第185話 鵺の完全解体と、極上三味一体焼肉(後編)
仙気が肉の隅々にまで浸透し、繊維の奥に残っていた微細な毒素や、キメラ特有の狂気、獣の生臭い匂いを、シューシューと白い蒸気に変えて完全に昇華させていく。
光が収まった後。
大石の調理台の上に並べられたのは、汚れ一つなく、澄んだ魔力を含んで美しく輝く、極上の肉のブロック群であった。
虎のカルビは、白く美しいサシがルビー色の赤身に細かく走り、まるで満開の桜のようだ。
狸のバラ肉は、透き通るように白く分厚い脂身が、最高の肉特有の甘い香りを放っている。
蛇のササミとハラミは、一切の余分な脂がなく、繊維がピシッと引き締まって、見るからに弾力がありそうだ。
「やったぁ……! おやっさん、こんなにたくさん、綺麗なお肉が取れました!」
「おう、完璧な仕上がりだ。……さあ、飯だ飯だ! 鉄板焼きだ!!……まぁ外の連中をあんまり待たすわけにゃいかねえから。漬け込みじゃあなく、揉み込みなのがちと残念だがな! カッカッカッ!」
◆◆◆
ドーム空間の中央に、手際よく石を組んだ簡易竈が作られた。
ドレイクはそこへ、空間収納袋から第三世代の魔導コンロを取り出して備え付けると、最高火力に設定する。
簡易竈の上に乗せられた、油を敷いた鉄板からは早くも煙が立ち上った。
「よし、お肉カットするね!」
結羽は、骨の牛刀を滑らせ、虎のカルビと狸のロースを、厚さ一センチ以上の『厚切り』に贅沢にスライスしていった。
蛇のササミは、食べやすい一口大のサイコロ状にカットする。
細かい骨が残らないように指先でチェックする丁寧な気遣いが、結羽の成長を現していた。
ドレイクは、マジックバッグから取り出した醤油、コチュジャン、特級の生薬スパイス、みじん切りにしたニラ・ニンニク・ネギ、そしてハチミツを絶妙な配合でブレンドした『特製味噌ダレ』に、それらの肉をたっぷりと絡め、ぎゅうぎゅうと揉み込んでいく。
そして、熱々の鉄板の上へと、一気に肉を滑り込ませた。
ジューーーーーーーーーーーッッッ!!!!!
鼓膜を心地よく、そして暴力的に支配する、凄まじい肉の爆ぜる音が、結界の中に響き渡る。
タレが焦げる、芳醇で甘辛いニンニクとコチュジャンの香りと、極上の脂が熱い鉄板の上で弾ける匂いが、一瞬にして周囲に充満した。
「うわぁぁぁぁぁっ……! なにこれ、すっごく、すっごく良い匂い!!」
ふゆが、お腹をきゅるると鳴らしながら、鉄板の前に身を乗り出す。
「本当に、なんて暴力的な匂いかしら……。私の阿羅漢の換気システムが、特製ソースと生薬の香りで完全に支配されていくわね」
彩斗美も、額にうっすらと汗をかきながら、待ちきれない様子で箸を握りしめた。
ドレイクは、絶妙な手首の返しで、分厚い肉片を次々とひっくり返していく。
タレの焦げた美しい焼き目がつき、肉の表面から透明な脂がジュワジュワと溢れ出し、鉄板の上で弾けている。
「よし、焼き上がったぞ! 熱いうちに、山盛りキャベツと一緒に口に放り込みな!」
ドレイクが、取り皿代わりの浄化した岩盤の上に、山盛りのキャベツの千切りを敷き詰め、その上に焼き立ての極厚肉をどっさりと盛り付けた。
「「「いただきますッ!!」」」
結羽は、待ちきれないとばかりに、箸で極厚の虎のカルビをつまみ上げ、タレの染みたキャベツと一緒に口の中へと放り込んだ。
ハフ、ハフ、ジュワッ。
「んんんっ……!?!? 美味しいぃぃぃっ!!」
結羽の瞳が、驚愕と至極の喜びでパァッと見開かれた。
「お肉がすっごく柔らかくて、噛んだ瞬間に、甘い脂身がジュワッてお口の中に広がって、タレのピリ辛さと合わさって、とろけていっちゃいます!」
「本当だぁ! こっちの狸のバラ肉も、すっごくぷりぷりしてて、豚肉の何倍も甘みがあるよ! キャベツと一緒に食べると、いくらでも食べられちゃう!」
ふゆも、熱々のバラ肉をハフハフと頬張りながら、満面の笑みを浮かべた。
「……本当に、美味しいわね。蛇のササミもハラミも、一切パサつきがなくて、信じられないほど弾力があって、噛むほどにタレと肉の旨味が染み出してくるわ。このタレ、絶品ね……」
彩斗美もまた、普段の気品ある仕草を忘れ、夢中で箸を動かしていた。
神話級亜種の、さらに最も生命力の凝縮された部位。
それを、『浄化の仙気』で一切の毒素を抜いて喰らうことで、彼女たちの身体の中で『同位同食』の極限のプロセスが、一瞬にして進行していく。
戦闘によって枯渇しかけていた魔術回路の魔力が、まるで乾いた砂に水が染み込むような勢いで、上限を突き抜けて爆発的に回復していく。
さらに、結羽の身体の内側で溢れ返り、器を焼け焦がそうとしていた、あの『適応暴走の熱』。
それが、極上のキメラ肉の生命力と同調し、新しく拡張された彼女の『魂の器』の奥底へと、すとんと綺麗に吸い込まれ、完全に彼女自身の確固たる格として定着していくのが、ふゆの魔力視にはっきりと見えていた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんの仙気の波、すごく綺麗に落ち着いたよ! おやっさんの言った通り、空っぽになった器の中に、お肉の力がぴったり収まったんだね!」
「うん! なんだか、からだがすっごく軽くて、力がみなぎってくるよ! これなら、どんな強敵が来ても、絶対に負ける気がしない!」
結羽は、如意黒閃を強く握り締め、会心の笑みを浮かべた。
「カッカッカ! 当たりめえだ。俺の飯を食って、不適合を起こすようなヘッポコに仕上げた覚えはねえ。さあ、まだ肉は山ほどあるぞ! 残さず平らげたら、まずは外で踏ん張ってる連中に『お掃除完了』の報告といくか!」
ドレイクの豪快な笑い声が、新宿の深淵に響き渡る。
神話級亜種の門番すらも極上のごちそうに変えてしまう、圧倒的な『理』と『力』。
全員が胃袋と活力を限界まで満たし、大満足の笑顔を交わす。
よろず屋パーティーの四人は、新たなる力を得て、分厚い金属扉の向こう側で死闘を続ける本隊の元へと、意気揚々と引き返すのだった。




