第153話 深淵の処理層と、愚行の記憶(後編)
「野田の深淵は呪いや怨念が渦巻いていましたけど……ここは、命をただの部品として扱っているみたいな……本当にイヤな気分になりますね」
隣でふゆも、顔を青ざめさせて小さく身体を震わせた。
「うん……。呪いとは違うけど、機械と生き物を無理やり繋ぎ合わせて使い捨てたような、冷たくて残酷な気配がするね」
戦争という名目で、命すらも単なる兵器のパーツとして消費し、不要になれば大量に廃棄した狂気の痕跡。
それが数千年の時を超えて、空間をも重苦しく不快な領域へと変異させているのだ。
ドレイクは忌々しげに舌打ちをして、新しいタバコに火を点けた。
「……おやっさん。あっちの世界じゃ、こういうガラクタが当たり前のように空を飛んで、人が殺し合いをしていたんですか?」
結羽が、錆びた鋼鉄戦艦の残骸を呆然と見上げながら呟いた。
ドレイクは深くタバコを吸い込み、吐き出された白い煙が、サイロの澱んだ闇の中に消えていくのを静かに見送った。
「あっちじゃあ、この錆びて突き刺さってる戦艦と同型のやつが空を埋め尽くして、ただの一射で都市を一つ丸ごと消し飛ばしてやがった」
ドレイクの声は、地響きのように低く、冷徹だった。
「人が築き上げたあらゆる『理』を、より効率的に人を殺すためだけに動員した地獄の時代だ。そんなおもちゃを、奴らは最後まで制御できずに、この星に不法投棄しやがったんだよ」
『身体や思考への直接的な精神汚染はないとはいえ、決していい影響を与えるような光景ではありませんな』
ふゆのスマートフォンから、黄龍の風雅な、しかし静かな怒りと悲哀を帯びた念話が空間に響く。
『このようなものを使いきれないほど作り出し、その愚行が神の怒りに触れた後、無責任にも地中深くに埋めることしかできなかったのですよ。愚行の上に愚行を重ねたのです。結羽殿、ふゆ殿、どうかこの愚かさをあなた方は胸に刻んでおいてください……』
「はい……」
結羽は如意黒閃の柄を強く握り締め、深く頷いた。
自分たちの星を滅ぼすほどの兵器を作り、命を弄び、その尻拭いすらできずに異世界へとゴミを押し付けた傲慢な人間たち。
その果てに、ダンジョンという形で地球に魔獣と厄災が溢れ出したのだ。
そして現代の地球のトップギルドの連中もまた、安全装置の扱いも知らぬまま、この星を汚染する爆弾や軍事遺物を掘り起こしてありがたがろうとしている。
人間の業の深さと無責任さを前に、結羽は決意を新たにした。
世界を壊すようなガラクタは、わたしたち『よろず屋』が全部スクラップにしてやるのだと。
「俺たちがここに来た理由は、このゴミ掃除ももちろんあるが……本命はあの奥だ」
ドレイクがタバコの煙を吐き出しながら、サイロの底の中央を指差した。
そこには、野田ダンジョンの時よりもさらに巨大で複雑な、ネットワークの基幹中枢と思われるタワー型のコンソールがそびえ立っていた。
「さて、那須でアンテナを乗っ取り、妲己システムを基点とするダンジョンのネットワークを掌握した。ここなら、アストライアのメインサーバーへの接続も、より深く、そして安定して行えるはずだ」
ドレイクの言葉に、結羽とふゆの瞳に切実な希望の光が宿る。
三年前、野田ダンジョンの溢れ出しと位相崩壊に巻き込まれ、深層の奥深くへと消えた両親。
彼らへ向けて那須から放った『ボトルレター』への返信が、アストライアのネットワークの海から届いているかもしれないのだ。
「行きましょう、おやっさん。お父さんとお母さんからのメッセージを受け取りに」
結羽の言葉に、ドレイクが力強く頷く。
螺旋の足場を駆け下り、兵器の残骸が散乱するサイロの底を抜け、三人はついにタワー型のメインコンソールの前へと到達した。
ドレイクがマスター権限でシステムを起動させると、巨大なモニターに光華文字が滝のように流れ始める。
『――アクセスを承認。これより、アストライアのメインサーバーとの同期を開始します』
黄龍の念話と共に、ふゆがUIゴーグル越しにコンソールを操作する。
「あっちのネットワークからの受信履歴、探してみるね……」
アストライア大陸に張り巡らされた、冒険者ギルドや商業ギルドが共有する巨大なクエスト掲示板のデータベース。
その中から数多のログをサルベージするプログラムを走らせ、ノイズを払い除け、結羽たちが送信した霊波パターンと完全に一致する『宛先』を検索していく。
数十秒の、息の詰まるような沈黙。
「……お姉ちゃん。本当にお父さんとお母さんからお返事くるかな……?」
ふゆが、そっと結羽のスウェットの裾をぎゅっと握りしめ、不安そうに上目遣いで尋ねてきた。
「うん! 絶対に大丈夫だよ。きっと来てる。おやっさんに出会えて、ふゆが目を覚まして、私たちが全力で頑張ってきたから、ここに辿り着けたんだよ。神様がいるなら、絶対にご褒美があるよ!」
結羽は右手で、ふゆの小さな、温かい手を力強く、優しく包み込んだ。
三年間、ずっと冷たいベッドで眠っていた妹と、お荷物と蔑まれながらも泥にまみれて働き続けた自分。
それぞれが耐え抜いてきた孤独と痛みが、その手の温もりを通じて、一つの強固な絆へと昇華されていく。
『――ふゆ殿。受信しました。我々の送信したボトルレターと全く同じ霊波暗号キーを持つ、アストライアからの直接の『返信データ』です!』
「あった! あったよ、お姉ちゃん! 一週間前に、私たちが送ったボトルレターの宛先から、大容量のデータパッケージが届いてる!」
ふゆが歓声を上げ、素早くパスコードを入力してデータの復号化を試みる。
画面中央に表示されたプログレスバーが、じわじわとパーセンテージを上げていく。
「……ただのテキストデータじゃないね。この容量の大きさ、もしかして……」
ふゆの言葉通り、バーはゆっくりと進み、やがて100%に到達した。
『ファイルの復号化、完了。……ふゆ殿、結羽殿。これは、音声付きの『動画データ』です』
「動画……!」
黄龍の告げた言葉に、結羽の心臓が早鐘のように激しく打ち始めた。
三年間、夢にまで見たその瞬間。
死別したと諦めかけていた両親の、生きた姿と声が今、このモニターの向こう側に在るのだ。
「再生するよ……!」
ふゆが、震える指で再生ボタンとなるキーを押し込んだ。
コンソールの大型モニターが暗転し、ザザッというノイズと共に、一つの映像が映し出されようとしていた。




