第156話 新宿への出陣と、16の魔導キューブ(前編)
群馬県・赤城山ダンジョンの最深部に秘匿されていた、アストライアの遺物処理場。
そこで異世界からの『動画レター』を受信し、両親の無事と次なる目的地を知った結羽とふゆ、そしてドレイクの三人は、佐修院家のお抱え運転手が走らせる大型SUVに乗り込み、深夜の高速道路を急ぎ千葉県野田市へと引き返していた。
野田市のヤサの扉を開けると、そこには、関東ダンジョン協会本部での緊急会議から戻ってきたばかりの佐修院彩斗美と、万能執事・黒田の姿があった。
普段は完璧に整えられている彩斗美のスーツの肩口には微かな疲労が滲んでいたが、その漆黒の瞳には、トップギルドの連中を相手に一歩も引かずに渡り合ってきたコマンダーとしての鋭い光が宿っている。
「お帰りなさい、結羽さん、ふゆちゃん、ドレイク殿。……群馬での『息抜き』は十分に楽しめたかしら?」
彩斗美が、コーヒーの入ったカップをテーブルに置きながら優雅に微笑んだ。
「はいッ! 息抜きどころか、とんでもないお土産を持って帰ってきましたよ!」
結羽が興奮冷めやらぬ様子で駆け寄り、ふゆも大きく頷く。
「カッカッカ! その様子だと、そっちの『大人のお遊戯(会議)』も、きっちり片を付けてきたようだな」
ドレイクが首のタオルを外し、どっかりとソファに腰を下ろしながら尋ねた。
「ええ。関東のS級以上の探索者を集めた対策会議……実態は、誰が貧乏くじを引くかという足の引っ張り合いと、恩着せがましい手柄の奪い合いだったけれどね」
彩斗美は面白くもなさそうにフッと鼻で笑うと、表情を引き締めた。
「協会からの正式な通達よ。……日本最大の魔境である『新宿ダンジョン』において、観測史上最大規模の魔力異常と、スタンピードの兆候が確認されたわ。そして、私たち独立Aランクギルド『よろず屋ドレイク』に対し、この未曾有の事態を鎮圧するための『深淵遊撃隊』としての参戦要請が、正式に下ったの」
「遊撃隊……トップギルドの連中と一緒に新宿ダンジョンに潜るってことですよね」
結羽の言葉に、彩斗美は頷いた。
「ええ。ただし、他人の指示で動くつもりはないわ。私たちはあくまで独立した遊撃隊。独自の判断で深淵を目指す。……そして、その要請を受けるにあたって、私は協会に『第一条件』を突きつけてきたわ」
彩斗美はそう言うと、テーブルの上に置かれていた一枚のカードを、すっと指先で滑らせてふゆの前へと差し出した。
それは、ホログラム加工が施された、真新しいダンジョン協会のライセンスカードだった。
「これって……!」
ふゆが目を丸くしてカードを手に取る。
そこに刻まれていたのは、『研修生』の文字ではない。
【前山田ふゆ:特例Dランク探索者】という、正式なプロの探索者としての認定証だった。
「結羽さんと、ふゆちゃん、ドレイク殿、そして私が、欠けることなく4人のパーティーとして共に最前線に立つこと。それが、私が協会に突きつけた参戦の第一条件よ」
彩斗美が、ふゆに向かって優しく微笑む。
「ふゆちゃんは中等部までスキップ卒業を果たしたとはいえ、まだ十歳の未成年。いくら特級探索者の結羽さんやSSランクの私が後見人になろうと、本来であれば新宿のような最高難度ダンジョンの深淵には絶対に連れて行けないわ。規定が立ち塞がるからね。だから……強引にねじ開けてきたの」
「お嬢様が協会会長やトップギルドのマスターたちと激論を交わされる間、私めは、これまでのふゆ様のダンジョンアタックにおけるデータ支援と環境制御の功績をまとめたレポートを、協会の審査部に叩きつけてまいりました」
黒田が、恭しく一礼して引き取る。
「これまでのふゆ様の目覚ましい活躍と、天才的な後方支援の成果から考えれば、彩斗美お嬢様と共に最前線に並び立つことに、何の不足がありましょうか。……審査部はぐうの音も出ず、即座に特例でのDランク発行を認めざるを得ませんでした」
「彩斗美さん……黒田さん……っ!」
ふゆは、自分の名前が刻印されたピカピカのライセンスカードを両手で強く握りしめ、感激の涙で目を潤ませた。
これで、もう入り口で足止めを食らうことも、年齢を理由に姉たちの背中を見送ることもない。
堂々と、正規の探索者として『よろず屋パーティー』の戦列に加わることができるのだ。
「ありがとう……本当に、ありがとう! わたし、絶対にみんなの足手まといにはならないから!」
「ええ、頼りにしているわ、私たちの天才オペレーター」
彩斗美がふゆの頭を優しく撫でる。
「カッカッカ! 最高の根回しだぜ。……だが、驚くのはまだ早いぞ、彩斗美嬢ちゃん、黒田」
ドレイクが、ニヤリと牙を剥いて笑った。
「俺たちが群馬の地下から持ち帰ってきた土産話は、そんな大人の小競り合いが吹き飛ぶくらいにデカいからな。……見せてやれ、ふゆ」
「うんっ!」
ふゆは涙を拭うと、自身のスマートフォンを操作し、リビングの空間に青白いホログラムモニターを展開した。
そこに映し出されたのは、ノイズ混じりの、しかし間違いなく異世界アストライアの風景。
そして、豪奢な衣装に身を包んだ、結羽とふゆの両親――前山田明と信彦の姿だった。
「……なっ!?」
動画レターの再生が始まり、両親が力強く語りかける映像と肉声がリビングに響き渡ると、彩斗美と黒田は息を呑んで目を見開いた。
『――こちらから観測できた、位相が重なり合うポイントは……『新宿ダンジョン』の最下層よ』
『結羽、ふゆ。……絶対に、再会するわよ。待っててなんて言わない。行動するわよ。お父さんとお母さんも、絶対にあなたたちに会いに行くからね』
映像がノイズと共に途切れると、リビングには、ドレイクが吐き出すタバコの煙の音だけが静かに響いた。
かつてダンジョン第一世代の英雄として数多の死線を潜り抜け、あらゆるイレギュラーに対応してきた彩斗美ですら、このスケールが大きすぎる事実の前には、すぐには言葉を発することができなかった。




