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第158話 16の魔導キューブと、シミュレータールームの特訓

 千葉県野田市にある、佐修院家の広大な本邸。


 その地下深くに建造された、軍事施設と見紛うほどに巨大で堅牢な私設演習場には、けたたましい魔力の衝突音と、空気を震わせる物理的な破壊音が絶え間なく反響していた。


 群馬県・赤城山ダンジョンの最深部で、異世界アストライアにいる両親からの『動画レター』を受信し、次なる目的地が日本最大の魔境である『新宿ダンジョン』の最下層に定まってから数日。


 特級探索者である前山田結羽たち新生『よろず屋パーティー』は、新宿への本格的な出陣を前に、この地下演習場で本気の戦術連携シミュレーション特訓を繰り返していた。


「そこよ結羽! 右前方、セクター4から侵入するダミーゴーレムを破砕!」


 演習場の中央で、バトルスーツに身を包み、対物防御素材で作られた漆黒のコートを優雅に翻した佐修院彩斗美の、氷のように冷徹で気高い号令が響き渡る。


 彩斗美の周囲には、16個の銀色の魔導キューブ――『阿羅漢』が、まるで自立した意思を持っているかのように幾何学的な軌道を描いて浮遊していた。


 それは元々、赤城山ダンジョンの最下層に不法投棄されていたアストライアの兵器群の中から、ドレイクと黄龍が「これは使える」と見定めて持ち帰り、現代の魔力波長に合わせて完璧な調整とブラッシュアップを施したものだ。


 かつて光華王朝の軍団指揮官が用いていたというその戦術装置は、元SSランク・コマンダーである彩斗美の魔力操作技術と完璧にリンクし、今や彼女の手足にして絶対の盾として機能していた。


「はいッ!!」


 結羽の元気な声が呼応する。


 彼女の両手首と両足首には、鈍い黒光りを放つ重厚な拘束具、『縛仙環(2セット目)』がガッチリと嵌められていた。


 装着者の仙気を吸い上げ、無限に重量を増やす術式を焼き付けられた、魔法金属黒鋼(クロムアダマン)製の魔導具。


 それは、1セット目の数トンという負荷を遥かに超える、十数トン以上の極悪な質量負荷を結羽の身体に付与していた。


 文字通り仙人すらも縛り上げる代物だが、結羽はその暴力的な重力ベクトルを、丹田から練り上げた黄金の仙気によって完璧に制御していた。


 ズガンッ!!


 結羽が手にした『如意黒閃』が、空気を引き裂いてダミーゴーレムの胴体を粉砕する。


 ミスリルとオリハルコンを主材にして打ち出されたその棍棒の表面には、複雑な魔術回路と光華文字の言霊が彫り込まれている。


 さらに、ドレイクの魔改造によって結羽の仙気を馴染ませた黒鋼が、その彫り込みと芯材にまで充填されている。


 重量の上限がほぼ撤廃されたその兇器は、十数トンの縛仙環の質量と結羽の仙気を限界まで吸い上げ、もはや一振りが攻城兵器にも等しい破壊力を生み出していた。


「お姉ちゃん、次来るよ! 左後方、上空から三体!」


 演習場の安全圏セーフエリアに設置されたコンソールの前で、ふゆがUIゴーグル越しに戦況を瞬時に演算し、インカムを通じて叫ぶ。


『結羽殿、落下軌道に入りました。彩斗美殿、防壁の展開をお願いします』


 通話システムに参加している、スマホアプリ化した黄龍の分体が、ふゆのオペレートを完璧にサポートする。


「任せてちょうだい! 阿羅漢、散開ッ!」


 彩斗美が指を弾くと、16のキューブのうち4つが弾丸のような速度で結羽の頭上へ飛び、青白い光の防壁を形成した。


 ガガガガンッ!


 ダミーゴーレムたちの奇襲が光の盾に阻まれ、激しい火花を散らして体勢を崩す。


「今ッ!」


 結羽が重心を低く落とし、摩擦をゼロにして空間を滑る『点と面の歩法』で一気に距離を詰める。


 十数トンの超重力が遠心力へと変わり、如意黒閃が音速を置き去りにする唸りを上げて空を裂いた。


 バガァァァァァンッ!!


 強固な魔法金属で作られたはずのダミーゴーレム三体が、空中でまとめて木っ端微塵に吹き飛んだ。


 ガラガラと崩れ落ちる残骸を見届け、結羽は大きく息を吐き出して構えを解いた。


「……ふぅっ! 全機、撃破完了です!」


 結羽が額の汗を拭いながら、満面の笑みで振り返る。


「ええ、完璧な動きだったわ、結羽さん。……ふゆちゃんと黄龍殿のナビゲートも、コンマ一秒の狂いもなかったわね」


 彩斗美が周囲のキューブを優雅に手元へと収束させながら、満足げに微笑んだ。


「カッカッカ! 見事な連携じゃねえか。お前さんたち、役割分担がすっかり万端になったな。前衛・中衛・後衛、隙のねえ、一丁前のパーティーだぜ」


 見学席のソファで、ドレイクが豪快に笑う。


 彼は分厚い指先をパチンと鳴らして小さな火花を散らすと、口にくわえていた安タバコ――魔素フィルターを仕込んだ特注品に火をつけた。


 スゥゥゥ……と深く吸い込み、紫煙を細く吐き出す。


 数百万トンの質量を人の身に押さえつけた異世界(アストライア)における神話の火龍である彼にとって、この世界(地球)の薄く乱れた魔素環境は、ひどく呼吸のしづらい空間だ。


