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第139話 黒鋼の昇華と、絶望の予備装着(後編)

 カンッ! カンッ! ガァァンッ!!


 火花ではなく、黄金色の魔力の粒子が工房の空間に飛び散る。


 ミスリルとアダマンタイトの合金で作られていた鈍い銀色の如意棍棒。


 その内部の芯材として熟成された黒鋼が浸透し、さらに表面の意匠――光華文字と魔術回路の溝に沿って、黒鋼が漆黒のラインとなって美しく定着していく。


「結羽、今だ! 気を流し込め!!」


「はいッ!!」


 結羽は両手を如意棍棒にかざし、全身の経絡をフル稼働させて、己の仙気を奔流のように打ち込んだ。


 自分の分身とも言える黒鋼が、元の棍棒の素材と完全に結びつき、一つの強固な『理』として昇華していく感覚。


 熱と光が収束し、冷却の蒸気が晴れた後。


 作業台の上には、一振りの新しい武器が鎮座していた。


 鈍い銀光を放つ本体に、血管のように脈打つ漆黒のラインが刻み込まれた、新生『如意棍棒』。


 先端のアタッチメント機構も強化され、『槍の穂先』『骨の牛刀』や『鎖分銅』への換装もさらにスムーズに行えるように最適化され、頑丈になっている。


 それは、ただそこにあるだけで、周囲の空間がズンッと重くなるような、神話級の威圧感を放っていた。


「完成だ。……持ってみな」


 ドレイクがタオルで汗を拭いながら、顎でしゃくる。


 結羽はゴクリと喉を鳴らし、そっと新生・如意棍棒の柄を握りしめた。


「――えっ?」


 結羽は、目を丸くして思わず声を漏らした。


 重くないのだ。


 あれほどの質量を誇る黒鋼が溶け込んでいるのだから、以前よりも遥かに途方もない重さを有しているはずだ。


 事実、結羽が棍を片手で持ち上げて軽く振るっただけで、空気が『バオンッ!』と爆ぜるような恐ろしい風圧が発生した。


 だが、結羽の手に伝わってくる感覚は、まるで自分の腕の延長線にあるかのように、信じられないほど軽く、そしてしっくりと馴染んでいた。


「すごい……! 前より絶対に重いはずなのに、羽みたいに軽いです! それに、少し仙気を流しただけで、棍の先まで完全に私の意志が通ってます!」


「カッカッカ! 当たりめえだ。お前さんの仙気をたっぷり吸って育った素材だからな。反発ゼロの、結羽専用の超特注品だ」


 結羽がふたたび軽く棍を振るうと、黒鋼が溶け込んだ漆黒のラインに仙気が走り、まるで空間を切り裂く『黒い閃光』のような鋭い軌跡を残した。


「……おやっさん。この新しい相棒に、名前をつけていいですか?」


 結羽が期待に満ちた瞳でドレイクを見上げる。


 かつて『闘魂棒』『如意棍棒』と名付けてくれたのは師匠であるドレイクだったが、今、完全に自分の仙気と理を同化させたこの武器は、自らの手で名を冠したいという戦士としての誇りの表れだった。


「カッカッカ! おう、てめぇの分身だ。好きに呼びな」


「はいッ! ……私の意志(如意)のままに、この黒鋼の閃光で、どんな理不尽も叩き割る。――今日からお前は、『如意黒閃(にょいこくせん)』だ!」


 結羽の宣言に呼応するように、如意黒閃がブォンッ、と力強い黄金の魔力音を鳴らした。


「『如意黒閃』! すっごくかっこいいよお姉ちゃん!」


 姉の新しい武装を見に来たふゆも目を輝かせて拍手をする。


 結羽が感動のあまり頬を紅潮させ、棍を抱きしめるようにして喜ぶ。


「おやっさん……本当に、ありがとうございます! これで、もっともっと強くなれます!」


 結羽は深々と頭を下げ、満面の笑みを浮かべた。


 最強の武器を手に入れ、さらに四六時中彼女を苦しめていたあの理不尽な超重力の枷からも解放されたのだ。


「ああ、ようやくこれで、あの重い枷から解放されるんですね……! 明日から、普通に歩いたり、新幹線でちゃんと椅子に座ったりできるんだって思うと、夢みたいです!」


 結羽が歓喜の涙を拭い、普通の女子高生のような笑顔を見せた、まさにその時だった。


 カシャッ。


 カシャッ。


 カシャッ。


 カシャッ。


「――え?」


 結羽の顔から、スッと表情が抜け落ちた。


 気がつけば、彼女の両手首と両足首には、先ほど炉に放り込んだはずの枷と全く同じ形状をした――否、それよりもさらに分厚く、禍々しい黒光りを放つ、真新しい『縛仙環』が、ガッチリと嵌められていたのだ。


「なっ、えっ!? お、おやっさん!? これ、どうして……!? うわ! 重いッ!」


 結羽がパニックになって尋ねると、ドレイクはきょとんとした顔で、さも当然の事実を述べるように言った。


「何言ってんだ? 武器が育って新しくなったってことは、お前さんの仙気の出力もさらに一段階上がるってことだ」


 ドレイクは、新しいタバコに火を点け、紫煙を吐き出しながら、極悪非道な悪魔のロジックを事も無げに口にした。


「出力の上がった2セット目の縛仙環(予備)も育てておかねえと、次に武器をアップデートする時に困るだろ?」


「そ、そんなぁぁぁぁぁっ!?」


 ズガァァァァンッ!!


 先ほどまでの解放感は一瞬で消え去り、結羽の身体は、1セット目よりもさらに狂悪にチューンナップされた超重力によって、カエルのように無残に床へと押し潰された。


「お、重い……! 前より、絶対重いぃぃぃ……ッ!」


「当たり前だ。お前さんの出力向上に合わせて負荷も上げてあるからな。明日からまた、そいつを着けてなんでもないように振る舞う修行のやり直しだ」


 ドレイクは床に張り付いてプルプルと震える弟子を見下ろし、最高に楽しそうに牙を剥いて笑った。


 歓喜からの絶望。


 理不尽を極めた地獄の修行(日常)は、終わるどころか、難易度を上げてそのまま続行されるのだった。


「さあて、武器のアップデートも無事に済んだことだしな!」


 ドレイクは、絶望の淵で呻く結羽の背中をバンッと叩いた。


「腹も減った! 明日の飯は彩斗美嬢ちゃんも呼んで、野田のヤサで仕切り直しだ! 今日はゆっくり休めよ!」


「は、はいぃぃ……ッ! (休むって言っても、お布団が抜けないように仙気練らなきゃいけないのにぃぃ……ッ)」


 最強のバディと、鬼畜すぎる師匠。


 日本の広域洗脳ネットワークを掌握し、異世界への希望の光を繋いだ彼らの過酷にして痛快な日常は、次なる大冒険(深淵)に向けて、まだまだ休むことなくばく進していくのだった。




 (第6章:完)

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