第137話 同位同食と、異世界へのボトルレター(後編)
結羽とふゆは、コンソールの脇の平らな石の台にスケッチブックを広げた。
二人はマジックを握り、少しだけ震える手で、真っ白な紙に大きく、力強い文字を書き込んでいく。
異世界の言語でもなく、無機質な電子テキストでもない。
彼女たちの体温と、三年間ずっと胸に秘め続けてきた想いがこもった、不器用で、真っ直ぐな『日本語の手書き文字』。
『お父さん、お母さんへ。
わたしたちは元気です。
絶対に見つけにいくからね。待ってて!
20X6年8月 結羽・ふゆ より』
書き終えた結羽の目から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちて、スケッチブックの隅を小さく濡らした。
隣でふゆも、ぐしぐしと目をこすりながら泣き笑いのような表情を浮かべている。
ドレイクは、二人の頭を大きな手で乱暴に、けれどどこまでも優しく撫でた。
「よく書けたな。……黄龍、こいつを画像データとしてスキャンしろ」
『承知いたしました、師父』
黄龍の宝珠が淡い光を放ち、手書きのメッセージが瞬時に高解像度の画像データとして取り込まれる。
「ふゆ、宛先はどうする?」
「宛先は……『マエヤマダ・インターナショナル・ホールディングス 会長・社長宛』! 依頼ランクは最高峰の『特級依頼の指名』にして、アストライア中のギルド掲示板のトップに強制表示させるようにプログラムを組むよ!」
ふゆが涙を拭い、天才オペレーターとしての鋭い眼差しでホログラムキーボードを叩きまくる。
システムに偽装した、最高級のハッキング。
『送信経路、確立。防壁の迂回ルート確保。……ふゆ殿、いつでもいけますよ』
「いくよ……送信ッ!!」
ふゆが、力強くキーボードを叩き込んだ。
ピッ、という電子音と共に、コンソールの魔力回路が爆発的な光を放った。
画像データに変換された手書きのボトルレターは、妲己システムの巨大なアンテナと、結羽たちの極限まで高められた霊波の増幅を受け、次元の壁を物理的な質量すら伴うような勢いで突き抜け、アストライアのネットワークの海へと放たれていった。
「……飛んでいった」
結羽が、青白く光るコンソールの画面を見つめながら、静かに呟いた。
「ああ。間違いなく、届くはずだ」
ドレイクがタバコの煙をゆっくりと吐き出しながら、深く頷いた。
◆◆◆
大掃除と、異世界への通信という特大のミッションを完遂したよろず屋パーティーは、殺生石ダンジョンの有毒ガスと幻術の海を抜け、ようやく地上のベースキャンプへと帰還した。
厳重な防護結界に守られたプレハブ施設の入り口では、黒田をはじめとする佐修院家のスタッフたちが、安堵の表情で彼らを出迎えた。
「皆様、ご無事で何よりでございます……!」
黒田が深く一礼する。
「ああ。厄介なアンテナは完全にぶっ壊してやった。これでこのダンジョンも、ただの臭え岩穴に戻るだろうよ」
ドレイクが肩をすくめて言うと、黒田はほっと胸を撫で下ろした。
そして、その黒田の後方から、痛々しい包帯姿の男たちが、ふらつく足取りで歩み寄ってきた。
北関東のAランクギルド『赤銅の牙』の面々だった。
彼らは、結羽たちの姿を認めるなり、揃ってその場に膝をつき、深々と頭を地面に擦り付けた。
「……本当に……本当に、申し訳ありませんでした……ッ!」
ギルドマスターと思われる大柄な男が、震える声で絞り出すように言った。
「俺たちは……どうかしていた。ダンジョンの奥にある異世界の兵器やアーティファクトを手に入れれば、Sランクになれる、天下が取れるって……そんな幻覚に魅入られて、仲間同士で殺し合いを……ッ」
男の目からは、後悔と懺悔の涙がボロボロとこぼれ落ちていた。
妲己システムの洗脳波と幻術によって野心を暴走させられ、醜い同士討ちの果てに、結羽たちに強制的に制圧・救出された彼ら。
正気に戻り、医療テントで解毒と治療を受けた彼らは、自分たちがどれほど愚かで恐ろしい行いをしていたのかを、痛いほどに自覚していた。
「……あんな幻に踊らされて……あんたたちに助けられなかったら、俺たちは間違いなく、この狂った穴蔵の底で全滅していた。命を救っていただき、本当に……ありがとうございました……ッ!」
男たちの悲痛な謝罪と感謝の言葉に、彩斗美が静かに一歩前に出た。
かつて日本の頂点に立ったコマンダーの、冷徹で、しかしどこか慈愛を帯びた眼差しが彼らを見下ろす。
「野心を抱くこと自体は、探索者として悪いことではないわ。けれど、自分たちの身の丈に合わない力や、出所も知れない古代のガラクタに縋ろうとすれば、必ず破滅が待っている。……今回の件を教訓に、己の足で正しく立つ努力をしなさい。あなたたちは、まだやり直せるわ」
「……はいっ……!! 肝に銘じます……ッ!」
男たちが、涙を拭いながら力強く頷く。
「カッカッカ! いい説教だぜ、彩斗美嬢ちゃん。……さあ、湿っぽい話はここまでだ!」
ドレイクが、背負っていた巨大なクーラーボックスをバンッと叩いた。
「野田のヤサに帰るぞ! 大仕事のあとは、ゆっくり休んで英気を養わなきゃなんねえからな!」
「はいッ!!」
「お家のお風呂に入りたーい!」
結羽とふゆの、最高に明るい返事が、那須の山々に響き渡る。
広域洗脳のアンテナを粉砕し、世界のバグをまた一つ修理した『新生よろず屋パーティー』。
異世界へ放たれたボトルレターの波紋は、やがて新たな巨大なうねりとなって彼らを次なる壮大な世界へと導いていく。
だが今はただ、成し遂げた偉業の余韻を胸に、黒田の運転する大型SUVに乗り込み、帰路につく。
彼らの痛快にして圧倒的な戦いは、さらなるスケールと熱狂を帯びて、まだまだ続いていくのだった。




