『世界の修理屋』。壊れた配管を直し、お掃除をするのが仕事なの。今回もその務めを果たしたに過ぎないわ。……だから、新宿ダンジョンの『正式なマスター登録』、そしてそこから得られるすべての開発利権、魔石やドロップ品は、すべてあなたたち二つのギルドで山分けにしなさい。私たちは、一切手を出さないわ」
彩斗美の淀みのない、プロフェッショナルとしての誇りに満ちた宣言。
「さ、佐修院さん、正気ですか!? これは一国の予算を左右するレベルの、巨大な開発権利ですよ!? それを、無償で譲るというのですか!?」
葛城が、喰ってかかるような勢いで叫ぶ。
「正気よ。……うちのドレイク殿の言葉を借りれば、そんな巨大な利権を抱え込めば、国や協会から『管理しろ』だの『防衛義務を果たせ』だの、面倒なしがらみで雁字搦めにされるだけだもの。身軽でいたい私たちにとって、そんなものは邪魔なお荷物でしかないわ。それにね……」
彩斗美は、背中の大剣を軽く叩き、不敵に笑ってみせた。
「この新宿ダンジョンは、関東一円の地脈の結節点。鵺を倒したとはいえ、地脈の暴走は完全には収まっていない可能性もあるわ。下層からのリポップの波が来て、上層へ逆流するかもしれない。……下層にアタックする私たちの背中を守り、この地上への『絶対の蓋』となる最も重要で責任ある任務は、堂島、葛城、あなたたちSランクギルドにしか託せないのよ。その責任と義務を背負ってもらう代償として、利権をすべて譲る。大人の取引として、これ以上ないほどフェアでしょう?」
単に利権を放棄するのではない。
Sランクギルドとしてのプライドを刺激し、最も困難な「防衛と蓋」の役割を押し付けつつ、すべての面倒なしがらみを相手に背負わせる。
元SSランクとして、かつて数多のギルドや協会と渡り合ってきた、彩斗美ならではの極めてスマートで冷徹な交渉術であった。
「その代わり、と言ってはなんだけど。……ボス部屋から続く最下層への単独アタックの優先権と、深淵の奥深く、地脈の淀みの中心にある『今回の魔素異常を引き起こした元凶の未知の異物』だけは、私たちが回収・処理させてもらうわ。それが、私たちの今回の『報酬』よ。地上に戻り次第、最下層へのマッピングデータも提供する。これで、お互いの取り分の『理』は通るかしら? 堂島」
彩斗美が、堂島へと鋭い視線を向ける。
堂島は、しばし沈黙し、やがて腹の底から感服したように、深く、重いため息を吐き出した。
「……フッ、よろず屋。お前たちは、どこまで器がデカいんだ。……異物の処理という最も危険な役割を自ら引き受け、その上で、ギルドにとって最大の利益である『新宿ダンジョンの管理権』を、我々に無償で譲るという……。しかも、我々の面子と役割をこれ以上ないほどに立ててくれた」
堂島は、大盾を地に置き、ドレイクの前に歩み出て、その大きな右手を差し出した。
「分かった。……異物の回収と処理は、お前たちに全面的に一任する。その代わり、この防衛線、および背後の安全は、我々『白銀の軌跡』と『機巧の番犬』の誇りに懸けて、蟻の子一匹通さず守り抜くことを約束しよう。……お前たちの背中は、私たちが預かる!」
「おう、頼もしい限りだぜ、堂島の旦那」
ドレイクは、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、堂島の分厚い右手をガッチリと握りしめた。
並外れた強者同士の、言葉を超えた固い信頼の握手。
「堂島マスター、葛城マスター、氷室さん! 行ってきます! 美味しいお土産、あったら持って帰りますね!」
結羽が、如意黒閃を担ぎ直して元気に微笑む。
「ええ……。待っているわ、結羽さん。……絶対に、無事に戻ってきて」
氷室が、憧れの色に満ちた瞳で結羽と彩斗美の背中を見つめた。
「ふゆちゃん、黄龍さん。……最下層へのルートのナビゲート、お願いね」
『承りましたとも』
「うんっ! 任せて、彩斗美さん! 異世界からの転移物、絶対に見つけ出そうね!」
ふゆが特例Dランクのカードをかざして、UIゴーグルの魔力視とスマートフォンを操作しながら、力強く頷いた。
新生よろず屋パーティーの四人は、誇り高きSランクギルドの面々に見送られながら、未踏破の『超深淵』――両親からの仕送りとダンジョンの真実が眠る最深部へと向けて、迷いのない足取りで進軍を開始するのだった。




