第157話 新宿への出陣と、16の魔導キューブ(後編)
「祝勝会の時に話には聞いていたけれど……まさか、本当に次元の壁を越えて、動画のメッセージまで送ってくるなんてね……。ご両親の逞しさには、感服するしかないわ」
「はい。……お母さんたち、すごく元気そうです。そして、わたし達と再会するために、新宿ダンジョンの最下層に、アストライア側から支援物資とゲート構築のためのデータ類を転送してくれたんです」
結羽が、誇らしげに、そして嬉しそうに胸を張って答える。
『彩斗美殿。もうお気づきかと思いますが、今朝方、協会が騒ぎ立てていた『新宿ダンジョンの未曾有の魔力異常とスタンピードの兆候』。その原因は、十中八九、ご両親が送ってくれた大規模な支援物資とデータが突如として深淵に出現したことによる、位相の過負荷です』
黄龍の宝珠が明滅し、冷静な推測を付け加える。
「……なるほど。そういうことね」
彩斗美は、手で額を押さえながら、ふぅ、と深い息を吐き出した。
そして、やがてその口元に、コマンダーとしての凄絶で、極上の笑みが浮かび上がった。
「偶然か、運命か……。協会からの『新宿ダンジョンの最下層を制圧せよ』という面倒な要請と、あなたたちのご両親からの『新宿の最下層で待つ』というメッセージが、完全に一点で重なったというわけね。……ふふっ、これだからあなたたち『よろず屋』のコマンダーは辞められないわ」
彩斗美の瞳に、強烈な闘志の炎が燃え上がる。
「協会やトップギルドの連中には、適当に恩を売りつつ露払いをさせておけばいいわ。私たちの真の目的は、深淵の底に落とされたご両親からの支援物資を完全に回収し、そしてゲートの安全を確保することよ!」
「はいッ!!」
結羽とふゆが、力強く返事をする。
「おう、そうだ。彩斗美嬢ちゃん、忘れねえうちにこいつを渡しとくぜ。俺たちからの赤城山土産だ」
ドレイクはそう言うと、空間収納袋から、重厚な金属の装飾が施された大きな木箱を取り出し、テーブルの上へとドンッと置いた。
「赤城山土産……?」
「赤城山のゴミ捨て場を処理しているときに見つけてな。これなら呪殺兵器のような精神汚染もねぇし、あんたなら問題なく扱えると思って持ってきたんだ。有用なものはリサイクルってな」
ドレイクに促され、彩斗美がそっと木箱の蓋を開ける。
その瞬間、部屋の中に青白い、しかし極めて純度の高い清浄な魔力光が溢れ出した。
木箱の中に整然と収められていたのは、彩斗美が普段から使っているものと全く同じ形状――しかし、表面に刻まれた術式が遥かに複雑で高度な、真新しい16個の『魔導キューブ』だった。
「これって……!」
彩斗美が息を呑む。
『元は大戦前期の陸戦士官用魔導障壁ユニットで、光華王朝では『千手』または『阿羅漢』と呼ばれていた軍団指揮官用の結界・魔導戦術装置なのです』
黄龍が、誇らしげに解説を加える。
『本来の運用方法を知らずとも、たった三つのキューブであそこまで見事に防護と攻撃の起点を構成し、活用できていた彩斗美殿の圧倒的な魔力操作技術があれば、この16機のフルセットも、如何様にでも扱えるでしょう。……内部のメンテナンスと現代の魔力波長への最適化は、師父がすでに済ませております。彩斗美殿が現在運用しているキューブとの、戦闘や運用データの同期を取りましょう』
「こんなに素晴らしいものを……。でも、いいのかしら」
彩斗美は、キューブの放つ圧倒的な魔力の波動に触れながら、少しだけ躊躇うようにドレイクを見上げた。
「ドレイク殿と黄龍殿は、あちらの世界の遺物兵器には、あまりいい感情を持っていないのではないの?」
その気遣いに、ドレイクは短くなったタバコを灰皿に揉み消し、事もなげに笑った。
「気にすんな。世界の理を壊すような呪殺のガラクタは残さずスクラップにするが、こいつは純粋な『盾』であり『手足』だ。それに、俺だってこれでも、モノとヒトを見る目はあるつもりだぜ。……あんたなら、そのキューブを絶対に間違った使い方にはしねえ」
『左様です』
黄龍もまた、風雅な合成音声で悪戯っぽく同意した。
『古き言葉にも、「物尽其用、人尽其才」と申しますからね。使えるものは有効に使い、有能な者にはそれに相応しい有用な物を与える。それがよろず屋の理というものです』
ドレイクと黄龍からの、最大の賛辞と信頼。
彩斗美は一瞬だけ感極まったように目を伏せたが、すぐに顔を上げ、大人の度量とコマンダーとしての誇りに満ちた表情で胸を張った。
「……ええ。貴方たちの期待、その目に狂いがないことを、私が完璧に証明してみせるわ」
彩斗美は16個の魔導キューブを自らの魔力と同期させ、空中にふわりと浮遊させる。
その緻密で無駄のない魔力制御に、結羽とふゆが「おおーっ!」と歓声を上げた。
「これだけの手札があれば、新宿の深淵でも戦術の幅が飛躍的に広がるわ。……でも、ぶっつけ本番というわけにはいかない。新宿へ向かうアタック隊の編成が完了する前に、佐修院家のシミュレータールームで、こいつを完全に手足のように使いこなせるよう、特訓が必要ね!」
彩斗美が、気合に満ちた声で号令をかける。
「彩斗美先輩! わたし、お付き合いします!」
結羽が背中の『如意黒閃』を握り直し、満面の笑みで立ち上がる。
「わたしもわたしもー! 黄龍先生と一緒に、新しいキューブの演算サポートするね!」
特例ライセンスを首から下げたふゆも、元気に飛び跳ねた。
「カッカッカ! いい面構えだ。……さあ、急いで準備しろ、お前ら! 俺たちよろず屋の、過去最大の出稼ぎが始まるぞ!」
ドレイクの豪快な咆哮が、夜のヤサに響き渡る。
特級探索者の少女、天才オペレーターの妹、完全復活したSSランクのコマンダー。
そして、規格外の神話級火龍。
彼らの次なる目的地は、異世界からの支援物資によって魔力バランスが崩壊し、スタンピードの危機に瀕している日本最大の魔境――『新宿ダンジョン』。
アストライアの両親との再会を果たし、この歪な世界のシステムを修理するため。
新生よろず屋パーティーは、最強の絆と最強の武装を携えて、次なる最大の激戦地へと、力強く、そして痛快に出陣の歩みを進めるのであった。




