第179話 気高き防波堤と、泥臭き盾(後編)
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名無しの探索者:ID:gT9x2L4p
赤銅の牙、マジで頼もしいな! あんなに泥だらけなのに笑ってやがる!
名無しの探索者:ID:kM1a5R8w
なんだ、ただの雑魚の掃討戦か。
S級が奥にいるなら安心だな。
ボーナスステージとか余裕じゃんw
名無しの探索者:ID:pZ7c3N9q
いや、よく見ろ……数が異常だぞ。
背景真っ黒になるくらいネズミが湧いてるじゃねえか。
名無しの探索者:ID:bY4h8V2s
あれを「軽い」って笑い飛ばしてんのか、あの人たち……。
装備も刃もボロボロじゃねえか。
名無しの探索者:ID:mX5e1W6c
泣ける……。
誰かを守るために、あえて道化を演じて強がってくれてるんだろ。
赤銅の牙、絶対に死ぬなよ! 俺たちも応援してるぞ!
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視聴者には見えない、強がりの裏側に隠された絶望的な物量。
かつて那須ダンジョンで野心に狂い、同士討ちを演じていた彼らは、よろず屋パーティーにその身と魂を救われたことで、己の『意地』を取り戻していた。
彼らは今、「誰かを守るための気高き盾」として、決して抜かれない防波堤となり、血反吐を吐きながら浅層で泥にまみれていた。
すべては、あの規格外の恩人たちが、憂いなく深淵のバグを物理で叩き潰せるように。
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そして再び、深層の最前線。
各々が役割を全うし、完璧に機能していたはずの防衛線に、ついに限界の時が訪れようとしていた。
ピキィィィンッ……!
「くっ……!」
堂島の大盾から展開されていた黄金の防壁に、ついに致命的な亀裂が走る。
「第四班から第六班まで、全員魔力枯渇でダウンしました! ポーションの補給も間に合いません! これ以上は、デバイスが魔力を吸い上げられません!」
「葛城リーダー! 砲身の冷却機構が焼き切れました! 次撃てば、暴発します!」
兵站部隊から悲鳴のような報告が連続して上がる。
人間魔力タンクとして魔力を搾取されていた者たちが次々と白目を剥いて昏倒し、回復のポーションを飲ませる手すら足りなくなっていた。
「クソッ……ここまで、なのか……?」
葛城が、点滅する【CEREBRAL OVERFLOW】の警告に視界を歪ませながら、膝をつきそうになったその時だった。
「今はお姉ちゃん達は大丈夫! 黄龍先生! 後衛のみんなのトリアージのデータ回して! 回復の仙薬のリソース全開で行くよ!」
不気味な地下に、凛とした少女の声が響き渡った。
ドレイクの広い肩の上からポンッと軽やかに飛び降りたふゆが、自らの魔力視を極限まで稼働させながら、そう絶叫した。
『承りました、ふゆ殿。……トリアージデータを即座に更新。魔力循環の滞っている者たち、および重度の精神・肉体疲労のある者たちを最優先でリストアップします。……まずは意識を失っている方々に打ち込んでいきましょう。自力で飲める方々には手渡しで十分です』
ふゆは、新宿アタックの前にドレイクや黄龍と共に夜なべして作り、マジックバッグに入るだけ詰め込んできた、特製の回復の仙薬カプセルのケースを開いた。
「よし、一番ひどいのはそこのお兄さんだね! ……黄龍先生、調合の比率は!?」
『魔力循環が完全に停止し、霊脈が急激に急冷・収縮しています。……金の気を通した『融解・ブースト仙薬弾』が最適です。配合比率は三対一で』
「了解だよ! いくよッ!」
ふゆは、意識を失って泡を吹いている若き魔術師の胸ぐらを躊躇なく掴み上げると、口内にそのカプセルをテキパキと放り込み、水魔法の気の膜で強引に嚥下させた。
