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第183話 深淵の門番の降臨と、姉妹の総力戦(後編)

 16個の魔導キューブから送られてくる多角的な視覚情報と、ふゆ自身の魔力視が、脳内で完全に一つの『三次元立体マップ』として再構築されていく。


「絶対に逃がさない! 『お前が見ている全てのものから、わたしはお前の全てを見ているのだから』――捕まえたッッ!!」


 鵺を中心とした、完全に逃げ道のない情報の包囲網。


 鵺の体内を巡る、複雑怪奇な魔力のバイパス。


 そのバルブが切り替わる瞬間、コンマミリ単位の魔力の淀み。


 そのすべての『スジ』が、ふゆの脳裏に、完全にスローモーションの映像として浮かび上がった。


(どれほど機甲化されていようとも、元は四足歩行の動き! 起点となる動きをする場所がある……右前脚のシリンダー!)


 鵺が次の連撃を放とうと、残るすべての魔力を胴体に集約させ、全身のシリンダーを同期させようとする。


「お姉ちゃん! 五秒足止めして欲しい!!」


 ふゆが、インカムの向こうから張り詰めた、しかし確信に満ちた叫びを響かせた。


「了解!!」


 結羽は一瞬の迷いもなく呼応した。


 相手は、一国を滅ぼしかねない神話級亜種のキメラ。


 だが、その突進を、暴威を、たった一人で正面から押し留めろという無理難題に対し、特級探索者の少女は不敵に笑ってみせた。


 結羽は、両手首と両足首の『縛仙環』に込められた十数トンの超質量を、一気に地面へと叩き落とし、コンクリートの床に絶対の『錨』を構築した。


 地響きが轟き、結羽の足元がクレーター状に陥没する。


 そして、突進してくる鵺の巨大な影めがけて、結羽は自ら一歩、真正面からその懐へと踏み込んだ。


 超々近接――ゼロ距離の『極インファイト』。


 結羽は走りながら、如意黒閃の基部にあるジョイントを操作し、先端を『鎖分銅』へと換装した。


「シャァァァァッ!!!」


 鵺の虎の右前脚が、空気を引き裂く爪撃を繰り出そうとしたまさにその瞬間、結羽は至近距離から銀色の鎖分銅を鋭く射出する。


 キィィィンッ! と甲高い音が響き、ミスリルとアダマンタイトの合金で打たれた強靭な鎖が、鵺の巨大な虎の脚、そしてその胴体へと幾重にも、目にも留まらぬ速度で絡みついた。


 ガガガガガッ!!


 結羽は鎖の端を如意黒閃に巻きつけ、全体重と縛仙環の十数トンの全重力を『錨』として床へと一気に叩き込んだ。


 鵺が巨体を揺らし、鎖を引きちぎろうと、排気口から黒い蒸気を噴き出しながら凄まじい力で引っ張り合う。


 ギチギチギチギチッ……!!!


 鎖と装甲が擦れ合い、摩擦で凄まじい火花が散り、コンクリートの床がミリ単位で軋み音を立てる。


 だが、結羽の足腰は、一センチすらも後退しなかった。


「力比べなら負けないよ! 毎朝誰とトレーニングしていると思ってるの!!」


 結羽は歯を食いしばり、顔を紅潮させながら、鵺の赤い眼を真正面から睨み返して絶叫した。


 毎朝、薄暗い河川敷や演習場で、数百万トンの質量を内包した火龍――おやっさんの丸太のような回し蹴りや突進を、縛仙環の重りをつけたまま受け止め、いなし、投げ飛ばすための地獄のスパーリングをこなしてきたのだ。