 だが、ドレイクは煙草の紫煙を通じて魔素の取り込みと吐き出しを微細にコントロールすることで、そのブレを完璧に調整していた。


「おやっさん! わたしの動き、どうでしたか? 十数トンの重力のベクトル、うまく推進力に切り替えられてましたか?」


 結羽が、しっぽを振る子犬のように駆け寄ってくる。


 その額からは滝のような汗が流れていたが、彼女の全身からは陽炎のように黄金の仙気が立ち昇り、異様なほどの熱気を放っていた。


 十数トンという常軌を逸した負荷をかけながら、息一つ切らしていない。


「ああ、悪くねえ。……だが、絶好調だからって調子に乗って仙気を回しすぎるなよ。"器"が焼けちまうからな」


 ドレイクは、並行世界の位相を超えた曾孫にして愛弟子の成長に、かすかに『過剰適応』の気配を感じ取りながら、ポンと彼女の頭を撫でた。


「はいッ! 気をつけます!」


 結羽は満面の笑みで強く頷く。


「おやっさん! ふゆのオペレートはどうだった!?」


 コンソールから飛び降りたふゆも、トコトコと走ってきてドレイクのジャージの裾を引っ張る。


「おう、お前さんも完璧だ。……彩斗美嬢ちゃんとの情報のやり取りも、流れるようにスムーズだったぜ。これで後方支援は盤石だ」


 ドレイクがふゆの頭も大きな掌でガシガシと乱暴に撫で回すと、ふゆは「えへへ」と嬉しそうに目を細めた。


 ドレイクは、吸い終わったタバコを、腰に下げた携帯灰皿へと収めて確実に火を消した。


「それにしても……本当に素晴らしいアーティファクトね」


 彩斗美が、自らの周囲を浮遊する阿羅漢を愛おしそうに見つめる。


「赤城山の投棄場に、こんな傑作が眠っていたなんて。……かつての全盛期の私でも、これほど精密で多角的な指揮はできなかったわ」


 ヒュドラによる毒と、過剰適応の呪いを完全に克服し、虎柄のようになっていた髪から、元の美しい黒髪を取り戻した彩斗美。


 その試練の証として、自ら金色のメッシュに染めた一筋の髪を耳にかきあげながら、彼女は満足そうに微笑んだ。


 彩斗美は今、元SSランク探索者としての実力と威厳を完全に取り戻し、さらにドレイクの調整したアストライアの遺物を得たことで、過去最強のコマンダーとして覚醒していた。


「お父さん達が新宿ダンジョンの最下層に送ってくれた物資も、こういう兵装なんですかね?」


 結羽が、演習場の天井を見上げながら、遠い世界にいる家族へ思いを馳せるように静かに呟いた。


 三年前のスタンピードで姿を消した両親。


 彼らは異世界アストライアで無事に生き延び、地球側からのダンジョンアタックの成功率を上げるため、そして地球とアストライア、二つの世界の謎を解明し、自分たちが地球へ戻るために、位相の壁を越えて支援物資を転送したとビデオレターで伝えていた。


「どうかしらね。ご両親の商会が武器類も扱っているなら、或いは、というところかしら? ただ、その支援物資転送の影響で、今、新宿ダンジョンの最下層はとんでもないことになっていることは確かね」


 彩斗美の言葉に、結羽の顔が引き締まる。


 アストライアに転移されてしまい、あちらで巨大な商会のトップとなった両親がこちら側(地球)に送ってくれたという支援物資。


 その質量とエネルギーの干渉によって、日本最大の魔境である新宿ダンジョンの魔素バランスは崩壊寸前になっている。


 観測史上最大規模のオーバーフローが発生し、いつ地上に魔獣が溢れ出してもおかしくない危機に瀕しているとのことだった。


 現在、日本のトップギルドたちが総力を挙げて防衛線を張っているが、状況は芳しくないという情報が、黒田を通じて入ってきていた。


「お父さんたちからの仕送りが原因で、新宿の底に荷物が詰まってバグを起こしてるなら、わたしたちが後始末をしなきゃね!」


 結羽が、ドンッと自分の胸を叩いた。


 よかれと思い両親が送った仕送りが、首都を危機に陥らせているならば、娘が責任を取るのがスジというものだ。


 それに送られた物資もしっかり受け取りたい。


 両親の愛情というには、やることが規格外過ぎるのが玉に瑕だが。


「そうだよ! それに、新宿ダンジョンの『砂時計のくびれ』を安定させれば、お父さんたちとまたお話ができるかもしれないんだもん!」


 ふゆも、小さな両手をギュッと握りしめて頷く。


「カッカッカ! そういうこった。関東のS級の連中が出張っているんだろう? 『溢れ出し』は連中に任せて、俺たち『よろず屋』は遊撃隊としてバケモンどもの波を突っ切って、新宿の最下層に突入する。そんで父ちゃん母ちゃんからの仕送りを受け取りついでに特大の配管修理をさっさとしちまうって手筈だ」


 ドレイクが獰猛な牙を剥いて笑い、立ち上がった。


「さあ、準備はいいな、お前ら! 明日は朝イチで新宿にカチ込むぞ! 今日は美味い飯を食って、たっぷり寝ておけ!」


「「「はいッ!!」」」


 最強のバディに、天才オペレーターと最高のコマンダーが加わった完全なる陣容。


 新生よろず屋パーティーは、日本の命運と家族の絆を懸け、最大の決戦の地である新宿へと出陣の意志を固めたのであった。

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