第169話 不夜城の機甲虎人と、関節破砕の理(後編)
「くっ……! 質量と出力が、桁違いです……ッ!」
ガキンッ!!
冷気を破った虎人のさらなる押し込みが、氷室の双剣ごと、彼女の身体を力任せに弾き飛ばした。
「きゃあっ……!?」
数十メートルも後方へと吹き飛ばされ、氷室はコンクリートの壁に激突して崩れ落ちた。
「怜華!!」
彩斗美が叫ぶ。
氷室は衝撃を全身の筋肉で殺し、痛みに顔を歪めながらも即座に体勢を立て直そうとする。
「氷室さん! 今、回復を入れます!」
ドレイクの肩から飛び降りたふゆが、愛用の『魔導シリンジガン改』を構え、癒やしの仙気を込めたシリンジ弾を氷室の背中へと撃ち込んだ。
パシュッ、という音と共に、氷室のダメージが急速に霧散していく。
氷室の戦線復帰を確認した彩斗美の瞳に、コマンダーとしての冷徹な光が宿った。
「ふゆ! 怜華が冷気で凍らせた奴の右腕に、炎と腐食の弾を撃ち込みなさい! 急激な温度変化と酸で、装甲と関節を脆化させるのよ!」
「うん! 準備できてる! 彩斗美さん、タイミング任せます!!」
指示されるより早く、ふゆがシリンジガンの中折れ構造を素早く操作し、特殊な薬液の入ったカートリッジを装填して構える。
それは、黄龍の錬丹術とふゆの科学知識が融合した凶悪なデバフ弾。
「結羽! ふゆの射線を開けて! 脆くなった関節の隙間を確実に断ち切りなさい!」
「はいッ!!」
結羽が重心を低く落とし、縛仙環の超重力を推進力に変えて、弾丸のように虎人へと突進する。
「■■■■ァアァッッ!!」
機甲虎人が結羽を迎撃すべく、再びシリンダーを爆発させて強烈な右ストレートを放とうと装甲を駆動させた。
シュゥゥゥゥッ!!
右肘の排気バルブが開き、黒い蒸気が噴き出そうとした、まさにそのコンマ一秒の隙。
「今!!」
「いっけえぇぇぇっ!! 炎熱・腐食デバフ弾、シュートッ!!」
ふゆの放ったシリンジ弾が、開いた排気バルブの中へと寸分の狂いもなく吸い込まれた。
ジュワァァァァァッ……!!!
「■……■■、■■■■ッ!?」
氷室の冷気によって極限まで冷やされていた金属部品が、ふゆの炎弾によって急激に熱せられ、凄まじい温度変化による熱膨張と収縮を引き起こす。
さらに、内部で炸裂した強酸が精密なシリンダーのギアを一瞬にして酸化させ、激しいサビを発生させた。
爆発的だった機甲腕の動きが、不快な金属音を立てて、完全に「引っかかった」。
「そこだぁぁぁッ!!」
結羽が、泥の歩法で虎人の懐へと滑り込む。
走りながら、彼女は如意黒閃の先端に手を伸ばす。
結羽は鋭利で重厚な『槍の穂先』を素早く取り付けると完全に固定した。
「関節破砕の理……ッ!!」
結羽は、温度変化と酸によってボロボロになった虎人の右肘関節――強固な魔法金属の装甲を繋ぎ止めている「ボルトの接合部」という極小の点に狙いを定めた。
そして、両手足の縛仙環が放つ十数トンの超質量と、彼女自身の全身の筋力、そのすべてを槍の穂先という「一点」に集束させ、垂直に突き立てたのだ。
ガギィィィィンッ!!!!
接合部のボルトが砕け散り、如意黒閃の切っ先が機甲腕の関節の隙間へと深々と突き刺さる。
「テコの原理で、奴の質量を逆流させなさい、結羽ッ!」
彩斗美の鋭い号令。
「はいッ! いけぇえぇぇッ!!!」
結羽が、突き刺した如意黒閃を支点にして、全身のバネを使って強引に跳ね上げた。
相手の体重と、機甲腕が放とうとしていた強烈な運動エネルギー。
そこに、結羽の十数トンの質量の反発(テコの原理)が加わる。
行き場を失った莫大なエネルギーの奔流は、関節の内部で大爆発を引き起こした。
パガァァァァァンッ!!!!!
