第175話 浜焼きカニ風と、限界突破の安全弁(後編)
「カッカッカ! だろ? ゲテモノなんてのは人間の勝手な分類だ。命を燃やして受肉した以上、理を通せば極上のごちそうに化ける。これが『同位同食』の力だ。これで精神の防御も素早さも完全に底上げされるぜ」
ドレイクが豪快に笑いながら、氷室の皿に肉と脚を追加していく。
「おやっさん、わたしもおかわり! お肉、山盛りでお願いします!」
結羽もまた、満面の笑みで、モリモリと蜘蛛の脚と蝦蟇のソテーを平らげていく。
芦ノ湖の九頭竜戦から続いた、赤城山のヒュドラ、那須の九尾との神話級・神話級亜種との連戦。
そして新宿に至っては位相崩壊を起こすほどの魔素異常という環境下での連戦。
同位同食による莫大な生命力と、ダンジョンの魔素エネルギーを貪欲に取り込んできた結羽。
本人は万能感に満ち溢れ、縛仙環の十数トンの超重力下でも羽のように軽く動けることに、心底陶酔していた。
だが、ドレイクは、結羽の顔が不自然に紅潮し、その全身から陽炎のように黄金の仙気が揺らめいて、異常な体温を放っているのを見逃さなかった。
(チッ……やっぱり結羽の器の成長に、俺の加護の同調が追いついてねえ……)
『適応暴走』の兆候――きっかけはいくつも考えられた。
連戦に次ぐ連戦、同位同食による急激な強化。
そして『師匠と弟子』、『使い魔とテイマー』という関係。
それだけではなく、並行世界の位相を超えて、富士川の血脈としての『縁』が繋がったことで、ドレイクが無意識のうちに、一美や明、ふゆ、そして目の前の結羽に回し続けている『火龍の加護』の流れが、結羽にも大きく流れ込んでいた。
(同位同食のエネルギー、ここの濃すぎる魔素異常、それに俺の加護……全てが結羽の身体へ急激に流入しすぎてやがる。このまま同位同食を続けてみろ、内側から焼け焦げちまうぞ……)
ドレイクは、愛弟子にして曾孫の肉体が過剰なエネルギーの飽和によって内側から焼け焦げる『適応暴走』を起こしかけていることを、なにより危惧していた。
とはいえ『溢れ出し』のど真ん中を進んでいく為には、同位同食による補給と強化は必須だ。
しかも今の結羽は、両親から送られた物資が引き起こした事態を収束させ、その仕送りを受け取るということに、最大限のモチベーションをもって動いている。
だが、責任感の塊である結羽に「お前の身体が危ない、もう戦うな」と伝えてしまえば、彼女は両親を助けたい一心のなかで「自分のせいでみんなに迷惑をかける」「これ以上食べたら、戦ったらダメなのか」と、ブレーキをかけて自責の念に駆られ、萎縮してしまうだろう。
それはドレイクが最も避けたい事態だった。
ならば、曾祖父として、師匠として取るべき「理」は一つ。
修行のフリをして、結羽の身体に溜まりすぎた莫大なエネルギーを、外へ思いっきり放出させるための『安全弁』を用意してやることだ。
「おい、結羽。……お前さん、同位同食で良いエネルギーを詰め込みすぎて、身体の中で気がダブついてやがるな」
ドレイクは菜箸を置くと、結羽の元へ歩み寄り、その黄金の龍眼を静かに細めた。
「え? 身体の中で、気がダブついている……ですか?」
結羽が不思議そうに小首を傾げる。
「ああ。このままだと、せっかくの美味い飯が身にならねえからな。ふゆ! 黄龍! どうだ、このエリアの先はどうなってるかわかるか?!」
『少々お待ちを、師父。このエリアの先で行き止まりになっていることは確かです。位置的には中層と深層の手前ですな。ふゆ殿、魔力視でロケーションを絞れますかな?』
「うん! もうやってるよ黄龍先生! おやっさん! 行き止まりの壁の向こうまで、位相のスキャン完了だよ! 120m先の壁の向こう側、空間の歪みがすごく薄くなってる! その向こうに……もの凄い数の生体反応と、人間の魔力波形! 堂島さんや葛城さんたちの本隊が、魔獣の群れに囲まれて防衛線を敷いてるんだと思う!」
最後尾でUIゴーグルを展開していたふゆが、スマホの黄龍と同期した瞳を極限まで見開きながら叫んだ。
「本隊が……! じゃあ、未踏破領域を抜けて、本隊が死闘を繰り広げているエリアの『裏側』に回り込んだってことね」
彩斗美が、状況を瞬時に理解して不敵に微笑んだ。
「……よし! そうとなりゃ話は早え。この先の壁をぶち抜いて、そこにいるバケモンどもを相手に、思いっきり暴れて腹を減らしてこい! 身体の熱が空っぽになるまで、自慢の如意黒閃をブン回して、思う存分に踊ってみせろ!!」
ドレイクは、獰猛で、これ以上なく楽しげな笑みを浮かべてみせた。
お腹が空っぽになるまで大暴れしていい、という超ポジティブな限界突破オーダー。
結羽は一瞬ぽかんとしたが、すぐにその瞳に、爛々とした特級探索者の闘志をみなぎらせた。
「――はいッ! 望むところです、おやっさん! お腹を空っぽにするために、全力でお掃除してきます!」
「よぉし、いい返事だ。……ふゆ、壁の向こうの狙撃ポイントを計算しとけ。彩斗美嬢ちゃん、うちの暴れ馬の盾を頼むぜ」
「ええ、喜んで。……怜華、あなたも身体が軽くなっているはずよ。しっかりついてきなさい!」
「はいッ! 佐修院先輩!」
氷室もまた、鼠肉・虎肉と蜘蛛・蝦蟇のバフを実感し、自身の感覚凍結の双剣を力強く握りしめた。
「敵のど真ん中に、背後から最高の強襲をかける形になるわ。結羽、準備はいい?」
「はいッ! いつでもいけます!」
結羽は黄金の仙気を全身から爆発させ、如意黒閃を上段に構えた。
両手足の縛仙環が、彼女のあふれんばかりの仙気と、ドレイクから無意識に流れ込む火龍の加護の熱量を吸い込んで、目映いばかりの黄金色に輝く。
「よーし、お腹空っぽにするために……全力で行きますッッ!! はぁああぁぁぁぁぁぁあぁぁッッッ!!!!!」
ズガァァァァンッ!!!!
結羽の渾身の一撃が、分厚いコンクリートの壁を紙屑のように粉砕した。
瓦礫の煙の向こう側に広がっていたのは、堂島や葛城たちS級ギルドの面々が、絶望的な数の魔獣の波と死闘を繰り広げている、新宿ダンジョン深層直前の巨大な空間だった。
熱気を爆発させた黄金の結羽が、如意黒閃を握りしめ、その魔獣の海の背後へと真っ直ぐに突撃していく。
かつての絶望を払拭し、血脈の絆を武器にした少女たちの、新宿大決戦の幕がいま、ド派手に切って落とされた。




