第140話 独立Aランクの栄光と、天才オペレーターの帰還(前編)
栃木県・那須の殺生石ダンジョンにおける広域洗脳アンテナ『九尾の狐』の完全粉砕。
そして、日本のネットワークを掌握し、異世界アストライアにいる両親へ向けた通信の成功。
この国を覆っていた巨大な悪意のシステムを修理するという、途方もない大仕事を成し遂げた新生よろず屋パーティーが、千葉県野田市のマンションへと凱旋してから数日が経過していた。
その日の午前。
前山田家のリビングから続く、よろず屋『ドレイク』の工房には、いつものように隙のない燕尾服に身を包んだ佐修院家の万能執事・黒田が、重厚なジュラルミンケースを持参して恭しく直立していた。
「前山田様、ドレイク様。……本日は、関東ダンジョン協会本部より、非常に喜ばしい通達をお持ちいたしました」
黒田がジュラルミンケースのロックを解除し、そっと蓋を開ける。
中には黒いベルベットのクッションが敷かれ、その中央に、特殊な魔導金属――純プラチナ合金をベースに虹色のホログラム加工が施された、真新しい二枚のカードが鎮座していた。
「こ、これって……!」
結羽は息を呑み、瞬きすら忘れてそのカードを見つめた。
「はい。那須ダンジョンにおける神話級亜種の討伐、並びに『赤銅の牙』をはじめとする多数の探索者の救出と魔力異常の完全鎮圧。……この前代未聞の功績に対し、協会本部の会長より特例決裁が下りました」
黒田はカードを一枚ずつ、結羽とドレイクの前に差し出す。
「これより、貴方様のパーティーは個人の枠を超え、一つの法人として正式に認可されます。……おめでとうございます。本日をもって『独立Aランクギルド:よろず屋ドレイク』の設立でございます」
本来であれば、長年の実績と数百人規模の優秀な人員を抱えて、莫大な税金と手続きを経てようやくたどり着くことができるのがAランクギルドという座である。
それを、たった四人のパーティーが特例中の特例で飛び級昇格を果たしたのだ。
カードの表面には、ドレイクがかつて木彫りで作った『よろず屋』の看板の文字をベースにした、彼らだけの公式ギルドエンブレムが美しく刻印されていた。
「す、すごい……! わたしたちのギルドの、専用カード……!」
結羽は両手でカードを受け取り、指先でエンブレムの凹凸をなぞりながら感極まったように声を震わせた。
かつて,万年レベル1のハズレ枠として蔑まれていた少女が、ついに国と協会から最高峰のギルドマスターの一人として認められた瞬間だった。
「カッカッカ! まぁ、日本のトップでふんぞり返ってるクランとやらに喧嘩を売るための、最低限の『看板』ってやつだな。これで名実ともに、誰の目も気にせず派手に暴れ回れるってわけだ」
ドレイクはカードを無造作にジャージのポケットへ放り込み、満足げにタバコの煙を吐き出した。
「黒田、彩斗美嬢ちゃんにもよろしく伝えておいてくれ。最高の根回しだったってな」
「ははっ。お嬢様もご自身のコマンダーとしての所属先が箔のついたものになり、大変お喜びでした」
自分たちの実力が、表の社会のシステムからも最高峰のギルドとして認められた瞬間。
結羽がその喜びに浸り、新たな武器である黒鋼を組み込んだ如意棍棒改め『如意黒閃』の手入れを始めようとした、まさにその時だった。
ガチャリ。
玄関の扉が開く音がして、パタパタという軽い足音がリビングへと近づいてくる。
「ただいまー! 退寮手続きもしてきたよー!」
リビングに顔を出したのは、自身の背丈の半分ほどもあるキャリーケースを引いた、妹のふゆだった。
「えっ!? ふゆ!?」
結羽は目を丸くして立ち上がった。
ふゆは、佐修院家が運営に深く関わる『覚醒者特別育成学園・初等部』の全寮制施設に特待生として入寮していたはずだ。
週末でもない平日の昼間に、しかも大荷物をまとめて帰ってくるなどあり得ない。
「ちょ、ちょっとふゆ、どうしたの!? もしかして寮で意地悪されたとか!? それともご飯が口に合わなくて……」
結羽が慌てて駆け寄ろうとするが、ふゆはニコニコと笑いながらキャリーケースから手を離し、胸を張った。
「ううん、違うよお姉ちゃん! 先日ビデオ通話した時、わたし言ったでしょ? 『せっかく入学させてもらったけど、ちゃちゃっと卒業して来ちゃうね!』って」
「えっ、あ、うん。言ってたけど……あれって冗談じゃ……」
「中等部卒業まで、全部スキップしてきたよー! これで探索許可証も、今までみたいな見学用の『研修生』じゃなくて、ちゃんと『ランク付き探索者』になれるから、近いうちに協会の資格取ってきちゃうね!」
ふゆはポケットから、結羽たちが先ほど受け取ったのと同じような、学園のホログラム印が押された分厚い証明書を取り出して、誇らしげに掲げた。
「……は?」
結羽の思考が完全に停止した。
数ヶ月前に入学したばかりの十歳の少女が、初等部どころか中等部の全カリキュラムを飛び級で修了し、すでにランク付き探索者の資格取得にリーチをかけている。
『ふゆ殿の天才的な演算能力と私のサポートがあれば、あのような前時代的なカリキュラムなど造作もないことでした』
ふゆのスマートフォンから、黄龍の風雅な合成音声が誇らしげに響く。
『座学のテストは全て数分で満点。実技シミュレーションも、学園のネットワークシステムに少々干渉して特級相当のスコアを叩き出しましたからね。学園側も、もはや彼女を中等部に留めておく理由がなくなり、特例でのスキップ卒業を認めざるを得なかったというわけです』
「カッカッカ! さすがは俺たちのオペレーターだ。最高に頼もしいぜ」
ドレイクが腹を抱えて豪快に笑い飛ばす。
「素晴らしい。……ふゆ様のその途方もない知能と決断力、我が主である彩斗美お嬢様もさぞかしお喜びになられるでしょう」
黒田もまた、呆れを通り越して深い感嘆の息を漏らし、深々と一礼した。




