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第177話 深層への帰還と、超大規模スタンピードの発生(後編)

「カッカッカ! 違いねえ。補助輪が外れたくらいで歩けなくなるようじゃ、この先の『底』じゃあ通用しねえぜ。それでも立ち向かっている、お前さん方の気概は大したもんだがな」


 ドレイクが、短くなったタバコを携帯灰皿にねじ込みながら笑う。


 そして、すでに壁をぶち破って前線の魔獣の海のど真ん中へと躍り出て、如意黒閃を黄金に輝かせながら暴れ回っている結羽を涼しげな目で見やった。


「さて、一息吐いている場合じゃないわね。やることは山積みだわ」


 彩斗美は、手元に引き寄せた阿羅漢のキューブを軽く明滅させ、堂島と葛城の元へ並び立っていた氷室怜華へと、鋭くも頼もしい視線を向けた。


「怜華、うちのじゃじゃ馬のサポートをしてあげてちょうだい。あのまま暴れさせていたら戦線の整理もなにもあったものじゃないわ」


「はいッ! 佐修院先輩!」


 氷室は、先ほど体感したばかりの虎肉や蜘蛛・蝦蟇の圧倒的なバフ効果に双剣を青白く輝かせ、迷いなく前線へと飛び出していった。


「ふゆ、黄龍殿、後衛達のサポートをお願いね」


「了解だよ、彩斗美さん!」


『お任せを。魔力循環の滞っている者たちから、順にトリアージを行いましょう』


 ふゆは魔導シリンジガンを抱え、黄龍の宝珠と共に素早く後方の魔力タンク班へと駆け寄っていく。


「私は前線維持に協力するわ。堂島、葛城、まだいけるわよね?」


 彩斗美が大剣を抜き放ち、不敵な笑みを浮かべて二人の男たちを振り返る。


「無論だとも、彩斗美君。この程度の物量で、白銀の軌跡が足を止めるわけにはいかないからな」


 堂島が、傷ついた魔導大盾を再び力強く地に叩きつけ、ガツンと自らの分厚い胸を叩いてみせた。


「勿論まだまだ行けます。全てを終わらせたら、彩斗美さんのその魔導デバイスを見せてもらう予定ですしね」


 葛城は、思考リンクデバイスの急激な過負荷バックラッシュによって鼻から吹き出していた血を、手の甲で乱暴に拭いながら、メガネ型のゴーグルをギラリと光らせて不敵に笑ってみせた。


「葛城、そんな約束はしていないし、そういうフラグを立てるもんじゃないわよ?」


 彩斗美は、かつての戦友たちの不屈の闘志に呆れたような、しかしこれ以上なく楽しげな微笑みを浮かべ、そのまま大剣を構えて前衛へとステップを踏んだ。


 結羽が大暴れし、本隊の窮地を瞬時に切り裂いたことで、絶望の淵にあった前線に、奇妙なほどに熱く、そしてどこか頼もしい「大人の余裕」が生まれつつあった。



◆◆◆



「はぁぁぁぁぁッ!!」


 結羽は黄金の仙気を全身から爆発させ、如意黒閃を上段に構えて縦横無尽に空間を疾走していた。


 両手足の縛仙環が、彼女のあふれんばかりの仙気と、ドレイクから無意識に流れ込む火龍の加護の熱量を吸い込んで、目映いばかりの黄金色に輝く。


 彼女は『面』の歩法で異常重力の床を滑るように躱すと、迫り来る変異オーガの踏み込みに合わせて、如意黒閃を鋭く一閃させた。


 遠心力を乗せた銀色の分銅が、空中で蛇のようにうねり、片方のオーガの槍の柄に巻き付く。


「はぁッ!」


 結羽が仙気を込めて鎖を引き寄せると、オーガの巨体が強引に前のめりへと引きずり出された。


 そこへ、後方から回り込んだ氷室が、冷気の一閃を放ってオーガの足元を凍りつかせる。


 無防備になった二体の延髄めがけて、結羽は巻き付けた鎖を解除すると同時に、棍を反転。


 石突きによる容赦のない旋風撃が振り下ろされた。


 バガァァァァンッ!!!


