第141話 独立Aランクの栄光と、天才オペレーターの帰還(後編)
妹のあまりの天才っぷりと、それを当然のようにやってのける規格外の実行力。
結羽は一瞬唖然としていたが、手元にあるピカピカの『Aランクギルドカード』の感触が、彼女の闘争心とド根性に火をつけた。
(ふゆが中等部までスキップしたなら……わたしだって!)
「よーし! ふゆに負けてられないね! わたしも!」
結羽は両手で自身の頬をパンッと叩き、気合を入れた。
「わたしも高校をスキップ卒業して、立派なAランク探索者としてダンジョンの仕事に専念します!」
◆◆◆
その日の午後。
結羽は、両手首と両足首に嵌められた『縛仙環(2セット目)』の狂悪な超重力をミリ単位の仙気で必死に相殺しながら、自身の通う『野田覚醒者育成学園・ダンジョン科』の教務課へと意気揚々と乗り込んでいた。
以前よりもさらなる出力増強が施された2セット目の黒鋼の枷は、ただ歩くだけでも結羽の筋肉と骨格に悲鳴を上げさせるほどの負荷を強いている。
廊下ですれ違う生徒たちが、那須ダンジョンでの偉業の噂を聞きつけて結羽に畏敬の視線を向けていたが、今の彼女の心は自らの輝かしい未来への希望に満ち溢れていた。
「――というわけで、これが『独立Aランクギルド・よろず屋ドレイク』の所属証明と、わたしの特級ライセンスです! これで『特例・スキップ卒業認定試験』を受けさせてください!」
結羽は教務課のカウンターに、Aランクギルドのカードと特級ライセンス、そして綺麗に記入された申請書をバンッと叩きつけた。
申請書には先日、有馬の施設で暮らす祖母の一美による署名と押印もしっかりと入っている。
教務課のベテラン職員は、提出されたそれらの輝かしい証明書を手に取り、大きく息を呑んだ。
「独立Aランクギルドの所属証明、そして特級探索者のライセンス……。さらに那須ダンジョンにおける神話級亜種討伐の特記事項まで……」
職員は眼鏡を押し上げ、結羽の顔をまじまじと見つめた。
かつて「ハズレ枠」と呼ばれた少女が、今や日本トップクラスの戦士として目の前に立っている。
「前山田さん。書類に不備はありませんし、探索者としての実績も十分すぎます。もはや学園があなたに教えられる実技は存在しないでしょう。文句のつけようがありません」
(やった! これでわたしもふゆみたいに、面倒な座学から解放されて、おやっさんたちとのダンジョンアタックに専念できる!)
結羽の顔がパァッと明るく輝いた。
「……ですが」
職員の表情が、スッと冷徹な教育者のそれへと変わった。
彼はカウンターの下から、結羽の個人ファイル――分厚い出席簿と成績表の束を取り出し、結羽の目の前にドサッと広げた。
「前山田さん。あなたは関西への遠征や那須での長期アタックの影響で、出席日数が絶望的に足りていません。加えて、一般教養の単位と、先日の定期テストの成績も圧倒的な赤点だらけです」
「えっ……?」
「特級探索者であろうと、Aランクギルドの所属であろうと、学園の規定は規定です。ペーパーテストと単位の壁は、ダンジョンの魔獣のように力でねじ伏せることはできません」
職員は、無慈悲な現実を結羽に突きつけた。
「前山田さん。スキップどころか、あなたは出席日数と単位と成績が足りないため……このままだと、間違いなく留年しそうですよ」
「――そ、そんな!! わたし、お姉ちゃんなのに!!」
教務課の静かなフロアに、特級探索者の悲痛な絶叫が響き渡った。
◆◆◆
夕暮れ時の前山田家。
リビングのソファには、縛仙環の重力制御すら忘れたかのように、完全に真っ白に燃え尽きて突っ伏している結羽の姿があった。
ズンッ、とソファのクッションが彼女の腕と脚の重みで深く沈み込んでいるが、今の結羽にはそれを気にする気力すら残っていなかった。
「カッカッカッカ!! 傑作だぜ! 神話級のバケモンは物理で粉砕できるのによぉ、紙切れ一枚とペーパーテストには勝てねえのか!」
報告を聞いたドレイクは、ビールを吹き出しそうになりながら腹を抱えて大爆笑している。
黄龍も『……システムとは、時に魔獣よりも冷酷なものですな』と、どこか楽しげに明滅していた。
「うぅぅ……笑い事じゃないですよ、おやっさん……。留年なんてしたら、特級探索者としてのメンツが丸潰れです……」
結羽がクッションに顔を埋めて呻いていると、キッチンから冷たい麦茶の入ったグラスを二つ持ってきたふゆが、トコトコと歩み寄ってきた。
「はい、お姉ちゃん。冷たい麦茶だよ」
「……ありがとう、ふゆ」
結羽が力なくグラスを受け取ると、ふゆは小首を傾げ、悪気のない、純粋な無邪気さで口を開いた。
「ねえ、お姉ちゃん。もし本当にお姉ちゃんが留年しちゃったら……」
「……?」
「わたし、中等部までスキップ卒業しちゃったから、春からは高校のダンジョン科に編入することになるんだよね。ってことは……」
ふゆは、にっこりとひまわりのような笑顔を向けた。
「春からは、お姉ちゃんとわたし、高校の『同級生』になっちゃうよ?」
「――ッ!!」
結羽の心に、神話級魔獣のブレスよりも鋭く、重い、致命的な一撃が突き刺さった。
「いやだぁぁああああッ!! わたし、お姉ちゃんなのにぃぃぃぃッ!!」
広域洗脳のアンテナを粉砕し、特級の称号とAランクギルドの栄光を手にしたばかりの少女。
しかし彼女の前に立ちはだかったのは、異世界の兵器でも神話のバケモノでもない、等身大の十五歳の女子高生としての「学力と単位不足」という、最高に理不尽でリアルな壁だった。
新生よろず屋パーティーの平和な日常の裏側で、結羽の「絶対に留年を回避する」ための過酷なスパルタ補習地獄が、今、絶望と共に幕を開けようとしていた。




