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第165話 相対超速の双剣と、絶対防壁の指揮官(後編)

「佐修院、先輩……!」


 氷室が目を見開いて振り返ると、漆黒のコートを羽織った佐修院彩斗美が、右手をスッと前方に突き出していた。


 彼女の周囲を浮遊していた16個の銀色の魔導キューブ――『阿羅漢』のうち、6個が氷室の盾となり、残りの10個がネズミの群れを取り囲むように空中に散開している。


「システムが沈黙した程度でパニックになるなんて、S級の肩書きが泣くわよ。本当の強さとは、システムが無くても自らの『理』で戦場を支配できること。……ここからは、私たちの戦術指揮(オーケストラ)を見せてあげるわ」


 彩斗美が優雅に指を弾くと、空中に散開していた10個のキューブから、高圧縮された極太の青白いレーザーが一斉に射出された。


 ズバババババッ!!


 レーザーは、汚水とヘドロを蒸発させながらトレンチラットたちの足元を焼き焦がし、群れの進行ルートを完全に分断していく。


 無秩序に押し寄せていた魔獣の津波が、彩斗美の圧倒的な空間制圧能力によって、一つの「固まり」へと強制的に誘導されていく。


「お姉ちゃん! 氷室さんが凍らせた個体の周りに敵が集まってる! 冷気の影響で、あいつらの装甲と骨格の強度が極端に落ちてるよ! 一気に叩き割っちゃって!」


 彩斗美の完璧な指揮と同時に、最後方でふゆがUIゴーグルを操作し、天才オペレーターとしての鋭い眼差しで叫んだ。


 通常の魔導デバイスが使えないこの異常空間にあって、オリジナルOSで動作しているふゆの装備と。黄龍とリンクした彼女の『魔力視』だけが、唯一の絶対的な索敵レーダーとして機能していた。


「了解ッ!!」


 コマンダーの絶対的な防壁と戦術統制、そしてオペレーターの完璧な解析。


 そのすべての後方支援を受け、特級探索者の少女、前山田結羽が弾丸のように飛び出した。


 シュンッ!!!


 結羽の姿が、氷室の視界から一瞬にして掻き消えた。


「な、速い……!? システムのアシストも、スキルも使っていないのに、どうしてあんな速度が……!?」


 氷室が驚愕の声を上げる。


 結羽の両手足には、常に十数トンの超重力を発生させる極悪な拘束具、『縛仙環(2セット目)』が装着されている。


 彼女は、その暴力的なまでの重力ベクトルを、丹田から練り上げた『仙気』によってミリ単位で制御し、進行方向への爆発的な推進力へと完全に変換していた。


 摩擦をゼロにして空間を滑り、切り返しの瞬間だけに絶対的な支点を構築する『点と面の歩法』。


 結羽は、彩斗美のレーザーによって一箇所に集められたトレンチラットの群れの真正面へと一瞬で到達すると、背中に背負っていた鈍い銀光を放つ棍――『如意黒閃』を両手で力強く握りしめた。


「ふっ……ッ!!」


 短い呼気と共に、結羽の身体がバネのように弾ける。


 縛仙環の超質量と、全身の筋肉の連動、そして黄金に輝く仙気のすべてを乗せた究極の物理打撃。


 氷室の冷気によって分子構造が脆くなっていたトレンチラットの群れに対し、結羽の『如意黒閃』が、空気を引き裂くような唸りを上げて薙ぎ払われた。


 パガァァァァァァンッ!!!


 暗渠の無機質な空間に、爆弾が弾けたような強烈な破砕音が木霊した。


 結羽の絶対的な質量の暴力を受けた巨大ネズミたちは、氷室の冷気ごと、まるで薄いガラス細工のように木っ端微塵に粉砕され、悲鳴を上げる間もなく光の粒子となって吹き飛んでいく。


「嘘……。あんな巨大な魔獣の群れを、スキル無しのただの物理打撃で、一撃で粉砕した……!?」


 氷室は、腰を抜かしたまま、その圧倒的な蹂躙劇をただ見上げることしかできなかった。


 システムに依存した自身の双剣では捌ききれなかった怪物の群れを、彼女より遥かに年下の少女が、涼しい顔で次々と解体していく。


 氷室がデバフをかけ、彩斗美が誘導し、ふゆが解析し、結羽が粉砕する。


 それは、システムという補助輪を完全に捨て去った者たちだけが到達できる、理不尽なまでに美しい連携だった。


「ふぅ……! おやっさん、極上のお肉、確保しました!」


 ものの数分で群れを完全に一掃した結羽が、如意黒閃を肩に担ぎ、額の汗を拭いながら満面の笑みで振り返る。


「ええ、完璧な打撃だったわ、結羽さん。……これで少しは、静かになるかしら」


 彩斗美が『阿羅漢』のキューブを優雅に手元へと収束させ、誇らしげに微笑んだ。


「カッカッカ! 上出来だ。見事に頭だけを潰して、内臓は綺麗なままだな」


 戦闘が終了したのを見計らい、ずっと後方で腕を組んで見守っていたドレイクが、ゆっくりと歩み寄ってくる。


 彼は分厚い指先を鳴らして新しいタバコに火をつけ、マジックバッグからアストライアのドワーフに打たせた黒鋼の大型剣鉈を取り出した。


 巨体を揺らし、無数に転がるネズミの死骸へと嬉々として歩み寄る。


「さあて、お待ちかねの食材の調達完了だ。激戦の後は、極上のダンジョン飯といくぜ」


 システムに依存し、絶望に震えていたS級エリートの氷室怜華を完全に置き去りにして。


 常識外れのよろず屋パーティーによる、理不尽極まりない食材調達と解体ショーが、いよいよその幕を開けようとしていた。

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