第155話 異世界からの動画レターと、『新宿で待つ』(後編)
三年間、ずっと冷たいベッドの中で心を閉ざし、目覚めてからも気丈に振る舞い続けてきた十歳の少女が、両親の愛と無事を確信し、ついに感情を爆発させたのだ。
「ふゆ……っ、よかったね……っ。お父さんたち、生きてた……っ!」
結羽もまた、ふゆを強く抱きしめ、声を上げて泣き崩れた。
自分のせいで家族がバラバラになってしまったのではないかという自責の念。
数字の上がらないハズレ枠として、誰からも見捨てられそうになった日々。
そのすべての苦労が、両親からの「あなた達は私たちの誇りよ」というたった一言で、完全に報われ、救済されたのだ。
「……よく頑張ったな、お前ら」
ドレイクは、二人の小さな背中を、自らの大きな両手で丸ごと包み込むように撫でた。
その火龍の手のひらの温もりは、泣きじゃくる姉妹にとって、何よりも絶対的な安心感を与えてくれた。
数分後。
思う存分涙を流し、互いの服の袖で顔を拭い合った姉妹は、すっきりとした、極上の笑顔を浮かべて立ち上がった。
「おやっさん。……わたしたちの次の目標、完全に決まりましたね」
結羽が、背中の『如意黒閃』を力強く握り直し、真っ直ぐにドレイクの黄金の瞳を見上げる。
「ああ。ターゲットは『新宿ダンジョン』の最下層だ」
ドレイクは満足げに頷き、ポケットから新しいタバコを取り出して火を点けた。
「だが黄龍。新宿ダンジョンってのは、確か日本の首都のど真ん中に口を開けてる、この国最大の魔境だったな?」
『左様です、師父』
黄龍の宝珠が空中に浮かび上がり、青白いホログラムで日本列島のマップと、新宿の巨大な魔力反応のグラフを投影した。
『新宿ダンジョンは、関東一円の魔力脈の結節点であり、未だにどのトップギルドも最下層の深淵に到達したことがない、最高難易度のブラックボックスです』
「でも、お母さんたちはそこに物資を送ったって言ってたよ。……それって、どういうことなの?」
ふゆが、赤くなった目をこすりながら尋ねる。
『位相の重なり合いを利用した、アストライア側からの強引な物質転送をしたということでしょう……。ここからは私の推測ですが、それほど大規模な質量と情報データが、新宿ダンジョンの深淵に突如として出現したとすれば、当然、ダンジョン内の魔力バランスは大きく崩壊します』
黄龍の解説に、ドレイクがハッとしたようにタバコの煙を細く吐き出した。
「おい、まさか……」
『ええ。今朝、彩斗美殿が急遽協会本部へと召集された理由。……『新宿ダンジョンにおける、観測史上最大規模の魔力異常とスタンピードの兆候』。その原因は、十中八九、ご両親が送った支援物資とデータ群による、位相の過負荷によるものでしょう』
「お、お父さんたちが送ってくれた荷物のせいで、新宿が爆発しそうになってるってこと!?」
結羽が目を丸くして叫ぶ。
「カッカッカ! こいつは傑作だぜ!!」
ドレイクは腹を抱え、深淵の底に響き渡るほどの豪快な笑い声を上げた。
「俺の孫娘も、とんでもねえ大爆弾を落としてくれたもんだ! 親が子を思って送った仕送りが、国最大の魔境をスタンピードの危機に陥らせてるとはな! スケールがデカすぎて笑うしかねえぜ!」
「笑い事じゃないですよ、おやっさん! もし本当に新宿でスタンピードが起きたら、お父さんたちが送ってくれた大切な物資も、手がかりのデータも、魔獣の波と一緒にメチャクチャになっちゃうかもしれないじゃないですか!」
結羽が慌てて抗議する。
「ああ、違いねえ。それに、地上じゃ彩斗美嬢ちゃんが、その大騒動の尻拭いのための会議に出てる最中だ。こりゃあ、のんびりしてる暇はねえな」
ドレイクはタバコを携帯灰皿に揉み消し、首に巻いたタオルをグイッと力強く締め直した。
「おい、結羽、ふゆ」
「「はいッ!」」
「親が待ってる場所に、バケモンが溢れ出そうとしてるんだ。なら、俺たち『よろず屋』がやるこたぁ一つしかねえよな?」
「はいッ! 全部まとめてお掃除して、お父さんたちの荷物を受け取りに行きます!」
「わたしも、完璧なルートでお姉ちゃんたちを最下層までナビゲートするよ!」
結羽とふゆの瞳には、もはや一滴の不安も迷いもなかった。
両親が生きている。
そして、自分たちを待っている。
その事実だけで、今の彼女たちは、いかなる神話級の魔獣や理不尽なシステムをも物理で粉砕できるほどの、圧倒的な熱量と覚悟に満ちていた。
「よし! なら、さっさとここのガラクタを俺の"巣"に放り込んで、大掃除を終わらせちまおう。そんで野田に帰って、彩斗美嬢ちゃんと合流するぞ。次なる戦場は、新宿だ!」
「はいッ!!」
アストライアの遺物と狂気のシステムが眠っていた深淵の底。
そこにはもう、重苦しい絶望の空気は微塵も残っていなかった。
ただ、家族への愛と、理不尽を叩き割るという最高に前向きな闘志だけが燃え上がっている。
結羽は仙気を纏って黄金の輝きを放つ如意黒閃をしっかりと背負い直し、ふゆと手を繋いだ。
その背中を、ドレイクが頼もしく見守る。
動画レターのメッセージによって完全に繋がった、地球とアストライアの家族の絆。
それは、世界を揺るがす未曾有のスタンピードという危機を伴って、よろず屋パーティーを次なる最大の舞台――『新宿ダンジョン』へと導いていくのだった。




