第154話 異世界からの動画レターと、『新宿で待つ』(前編)
群馬県・赤城山ダンジョンの最下層、そのさらに奥底に秘匿された『深淵層』。
かつてアストライアの二大国が遺した狂気の兵器処分場――その中枢であるコントロールセンターにて、ふゆの震える指がタワー型のメインコンソールのボタンを押し込んだ。
巨大なメインモニターが暗転し、ザザッ、という荒い砂嵐のノイズが走る。
結羽は両手を胸の前で強く組み合わせ、祈るように画面を凝視していた。
ドレイクもまた、腕を組み、鋭い黄金の龍眼でモニターを見据えている。
数秒のノイズの後、ピピピッという電子音と共に、画面のノイズが晴れ、一つの映像が結像した。
「あっ……!」
結羽の口から、短い悲鳴のような声が漏れた。
モニターに映し出されたのは、どこか中世ヨーロッパの貴族の館を思わせる、重厚で豪奢な執務室のような空間だった。
そしてその画面の中央には、二人の人物が立っていた。
美しいがどこか猛禽類のような鋭さと、確かなド根性を感じさせる気丈な女性。
その隣には、元ゼネコンの現場監督らしい、がっしりとした体格の優しそうな男性。
アストライアの最高級の絹で仕立てられたであろう、豪奢な商人の装束を見事に着こなしているその二人の顔を、結羽とふゆが間違えるはずがなかった。
「お母さん……! お父さん……っ!」
結羽の目から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。
ふゆもモニターにへばりつくようにして、ぼろぼろと泣きながら画面の二人に手を伸ばした。
三年間。
野田ダンジョンのスタンピードに飲み込まれ、もう二度と会えないかもしれないと絶望の淵に追いやられていた、愛する両親の姿がそこにあった。
映像の中の母親――前山田明は、カメラに向かって優しく、けれどどこか力強く微笑みかけた。
『結羽、ふゆ……。メッセージ、ちゃんと受け取ったわよ』
スピーカーから響いたその声は、三年前のあの日から少しも変わっていない、結羽たちをいつも温かく包み込んでくれた、大好きな母親の声だった。
『本当に……本当にびっくりしちゃったわ。あんな手書きの手紙が、各ギルドのメインネットワークのド真ん中に割り込んでくるなんて。……結羽もふゆも、無事で……生きていてくれて、本当にありがとう』
映像の中の明が、手で口元を覆い、涙を堪えるように声を震わせる。
隣に立つ父親の信彦も、真っ赤な目で何度も力強く頷き、目頭を拭っていた。
「生きてる……お母さんたち、本当に生きてるよぉ……っ」
ふゆが結羽の腰に抱きつき、結羽もふゆの頭を抱え込みながら、ボロボロと涙を流し続けた。
『お父さんもお母さんもね、こっちの世界に一緒に飛ばされちゃった人たちとも協力して、しっかり生きているわよ。……最初は言葉も通じなくて大変だったけど、今は商会を動かして、ダンジョン探索隊を支援したり、こっちの世界のインフラを整備したりしているわ』
明は、少しだけ誇らしげに、そして子供たちを安心させるように胸を張って言った。
「カッカッカ! てぇした面魂じゃねえか。異世界で漂流者から巨大商会のトップにまで上り詰めるド根性、大したもんだぜ」
背後で見守るドレイクが、呆れたように、けれど心底嬉しそうに牙を剥いて笑う。
富士川の血を引き、火龍の加護を色濃く受け継いだ女傑。
その逞しさは、結羽の決して折れない闘志と完全に重なるものがあった。
『こちらの技術と魔力では、次元の壁を越えて、そんなに長い動画データは送れないの。だから、手短に重要なことだけを言うわね』
映像の中の明が、スッと表情を引き締め、巨大商会を率いるトップとしての鋭い眼差しに切り替わった。
『アストライアの大規模ダンジョンの深淵層に、アストライアから地球側を観測できるほどの、大規模な『位相の重なり』を見つけることができたの』
その言葉に、黄龍の宝珠がハッとしたように強い光を放った。
『やはり……! 砂時計のくびれを通じて、位相が完全にリンクする特異点が存在したのですね……!』
『こちらから干渉できるレベルで、最大限の物資と、この世界の謎の解明に繋がりそうなデータ類を搬入したわ』
明は、カメラ越しに真っ直ぐに結羽たちの瞳を覗き込むようにして言葉を続ける。
『受け取って、あなたたちのダンジョン探索に役立ててちょうだい。……こちらから観測できた、地球上での位相が重なり合うポイントは――『新宿ダンジョン』の最下層よ』
「新宿、ダンジョンの……最下層……!」
結羽が、涙に濡れた顔を上げ、その言葉を反芻した。
『結羽、ふゆ。……絶対に、再会するわよ。待っててなんて言わない。行動するわよ。お父さんとお母さんも、絶対にあなたたちに会いに行くからね』
映像の最後。
明と信彦は、カメラに向かって、世界で一番優しく、そして誇らしげな笑顔を見せた。
『三年間、二人だけで……本当によく頑張ったわね。……あなた達は、私たちの誇りよ』
ザザッ……。
その言葉を最後に、動画データは限界を迎え、ノイズと共に映像が完全に途切れた。
メインモニターは再び暗転し、コントロールセンターの空間に深い静寂が訪れる。
「うわぁぁぁぁぁん!! お母さぁぁぁぁんっ!! お父さぁぁぁんっ!!」
静寂を破ったのは、ふゆの子供らしい、大きな号泣だった。