 結羽を軸にして、大質量の竜巻が巻き起こった。


 十数トンの重りが生み出す絶大な回転力。


 それは、結羽自身が一本の巨大な重力兵器と化したに等しい。


 銀色の如意黒閃が唸りを上げ、周囲を取り囲んでいた魔獣の群れを、まとめて数体ずつ、文字通りひき肉に変えて粉砕していく。


「ギ、ガァァァァッ!?」


 断末魔の叫びを上げる暇すら与えない、圧倒的な蹂躙。


 結羽が前線で嵐のように暴れ回るその瞬間、深層の奥底から、天地がひっくり返るほどのすさまじい重低音が突如として響き渡った。


 ズズズズズズズズッ…………!!!


 新宿のビル群すべてを根底から揺るがすような、天地がひっくり返るほどのすさまじい重低音が、地底のさらに奥深くから突如として響き渡った。


「な、なんだこの揺れは!?」


「広場の奥から……すさまじい魔力の圧がッ!!」


 堂島が体勢を崩しかけ、周囲の探索者たちが次々と悲鳴を上げる。


 ふゆが、UIゴーグルを透過させながら、血相を変えてドレイクの肩を叩いた。


「おやっさん! お姉ちゃん! 最下層の位相の歪みが、限界を突破したよ! 空間のストッパーが完全に弾け飛んだ!」


 アストライアにいる結羽の両親が、強引に次元と位相の壁を越えて転送してきた莫大な支援物資とデータ群。


 その質量による過負荷(オーバーフロー)が、ついにダンジョンの容量の臨界点を突破した合図だった。


「マスター! 深層のゲートが決壊しました!!」


 前方の通路の暗闇を警戒していた斥候の探索者が、絶望に満ちた悲鳴を上げて転がり込んできた。


「最大規模の溢れ出し(スタンピード)です! 観測不能な数の魔獣が、一斉にこちらへ向かって這い上がってきます!!」


 その報告が完了するか否かのタイミングで、広場の奥の巨大な暗闇が、うねるように蠢き始めた。


 ゴゴゴゴゴォォォォォッ!!!


 地鳴りのような咆哮。


 それは数十や数百といった生易しい数ではない。


 空間の崩壊から逃れるようにして深層から押し出されてきた、何千、何万という異形の魔獣たちが、赤く濁った目をギラギラと光らせ、折り重なるような津波となって、円形広場へと殺到してきたのだ。


 空間を切り裂くような大爆鳴。


 アストライアからの強引な物質転送の過負荷が限界に達し、深層のボス部屋へと繋がる巨大なゲートが、内側からの暴力的な圧力によって大爆発を起こして吹き飛んだ。


 ズガァァァァァァァンッ!!!!!


 吹き飛んだ巨大なゲートの向こうの暗闇から、ボスの不気味な気配を含む、観測史上最大規模の魔獣の波が津波のように押し寄せてくる。


「くそッ! なんて量だ……! 魔獣の波どころかボスまで出てきたらさすがに前線を維持できんぞ!」


 葛城が、機能不全から復帰しつつあった魔導デバイスを握りしめ、再び真っ赤に染まるエネミーカウントを前にして顔面を蒼白にさせる。


 圧倒的な質量と暴力の波。


 日本最大にして最悪の魔境の中心で発生した、観測史上最大規模の『超大規模スタンピード』。


(なんて量の魔獣の波……! でもわたしは、わたし達は絶対に最下層に行くんだ!! お父さんお母さんが送ってくれた物資を絶対に、絶対に受け取るッッ!!!)


「どけぇええぇぇえぇぇーーーッッ!!!!!」


 特級探索者の少女は、一切の恐怖を見せることなく、鈍い銀光を放つ『如意黒閃』を構え、無数の赤眼が蠢く魔獣の海へと向けて、流星のように飛び込んでいった。

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