「はい、お兄さん! しっかり噛み締めて飲み込んで!」
カプセルが胃の奥で弾けた瞬間、若き魔術師の全身から、カッと黄金色の魔力の湯気が立ち上った。
「がはっ……!? な、何だ、これは……!?」
完全に枯渇し、焼き切れかけていた彼の魔力回路が、信じられないほどの速度で修復され、冷え切っていた全身に一気に熱い生命力の奔流が駆け巡る。
「う、動ける……! さっきまでの激しい頭痛も、魔力酔いも、完全に消え去っている……!?」
「立ち止まってる暇はないよ! 自力で動ける人は、この青いカプセルを飲んで! 魔力だけじゃなくて、神経の疲れも全部吹き飛ぶから!」
ふゆは、倒れ伏す他のメンバーたちにも次々とカプセルを手渡し、あるいは口へと直接放り込んで回った。
その澱みのない、無駄を完全に削ぎ落とした後方支援の動きに、負傷者たちを回収していた白銀の軌跡の回復班のメンバーたちも、ただ呆然と目を丸くするしかなかった。
「堂島、少し手伝うわよ。……『阿羅漢』、展開なさい」
そして最前線では、漆黒のコートを羽織った佐修院彩斗美が、優雅に指を弾いていた。
彼女の周囲を浮遊していた16個の魔導キューブが青白い光の軌跡を描いて飛び立ち、ひび割れて崩壊寸前だった堂島の黄金の防壁――『不落の城塞』の亀裂の隙間へと、パズルのピースのように正確に嵌まり込んでいく。
「なっ……!?」
堂島が驚愕に目を見開く。
彩斗美の『阿羅漢』から供給される圧倒的に高純度な魔力が、堂島の防壁の構造を内側から補強し、数十メートルの壁をさらに分厚く、絶対不可侵の要塞へと再構築したのだ。
さらに、それだけでは終わらない。
「堂島さん、葛城さん! そこから動かないで! 背中、お借りします!」
ふゆは、最前線で盾を構え、あるいは魔導砲を撃ち続けて全身から白煙を吹いている二人の男たちの背中めがけて、銀色に輝く『魔導シリンジガン・改』の銃身を向けた。
中折れ式の銃身をカシャンと折り曲げ、黄龍と調合した特製の『融解・ブースト仙薬弾』を二発、素早く装填する。
「お姉ちゃんたちの支援で射線はクリア! ……狙撃開始、シュートッッ!!」
パシュゥゥゥッ!! パシュゥゥゥッ!!
冷たい地下暗渠の空気を切り裂き、放たれた二発の銀色の魔弾が、堂島と葛城の防護服の継ぎ目――最も魔力伝導率の高い経絡の要衝めがけて、寸分の狂いもなく正確に着弾した。
「ぐっ……!?」
「おおおっ……!?」
二人の背筋を、強烈な電流が駆け抜けたような衝撃が突き抜けた。
それは、傷ついた肉体の細胞を直接活性化させ、酷使して焼き切れかけていた脳の戦術演算領域を強制的に急冷・リセットし、同時に魔力を爆発的に回復させる、よろず屋秘伝の超回復バフだった。
「黄龍先生! 葛城マスターの砲身を『水の気』で冷やしても大丈夫かな!?」
『問題ないでしょう。命中時に衝撃が通らぬよう、シリンジ弾の破裂弾道をナビゲートします』
「うん! お願い!」
パシュゥゥゥッ!! パシュゥゥゥッ!!
パシュゥゥゥッ!! パシュゥゥゥッ!!
ジュシュォォオオォ……。
葛城のUIゴーグルに点滅していた【CEREBRAL OVERFLOW】の赤い警告が、一瞬にして消え去り、すべてが清浄な緑色のセーフデータへと書き換えられていく。
「何だこの回復量は!? 砲身の冷却機構が完全に修復され、脳の処理速度が、全盛期以上に研ぎ澄まされていく……!」
「私の大盾も、魔力が完全に充填されたぞ! これなら、いくらでも壁を維持できる!」
堂島の黄金の防壁が、かつてないほど強固に、そして巨大に再展開され、魔獣の突進を完璧に弾き返した。
ただの子供、特例Dランクの、サポーター見習い。
そう思われていた前山田ふゆが、その小さな手で放った仙薬と狙撃、そしてかつて世界の頂点に立ったコマンダー彩斗美の阿羅漢による支援によって、日本最高峰のS級ギルドの防衛線は、完全に『無敵の要塞』と『殲滅の砲塔』へと蘇ったのだった。




