第178話 気高き防波堤と、泥臭き盾(前編)
「防衛陣形を組め! 一歩も退くなァッ!!」
関東トップのS級ギルド『白銀の軌跡』のギルドマスター、堂島誠の野太い咆哮が、地下空間に木霊した。
彼は自身の背丈ほどもある巨大な魔導大盾を石畳に深く叩き込み、全身の筋肉を限界まで隆起させる。
ステータスの『VIT』を極限までブーストさせ、ダンジョンの地脈と自らの魔力を直接リンクさせることで、物理的な盾の幅を遥かに超える、数十メートルにも及ぶ黄金の光の防壁を展開したのだ。
「『展開・不落の城塞』ッ!!」
ズズズズズンッ!!
深層のゲートから津波のように押し寄せる魔獣の、何百トンという途方もない突進エネルギーが、黄金の光の防壁に激突する。
足元のコンクリートが砕け散り、過剰な魔力負荷によって堂島の口の端から鮮血が流れ出ても、誇り高き重戦士は決して膝を屈しようとはしなかった。
「ここを抜かれれば地上が終わる! 意地を見せろッ!」
ダンジョンという閉鎖空間における大規模戦闘には、絶対的な『空間の制約』が存在する。
通路の幅や広場の面積が限られている以上、大軍を展開して迎え撃つことは物理的に不可能だ。
だからこそ、圧倒的な防御力を持つ少数精鋭が最前線という『点』に立ち、防波堤となる必要がある。
その堂島の背後から、最新鋭の軍事用魔導デバイスを両腕に展開した葛城我門が、冷静かつ熱を帯びた声で指揮を執る。
「……脳波同調、臨界。ドローン群、索敵データ転送開始」
葛城の頭部に装着された無骨な機械式の鉢金が、彼の脳髄から直接魔力と意志を吸い上げ、低い駆動音と共に赤熱する。
右目を覆う片眼用魔導UIゴーグルのレンズには、周囲を飛び回る4機の2連装魔導ドローンから送られてくる膨大な戦況データが、滝のように流れ込み続けていた。
魔素異常が吹き荒れるこの深層において、通常の戦術タブレットや通信機器は真っ赤なエラーコードを吐いて完全にダウンしている。
しかし、葛城の魔導デバイスとUIゴーグルは違った。
これらは川崎の遺跡型ダンジョンなどで発掘された純度の高い魔法金属や、アストライアの遺物パーツを独自に解析し、強引に組み込んで改造された『ダンジョン産ユニット』なのだ。
だからこそ、地上のシステムが沈黙するこの異常空間にあっても、葛城のデバイスは正常な範囲内で動作を維持し、冷酷なまでに正確な戦況を彼の網膜へと叩き込み続けていた。
だがそれは、同時に『絶望を正確に直視させられる』という地獄を意味していた。
UI画面の左上で、異常な環境数値を示す【ENVIRONMENT_DATA:380% OVERFLOW_ERROR】の赤い警告が明滅している。
そして何より葛城を絶望させているのは、【ENEMY_SCAN_DATA】の項目だ。
緑色の数列がバグったように跳ね上がり、15,000……16,000……18,000……と、リアルタイムで魔獣の数が増殖していくのがはっきりと見て取れる。
それは、常人の脳であれば数秒で狂気に陥るほどの情報過多。
だが葛城は、自身の脳細胞を文字通り演算パーツの一つとして酷使し、血の滲むような集中力でそのすべてを処理していく。
「目標、【TARGETING_ASSIST:POINT_B】に設定! 第一陣列から第三陣列まで、全砲門開け!」
ガシャァァァンッ!!
