第136話 同位同食と、異世界へのボトルレター(前編)
熱々の肉団子と、ホロホロに煮込まれたテール肉。
ドレイク特製の『九尾のテールスープと肉団子の秘伝味噌仕立て』は、強烈な野性味と洗練された五行の理が融合した、文字通り極上のダンジョン飯だった。
結羽は熱気を吹き出しながら、ハフハフと次々に鍋の具材を口へと運んでいく。
「美味しいっ……! 噛めば噛むほど、お肉の旨味がスープと混ざって、どんどんお箸が進んじゃいます!」
「ええ。これだけ強靭な魔獣の肉が、ここまで柔らかく、そして滋味深く仕上がるなんて。……本当に、ドレイク殿の仙術調理には驚かされるばかりだわ」
彩斗美も、小鉢に取り分けたテール肉を優雅に、しかし確かなペースで平らげている。
「カッカッカ! いっぱい食え! だがな、ただ美味いだけじゃねえぞ。その肉は、さっきまで俺たちを苦しめた神話級亜種の心身を構成していたもんだ。その理を喰らい、己の血肉とするのが『同位同食』の真髄だからな」
ドレイクがビールを煽りながら言うと、その言葉を証明するかのように、結羽の身体の内側から凄まじい熱とエネルギーが湧き上がってきた。
「あっ……なんだか、頭の中が、すごく……」
結羽はパチリと瞬きをした。
視界が、信じられないほどクリアに、そして多角的に開けていく感覚。
さきほどの戦闘で九体の妖狐が全方位から仕掛けてきた、あの『分裂型並行思考』の理。
それが、結羽の脳の処理能力を物理的に拡張し、四方八方からの情報を同時に、かつ独立して処理できるという異常な並列演算能力として最適化されていく。
「……すごい。今なら、目をつぶっていても、背中から飛んでくる葉っぱの一枚一枚の動きが、全部別々に計算できそう……!」
結羽は両手を握りしめ、自身の内に宿った新たな『理』の力に戦慄すら覚えた。
そして、その恩恵を最も強く受けていたのは、後方支援を担うふゆだった。
「うん……! わたしの『魔力視』も、さっきまでとは全然違うよ! 周りの魔素の動きだけじゃなくて、この空間全体を飛び交っている電波みたいな『霊波』の波長が、全部色分けされて視えるみたい!」
ふゆの瞳の奥で、魔力視の光がより一層深い輝きを放つ。
九尾の狐が持っていた最大の特性である『霊波の受送信能力』。
その極上のアンテナとしての機能が、彼女たちの細胞一つ一つに組み込まれ、次元の壁をも越える強力な送受信機として最適化されたのだ。
「よし、いい顔つきになりやがった」
ドレイクが満足げに牙を剥いて笑う。
「さて、腹もくちくなったことだし……そろそろ、本命の仕事といくか」
ドレイクの言葉と同時。
コンソールに接続されていたふゆのスマートフォンから、電子的な完了音がピロリと響いた。
『――ネットワークへのハッキングプログラム、完全浸透を確認しました』
黄龍の宝珠が、青白く、そしてどこか誇らしげな光を明滅させる。
『日本の地脈と完全に同化していた妲己システムの端末権限を、完全に掌握。これより、日本列島を覆っていた広域洗脳ネットワークのマスター権限を、我々『よろず屋』へと上書きします』
コンソールのメインモニターに表示されていた禍々しい赤黒い光華文字が、一斉に清浄な青白い光へと反転し、静かで穏やかな明滅を開始した。
日本中の探索者たちの野心を煽り、自滅へと導いていた呪われた洗脳の霊波が、この瞬間、完全に浄化され、沈黙したのである。
「やったぁ! お掃除完了だよ!」
ふゆが両手を高く突き上げて歓声を上げる。
「見事ね。これで、この国の探索者たちが身の丈に合わない野心で狂わされることはなくなるわ」
彩斗美が、深く安堵の息を吐き出した。
「だが、ここからが俺たちにとっての一番の大仕事だぜ。……アンテナを掃除して、マスター権限を奪った。なら次は、こっちからあっちのネットワークの海へ、通信をぶち込んでやる番だ」
ドレイクがコンソールを顎でしゃくった。
『左様です。現在の強力なアンテナ出力と、ふゆ殿、結羽殿の霊波受送信能力の向上をもってすれば、位相の向こう側……アストライアのネットワークへの直接的な干渉も確実に成功するでしょう』
「ふゆ、向こうのネットワークの構造はどうなってる?」
ドレイクがタバコに火を点けながら尋ねると、ふゆはUIゴーグルを被り直し、ホログラムキーボードを凄まじい速度で叩き始めた。
「うんっ! お母さんたちがいるアストライア側も、昔の光華王朝のシステムを基盤にして、大陸全土に通信網を張り巡らせてるみたい。一番アクセスが集中してるのは、やっぱり『冒険者ギルド』や『商業ギルド』が共有してる、巨大なクエスト掲示板のデータベースだね!」
「よし。……なら、そこに『手紙』を叩き込むぞ」
ドレイクの言葉に、結羽がゴクリと喉を鳴らした。
ただ相手の情報を盗み見るだけではない。
こちら側から、異世界の海へと直接メッセージを放つ。
行方不明になっている両親へ、自分たちの生存を知らせるための『ボトルレター』を。
「でも、どうやって送るの? 日本語のテキストデータで打っても、向こうのシステムで文字化けしちゃうかもしれないし……光華文字で書いたら、誰かのイタズラだと思われるかもしれないわ」
彩斗美が懸念を口にする。
広大な異世界のネットワーク。
しかも両親は巨大企業『マエヤマダHD』のトップとして無双している。
どこの馬鹿が書き込んだかもわからないテキストメッセージなど、スパム扱いで弾かれてしまう可能性が高い。
「だからこそ、絶対に『お父さんとお母さんにしか通じないもの』を送るんだよ」
結羽は立ち上がり、背負っていたリュックサックの中から、真っ白なスケッチブックと、太い黒の油性マジックを取り出した。
「ふゆ。……一緒に書こう」
「うん……!」