空気が破裂するような凄まじい金属音と共に、機甲虎人の頑強な右腕が、肘の関節から完全にねじ切られるようにして吹き飛んだ。
「■アァアアァ■……■■■――■■■ッッ!!」
虎人が、自身の腕を失った衝撃と激痛に苦悶の咆哮を上げ、残った左腕で結羽を強引に薙ぎ払おうとする。
「させないッ!」
彩斗美が即座に動いた。
彼女は腰に提げていた凶悪な蛇腹剣を抜き放ち、ムチのようにしならせて虎人の左腕を幾重にも絡め取った。
ギリギリィッ! と鋼鉄の刃が獣の肉と装甲に食い込み、その動きを完全に束縛する。
「結羽、フィニッシュよ!」
「はいッ!!」
結羽は、右腕を粉砕した勢いのまま、槍の穂先を突き抜けた如意黒閃を素早く引き抜き、手首を返した。
鋭利な切っ先ではなく、純粋な質量の塊である『棍棒の腹』の部分。
落下する重力と遠心力のすべてを乗せたフルスイングを、彩斗美に拘束されて身動きの取れない虎人の脳天へと、縛仙環が火花を撒き散らすほどの仙気を回した、超重量の踏み込みと同時に叩き落とす。
ドガァァァァァンッ!!!!
コンクリートの地面が陥没し、クレーターを形成するほどの凄まじい衝撃波。
機甲虎人の巨体は、断末魔を上げる間もなく、ひしゃげたスクラップと血肉の塊となって完全に沈黙した。
「……ふぅ。おやっさん、倒しました!」
結羽が、陥没した地面の上で、満足げに額の汗を拭う。
十数トンの負荷をかけてこれほどの激戦を繰り広げたというのに、彼女の息は全く切れていない。
それどころか、その瞳は爛々と輝き、身体からは有り余る活力が黄金の仙気となってゆらゆらと立ち昇っていた。
「……ああ、見事な連携だったぜ」
ドレイクは、短くなったタバコを指先で弾いて火を消しながら、結羽のその「絶好調すぎる姿」を、黄金の龍眼で静かに、そして少しだけ険しい表情で見つめていた。
「う、嘘……。あんな、特殊なサイボーグ個体を、こんな見事な連携で……」
壁際で体勢を立て直していた氷室が、信じられないものを見る目でその光景を呆然と見つめていた。
S級ギルドのサブリーダーである自分の全力が、いとも容易く弾き返された強敵。
それを、システムもデバイスも持たないよろず屋の面々が、己の『理』と阿吽の呼吸だけで、完全にスクラップにしてしまったのだ。
力任せなだけじゃない、敵の構造を完全に理解し、解体する真のプロフェッショナル。
「大丈夫? 氷室さん」
彩斗美が、優雅な足取りで氷室の元へ歩み寄り、手を差し伸べる。
戦闘が終わり、彼女の口調はすっかりいつもの穏やかなものへと戻っていた。
「さ、佐修院先輩……。私、皆さんの足手まといに……」
氷室が、唇を噛み締めながら彩斗美の手を取る。
「気にすることはないわ。……あれは、システムの想定を超えた異常個体だもの。それに、氷室さんが最初に冷気を入れてくれたからこそ、ふゆちゃんの温度差ギミックが完璧に決まったのよ」
彩斗美がふふっと微笑む。
「さあて、それじゃあお待ちかねのボーナスタイムだ。結羽、そのスクラップから機械の部品だけ綺麗に外して、肉を切り出してこい」
ドレイクが、再び黒鋼の大型剣鉈を手に、嬉々として歩み寄ってくる。
「……え? ドレイクさん、まさか……」
氷室が、嫌な予感に顔を引き攣らせた。
「カッカッカ! 決まってんだろうが。こいつはただの鉄クズじゃねえ。極上の『虎肉』だ。生姜焼きの次は、スタミナ抜群のディナーといくぜ!」
ドレイクの獰猛な笑い声が、不気味なネオン街に響き渡る。
深淵の特異点は近い。
最強のバディと家族を繋ぐ希望を求めて、よろず屋パーティーの容赦なき大掃除と、常識外れのダンジョン飯は、さらなる狂気の中へと進んでいく。