葛城の両肩に懸架された、彼の体格にはおよそ不釣り合いなほど巨大な二基の多連装魔導砲が展開される。
「『戦術演算・多重展開――魔導砲式・天照』……焼き尽くせェェッ!!」
カッ、という眩い閃光と共に、合計6門の砲門と上空のドローンから、灼熱の光線が一斉に放たれた。
ドローンによって計算され尽くした『群れの最も脆い結節点』を貫く熱線の嵐が、津波のように押し寄せる魔獣の波を、最も効率的に、かつ暴力的に削り取っていく。
だが、この超火力を維持するための代償は、あまりにも重かった。
UI画面の中央で、【MAIN_CANNON HEAT:92% COOLDOWN REQ】という兵器の限界を示すアラートが鳴り響く。
さらに画面の最下部では、葛城自身の脳の限界を示す【CEREBRAL OVERFLOW(脳のオーバーフロー)】という赤い警告が激しく点滅していた。
「第二陣列、冷却を待つな! 魔力バイパス強制開放! 次弾、撃てェェェッ!」
葛城はゴーグルの下から一筋の鼻血を流しながら、鉢金から白煙を吹き上げ、それでも決して砲撃を止めようとはしなかった。
「第二班、魔力供給限界! ポーション投与後、ただちに後方へ退避させろ!」
「第三班、魔力パス接続開始!」
広場の後方、葛城の背中に繋がれた太い有線の魔力ケーブルの先では、数十人の部下たちが交代制で自身の魔力を強制的に吸い上げさせていた。
彼らは自らの魔力をシステムを通じて強引にリーダーのデバイスへと送り込む、『人間魔力タンク』だ。
バタンッ、と。
魔力を限界まで搾取され、泡を吹いて倒れ込む部下たち。
その倒れた者たちを、即座に中衛の兵站部隊が引きずって安全圏へと回収し、高価な魔力回復ポーションを口に流し込んで強制的に回復させていく。
魔力が戻れば、彼らは再びケーブルを繋いで前線への供給ラインへと戻されるのだ。
それは、生命の理を無視した、あまりにも非人道的で泥臭い戦法だった。
だが、この空間性のある制約の中で最大の火力を維持し、東京を滅亡から守るためには、このシステムに依存した命の削り合いを続けるしかなかった。
(……すまない、お前たち。だが、今は耐えてくれ……!)
葛城は歯噛みし、UIゴーグルに映る絶望的なデータに抗いながら、砲身を赤熱させ続けた。
◆◆◆
新宿ダンジョン、浅層エリア。
最下層から発生した異常な魔素の奔流は、ダンジョン内の生態系を狂わせ、ところてん式の押し出し現象を引き起こしていた。
深層アタック隊が取りこぼした「強個体以外の無数の下級魔獣」が、パニック状態で暴走し、黒い津波となって浅層エリアへと雪崩れ込んでいたのだ。
その群れを真正面から受け止めていたのは、浅層のクリーンナップ部隊として配備されていた、A級ギルド『赤銅の牙』の面々だった。
「おらァッ! 一匹たりとも地上には行かせねえ! 俺たち『赤銅の牙』が、ここで全部食い止める!」
リーダーの剛田が、全身に痛々しい包帯を巻きながらも巨大なバトルアックスを振り回し、群がってくるジャイアント・トレンチラットを次々と真っ二つに叩き割っていく。
だが、その『雑魚』の数が、あまりにも絶望的すぎた。
「おい、ドローン回ってっか!」
剛田は、肩で荒い息をしながらも、宙に浮遊する協会公式の配信用非常ドローンカメラへと向き直った。
情報統制下にあるとはいえ、これほどの異変を完全に隠し通すことはできない。
だからこそ協会は、「事態はコントロール下にある」と市民を安心させるための公式配信を許可していた。
その重すぎるピエロの役割を、彼らは自ら買って出たのだ。
「おうおう、視聴者の皆の衆! 見ての通りの、軽い溢れ出しだ! 心配すんじゃねえぞ!」
剛田は、顔にこびりついたネズミの返り血を乱暴に拭い、ドローンカメラに向かって北関東訛りで最高に爽快な、そして不敵な笑顔を作って見せた。
「中でS級のバケモンみてぇな人達や、名前は出せねえがとんでもなく強え恩人たちが頑張ってくれてる分、後衛の俺らはこの雑魚相手に、たっぷり素材稼がせてもらうかんな! ボーナスステージだべ!」