 それに比べれば、神話級亜種とはいえ、目の前のキメラの腕力など、常識的なトラックを相手にする程度のものだった。


 結羽の全身の経絡を循環する、極限まで研ぎ澄まされた仙気が、彼女の筋繊維を鋼線のように強化し、鵺の巨体をその場で完全に『フリーズ』させた。


「ギ、ガ、ガ、ガガガッ……!?」


 力比べで人間の小柄な少女に完全に圧し負け、身動きが取れなくなった鵺が、その三つの瞳に明確な戦慄を浮かべた。


「お姉ちゃん! そのまま! 二秒後にそこから蛇の尾が毒ブレスを吐く! 『牛刀』で尾を落として!!」


「了解ッ!!」


 結羽は、如意黒閃を床に突き刺して、鎖分銅のジョイントを埋め込んで切り離すと、右腰のホルダーから『骨の牛刀』を抜き放ち、如意黒閃の先端に換装する。


 如意黒閃に刻まれた言霊「意體同闘魂」に黄金の仙気が走り、牛刀の純白の刃が、空間をぐにゃりと歪めるほどの熱量で赤熱する。


 結羽は、京都の納涼床で目にした、鱧の骨切り職人の技を脳裏に展開した。


 ――皮一枚残して、骨身だけを断つ、極限の『理』。


 結羽は、死角からうねり狂い、まさに毒液を噴き出さんと鎌首をもたげた巨大な蛇の尾の『椎骨の継ぎ目(急所)』を、自らの魔力視にも近しい超感覚で正確に捉えた。


「はあぁッ!!」


 結羽は、極めて低い姿勢から、赤熱する牛刀を大蛇の尾の隙間へと滑り込ませ、流れるような一閃で切り裂く。


 ズパァァァンッ!!!


 一切の抵抗なく、骨の牛刀が蛇の尾の硬い鱗と筋肉を容易く両断し、大蛇の首が、毒液を吐き出す間もなくコンクリートの床へとゴトリと転がり落ちた。


「ギャアァァァァァッ!!!」


 生命の要たる感覚器官の一つを完全に切断され、鵺が激痛に身をのたうち回らせようとする。


 だが、その巨体は、床に埋め込まれた鎖分銅によって縫い留められたままだった。


「今ッッ!!」


 ふゆが魔導シリンジガン改のトリガーを引き、装填された『極大腐食弾』を放つ。


 パシュゥゥゥゥッ!!


 一切のぶれなく飛翔したシリンジ弾は、16個の『阿羅漢』の視覚情報とふゆの魔力視によって完璧に捕捉された、鵺の右前足のシリンダー接合部に着弾する。


 ジュゥゥゥゥッ……!


 瞬時にシリンダーのパーツ表面が赤錆のような変化をはじめ、その動きが封じられた。


「お姉ちゃん、トドメ!! 虎の右前脚の奥! 関節越しに右胸にあるコアを、最大質量で貫いて!!」


「はいッ!!!」


 結羽は牛刀をホルダーへ戻すと同時に、先端を『槍の穂先』へと換装し、如意黒閃を両手で持ち直した。


 結羽は、如意黒閃に刻まれたアストライアの光華文字――【意體同闘魂】【燃尽決不屈】【我體随我意】に、体内のすべての経絡を循環する黄金の仙気を爆発的に流し込んだ。


 キィィィンッ! ――キィィィンッッ! ――キィィィンッッ!!!


 如意黒閃の全体が眩い黄金の光を放って膨張し、縛仙環の十数トンの全質量が、その『槍の穂先の一点』へと極限まで圧縮・収束されていく。


 ただの鋭さではない。


 相手の強固な物理装甲を、その内側から完膚なきまでに破壊するための、超質量の穿孔。


「消し、飛べぇェェェッ!!!」


 結羽は、地面を爆発的に蹴り上げ、身体を反転させる。


 それは殺生石ダンジョンで培った、大質量による旋風撃の力。


 それをそのまま直線状の突進へとシフトさせ、槍を突き出した。


 ズドォオォォッッ!!!


 それは、ただの突術ではなかった。


 川崎ダンジョンでフルメタルゴーレムを粉砕した、物理法則を否定する『関節破砕の理』の応用。


 槍の切っ先が、ふゆの指定した虎の肘関節の隙間を容易く貫き、そのまま鵺の体内、キメラの魔石コアのど真ん中へと深々と突き刺さった。


 直後。


 ズガァァァァァァァンッ!!!!!


 鵺の巨体の内側から、黄金の仙気と衝撃波が爆発的に吹き荒れ、頑強なキメラの外殻を内側からボロボロに粉砕していく。


 機械の駆動音がプツンと途切れ、深淵の門番は、二度と立ち上がることなく、その巨体を床に沈めて完全に沈黙した。



◆◆◆



「ふぅ……。おやっさん、やりました……!」


 結羽が如意黒閃を床に立て、肩で大きく息をしながら満面の笑みで振り返った。


 全身から立ち上る黄金の仙気は、まるで陽炎のように彼女の輪郭を揺らめかせている。


 安全圏で見守っていたドレイクが、のっそりと歩み寄り、獰猛な牙を剥き出しにしてニヤリと笑った。


 彼はジャージのポケットからタバコを取り出すと、指先から小さな火花を散らして火をつけ、紫煙を細く吐き出した。


「おう。見事な連携だ、お前ら。……だが、余韻に浸ってる暇はねえぞ。結羽、ふゆ、彩斗美嬢ちゃん。……お待ちかねの、仕込みの時間だぜ」


 ドレイクは、床に横たわるキメラの巨骸を、極上の食材を見つめる料理人の目でじっと見据え、その口元を笑みに歪めるのだった。

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