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第162話 深淵アタック開始と、位相崩壊の分断(後編)

 キィィィィィィィンッ……!!


 突如として、新宿ダンジョン浅層の広大な地下空間全体に、鼓膜を直接突き破るような、強烈な高周波の金属音が響き渡った。


「な、何っ!?」


 氷室がバランスを崩し、その場に膝をつく。


 周囲の分厚いコンクリートの壁や、天井を支えていた太い鉄骨が、まるで飴細工のようにぐにゃりと歪み、悲鳴のような金属音を上げ始めた。


 空間そのものが、ねじり切られるような異様な圧迫感。


「堂島! 進行方向の全方位から計測不能なレベルの質量エネルギーが押し寄せている! 警戒しろ!!」


 後方の本隊で、葛城我門が真っ赤なエラーコードを吐き出すUIゴーグルを叩きながら絶叫する。


 彼の自慢のシステムが、許容量を超えたオーバーフローによって完全に悲鳴を上げていた。


「お姉ちゃん、危ないッ! 前方の空間座標が、完全にメチャクチャになってる! 強烈な歪みが来るよ!!」


 ふゆがUIゴーグルを跳ね上げ、切羽詰まった声で叫ぶ。


 ズガァァァァァンッ!!!


 直後、彼らの数メートル前方の空間が、物理的な衝撃を受けたガラスのように、バキバキとひび割れたのだ。


 それは、地球の物理法則と、異世界アストライアからの強引な物質転送が衝突したことによって生じた、次元の亀裂。


 魔素と位相が不安定になった新宿ダンジョンの構成自体を破壊する、位相(カスケード・)崩壊(オーバーフロー)の発生だった。


「きゃあぁぁぁッ!?」


 氷室の悲鳴と共に、彼らの足元の石畳が、ごっそりと円形に消失した。


 重力という概念すらも狂った空間の断層へと、よろず屋パーティーの四人と氷室は、為す術もなく真っ逆さまに落下していく。


「クソッ! 総員、私から離れるな! 展開・『不落の(イージス・)城塞(ファランクス)』、最大出力ッッッ!!」


 後方に残された堂島が、己の魔力を限界まで振り絞り、部隊全体を守るための巨大な黄金の防壁を展開した。


 しかし、システムによる魔法の発動よりも早く、ダンジョンの位相崩壊という『星のバグ』が、彼らの立っている空間そのものをハサミで切り取るように完全に分断した。


 カッ……!!


 一切の音を伴わない、強烈な閃光が視界を白く染め上げる。


 光が収まった後、ぽっかりと空いた巨大な断層の穴を前に、堂島と葛城は呆然と立ち尽くしていた。


「……こんな浅層の内から、ダンジョンの底が抜けるとは……!」


 堂島が大盾を降ろし、ギリッと奥歯を噛み鳴らす。


「物理的な落下だけじゃない。位相崩壊だ、どこに飛ばされたかわからんぞ……!」


 葛城は完全にブラックアウトした魔導デバイスを睨みつけ、忌々しげに拳を握りしめた。


「クソ……出鼻をくじかれるとはまさにこのことだな。やむを得ん、ここを一次拠点とする! 後続は穴からの溢れ出しに備えて待機班を作れ! 我々は進軍するぞ! 端末が無事な者は氷室や佐修院君たちの生態IDを追跡してくれ!」


「聞いての通りだ! 魔素異常で端末に異常が出ているものは拠点担当として残れ!」


 堂島の矢継ぎ早の指示に、S級ギルドの面々が瞬時に動き出す。


 葛城は、暗い奈落の底へと消えた仲間たちの安否を思い、深く息を吐き出した。


(氷室、よろず屋……無事でいてくれよ……)



◆◆◆



 一方、次元の断層に飲み込まれた前衛の五人は、三半規管が狂い、内臓が引っ繰り返るような強烈な浮遊感と吐き気の中で落下していた。


 暗闇の中、上下の感覚すら喪失する異空間。


「結羽! ふゆを抱えろ!」


 落下する虚空の中で、ドレイクの太く鋭い声が響く。


「はいッ!!」


 結羽は空中で瞬時に身体を反転させると、自身の両手足に装着された十数トンの『縛仙環』の超重力を利用し、丹田から練り上げた仙気で落下ベクトルを強引にコントロールした。


 空中で見事に姿勢を制御し、宙に投げ出されていたふゆをガッチリと腕の中に抱え込む。


「彩斗美嬢ちゃん、氷室の嬢ちゃんを頼む!」


「ええ、任せてちょうだい! 阿羅漢、展開ッ!」


 彩斗美が冷静に指を弾くと、16個の魔導キューブが瞬時に氷室の周囲へと展開し、青白い光のネットを形成して彼女の落下軌道を強制的に安定させた。


 ドスンッ! ズガァァンッ!


 凄まじい衝撃と共に、一行は未知の階層の硬いコンクリート床へと着地した。


 舞い上がる土埃と、周囲に充満する下水のような腐臭。


「ゲホッ、ゴホッ……! な、何が起きたんですか……!?」


 光のネットに守られて無傷だった氷室が、むせ返りながら立ち上がる。


 彼女はすぐさま腕の戦術タブレットを起動しようとしたが、その画面はすでに真っ赤なエラーコードで埋め尽くされ、激しくノイズが走っていた。


「嘘……! 『圏外』!? 魔力通信網が完全に遮断されている……!?」


 氷室は青ざめた顔で、何度もデバイスの再起動を試みる。


 なんとか空間ソナーで地形を把握し、オフライン環境下でローカルに保存されている最新のマップアプリと照会させたが、そこに表示された結果は、彼女をさらに絶望させるものだった。


「現在地、エラー……該当地形、なし。……嘘、ここ、マッピングされていない未踏破領域なの……!?」


 周囲の壁は黒く淀んだレンガで覆われ、足元には悪臭を放つヘドロ混じりの汚水が川のように流れている。


 深く、暗く、そして底知れない悪意を漂わせる、巨大な地下下水道の遺構。


(マップから完全に隔離された未踏破領域……。後続の兵站部隊ともはぐれてしまった。下手をすれば脱出ルートを探す前にリソースが尽きて全滅してしまう……!)


 絶対の信頼を置いていたシステムが死に、兵站を断たれた絶望。


 エリート探索者である氷室の心は、突然訪れた先の見えない恐怖に、途方もないプレッシャーを感じ、身震いした。

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