第151話 S級緊急召集と、保護者の裏工作(後編)
――数時間後。
群馬県、赤城山ダンジョン。
佐修院家のお抱え運転手による、一切の揺れを感じさせない完璧な送迎によって赤城山ダンジョン前へと到着した結羽、ふゆ、ドレイクの三人は、かつて神話級魔獣・九頭猛毒龍と死闘を繰り広げた深層の工房跡を目指していた。
冷たく湿った空気が肌を刺し、毒結晶が洞窟内で淡く発光している。
とはいえ赤城山ダンジョンは、ヒュドラ討伐の折に、最奥のヒュドラ兵装修理工房で、ドレイク自らを『マスター』として登録したことで支配領域になっている。
ガーディアンの配置や自然型ダンジョンへの偽装もすでに済んでおり、ダンジョンマスターであるドレイクが同行している以上、本来であれば魔獣達が襲ってくることはない。
顔パスで最奥のコンソールまで安全に辿り着けるはずなのだ。
「ふぅーっ……! さあ、どっからでもかかってきてください!」
だが、結羽は両手首と両足首に装着された『縛仙環(2セット目)』の狂悪な超重力をミリ単位の仙気で制御しながら、今にも弾け飛びそうな笑顔で如意黒閃を構え、ウズウズと周囲を見回していた。
彼女の頭の中には、「お勉強よりバケモンと殴り合う方がずっと楽で楽しい」という、特級探索者としての脳筋な思考しかない。
その結羽の姿を後ろから見つめながら、ドレイクは冷や汗を流していた。
(やべえ……。俺がマスター権限を持ってるから敵が出ねえなんて言ったら、ストレスが発散できなくて、結羽がまたヘソを曲げて泣き出しかねねえ……)
ひ孫からの拒絶ダメージをもう二度と味わいたくない過保護な火龍は、こっそりと懐の黄龍へ念話を飛ばした。
『……おい黄龍。このエリアの防衛システムと、偽装されたリポップ魔獣たちを、マスター権限で『訓練モード(迎撃稼働)』として起動させろ。手加減はいらねえ、殺意マシマシで出せ』
『……承知いたしました、師父。結羽殿のストレスケアのためですね。では、マスターの同行者への高難度訓練プログラムとして、最大出力で展開します』
宝珠姿の黄龍からパルスが走り、システムへ干渉した瞬間、迷宮の通路に微震というにはやや強い揺れが走り、天井や壁からぱらぱらと埃や破片、崩れて割れた毒結晶が舞った。
そして凶悪な魔獣たちが次々と姿を現し、一斉に結羽へと殺意を向ける。
「わぁっ! いっぱい出てきました! やったー!」
結羽は歓声を上げ、まるで遊園地のアトラクションに駆け出す子供のように、満面の笑みで魔獣の群れへと飛び込んでいった。
「重力加速度の計算より、バケモンの軌道の方がずっとシンプルーッ!!」
ズドォォォォンッ!!
結羽が床を蹴った瞬間、縛仙環の超重力が『面』の歩法によって絶大な推進力へと変換され、彼女の身体が砲弾のように宙を舞う。
そして、仙気を纏って黄金に発光する『如意黒閃』が、未知の合金装甲を持つ防衛兵器の頭部を、まるで紙屑のようにあっさりと粉砕した。
「右から三体、背後から二体……! 数学の公式に当てはめれば、ここが死角!」
凄まじい速度で魔獣の連携を読み切り、急所を的確に打ち砕いていく結羽。
出力の上がった縛仙環で鍛え抜かれ、黒鋼の組み込まれた最強の武装を手にした彼女にとって、かつて苦戦した強敵たちすら、もはやストレス発散のための「サンドバッグ」でしかなかった。
「あー……強くなりすぎだろ、ウチのひ孫は」
ドレイクは、笑顔で魔獣をミンチに変えていく結羽の無双っぷりを眺めながら、呆れたようにタバコの煙を吐き出した。
その時だった。
「おやっさん」
最後尾でUIゴーグルを展開し、スマートフォンの画面を見つめていたふゆが、トコトコとドレイクの側へ歩み寄ってきた。
彼女の瞳の奥では、『魔力視』の淡い光が知的に瞬いている。
「……あの魔獣たち、黄龍先生に頼んで『訓練モード』で出してるでしょ?」
「こ、こりゃあそのだな……」
ドレイクの肩がビクッと跳ねた。
ふゆの天才的な演算能力と魔力視は、魔獣たちの魔力波形に微かに混じる「システムからの制御信号」の痕跡を、完全に見抜いていたのだ。
「ば、ばれたか。……いや、あいつがお勉強のストレスで爆発寸前だったからよ、適当なガス抜きが必要だろ?」
ドレイクがバツが悪そうに頭を掻くと、ふゆはドレイクの正面に立ち、小さく、けれどとても丁寧にお辞儀をした。
「お姉ちゃんが、苦労をかけます」
ぺこり。
それは、十歳の子供とは思えない、姉を想う妹としての、大人びた気遣いと感謝の言葉だった。
自分の姉がどれだけ不器用で、真っ直ぐで、そしてドレイクに甘えているかを、ふゆは誰よりも理解しているのだ。
その小さな背中と真っ直ぐな瞳に、数千年の時を生きる火龍は、思わず目を丸くした。
「……まぁ、なんだ……」
ドレイクは照れ臭そうに視線をそらしながら、大きな手でふゆの頭をわしわしと乱暴に、けれどどこまでも優しく撫で回した。
「ふゆ、お前さんがうんと賢いってのは重々承知の上で言うが……あんまり気を回し過ぎたり、早く大人になろうとしなくていいんだからな。俺たち大人がいるうちは、子供は子供らしく、甘えりゃいいんだよ」
ドレイクの不器用な優しさに、ふゆは嬉しそうに目を細めた。
「……うんっ! えへへ」
ふゆのひまわりのような笑顔が、薄暗い深淵の迷宮をパッと明るく照らす。
最強の姉と、賢すぎる妹。
そして過保護な火龍。
彼らの絆は、どんな暗闇の中でも決して揺るぐことはない。
「お掃除、完了ですーっ!!」
やがて、通路の魔獣たちを文字通り物理で「一掃」した結羽が、一滴の汗もかかずに、スッキリとした最高の笑顔で戻ってきた。
昨夜の幼児退行の面影は微塵もなく、活字地獄のストレスを完全に発散しきった特級探索者の誇らしい姿がそこにあった。
「カッカッカ! 気分は晴れたか、結羽」
「はいッ! やっぱりバケモンを全力で殴るのが一番の息抜きです!」
「よし、それじゃあいよいよ、一番奥のコンソールにご対面といくか」
ドレイクが顎でしゃくった先には、重厚な金属の扉が静かに口を開けている。
地上で大人の政治闘争が始まる中、地下の深淵では、異世界からの『返信』を受け取るための運命のダイブが、今まさに始まろうとしていた。




