第135話 真の本体と、狐肉の極上火鍋(後編)
「……ふぅ。今度こそ、完全にお掃除完了です!」
結羽が額の汗を拭い、大きく息を吐き出す。
「見事な見切りね。ふゆちゃんの眼がなければ、取り逃がしていたかもしれないわ」
彩斗美が蛇腹剣を収め、ふゆのオペレートを称賛する。
「カッカッカ! 油断はしたが、結果オーライだ。見事なトドメだったぜ、結羽、ふゆ」
ドレイクがタバコに火を点けながら、満足げに笑った。
そして、祭壇の最奥――九尾が護っていたメインコンソールへと歩み寄る。
「さて、と。邪魔なアンテナはぶっ壊した。いよいよこの国のネットワークを、根こそぎ『よろず屋』の管轄に書き換えさせてもらうとするか」
ドレイクは巨大なコンソールの基盤に手を触れ、己の仙気を流し込んで物理的なセキュリティを破壊した。
「黄龍、ふゆ。出番だぜ。妲己のシステムにハッキングを仕掛けて、マスター権限を奪い取れ」
『承知いたしました。ふゆ殿、準備はよろしいですか』
「うんっ! 任せて! お父さんとお母さんに手紙を送るための、最強の送信機を作っちゃうよ!」
ふゆがスマートフォンをコンソールに接続し、凄まじい速度でホログラムのキーボードを叩き始める。
黄龍の光華文字と現代のプログラミングコードが入り混じり、妲己システムの深部へと侵食を開始した。
「……ネットワークの規模が大きいから、浸透してマスター権限を完全に書き換えるまで、ちょっと時間がかかりそう!」
「構わねえ。時間はたっぷりある」
ドレイクはそう言うと、コンソールの前で作業するふゆを背にして振り返り、ニヤリと牙を剥いた。
「なんせ、腹ごしらえの時間が要るからな。彩斗美嬢ちゃん、悪いが匂いが漏れねえように結界を頼む。……さあ結羽、飯だ。極上の火鍋を作るぞ!」
「えっ……ここでですか!?」
彩斗美が呆れたように目を丸くするが、すでにドレイクはマジックバッグから石材を取り出し、手際よく祭壇のど真ん中に竈を組み始めていた。
「当たり前だろ。いつものこった。ダンジョンで狩った命は、ダンジョンで喰らう。同位同食の理だ」
彩斗美は小さくため息をつきつつも、どこか楽しそうに微笑み、防護と防臭の魔導結界を展開して安全なセーフエリアを構築した。
「おやっさん、狐のお肉って、食べられるんですか?」
結羽が、九尾の残骸から剥ぎ取った新鮮な肉の塊を前に小首を傾げる。
「普通の狐肉は、あんまり食肉にゃ向かねえんだ。野生の臭みも強いし、肉は固ぇし、寄生虫のリスクもあるからな」
ドレイクは、解体用ナイフで肉の部位を分けながら解説を始めた。
「だが、こいつはただの野生動物じゃねえ。神話級の魔素をたっぷりと吸い込んだ機甲獣だ。……身の肉は固ぇから、浄化しながらミンチにして食うのがいいが、この『尾』の肉には、極上の霊力と旨味がぎっしりと詰まっているぜ」
ドレイクが指差したのは、最後に結羽が仕留めた『真の本体』である尾から切り出した、極太のテール肉だった。
「いいか結羽、お前さんはその身の肉をミンチにしろ。俺はこのテール肉で、極上のスープを引く」
ドレイクは、彩斗美の結界内に構築した竈の上の大鍋に水を張り、テール肉と臭み消しの生薬を放り込んだ。
そして、竈を覗き込むようにして、口から極小の火龍のブレスを吐き出した。
ボォォォッ!
超高熱の炎と仙術の力により、本来なら何時間も煮込まなければならない強靭なテール肉が、瞬く間にホロホロに崩れ、黄金色の極上スープへと変わっていく。
「それじゃあ、わたしはミンチを作りますね!」
結羽は、まな板代わりの平らな岩の上に狐の身の肉を置き、両手に骨の包丁を構えた。
京都で見た、ハモの骨切り職人の技。
硬い骨やスジを、対象の理を見切って断ち切る技術。
結羽はそれを、さらに物理的暴力へと昇華させる。
「固いお肉は、スジを断ち切ってから、親の仇みたいに叩き潰せばいいんですよね!」
結羽は、解体用のタングステンナイフを取り出すと、捌いたばかりの狐肉のブロックを何枚かにスライスし、繊維を断ち切るように細かく切っていく。
そして両手首の縛仙環の超重力を解体用ナイフの『峰』に乗せ、浄化の仙気を流し込みながら、ダダダダダッ! と目にも留まらぬ速度で肉を叩き始めた。
数トンの質量が、仙気による浄化と共に肉の繊維をミクロン単位で破壊し、魔素の毒や臭みを完全に抜き去っていく。
まさに、料理という名の過酷な物理修行である。
「よし、そんなもんでいいだろ。いい感じのミンチになったな。そこに那須で仕入れた高冷地ネギの微塵切りと、生姜、それに特製の生薬スパイスを混ぜ込んで団子にするんだ。粘り気が出るまでよく混ぜ合わせろよ」
「はいッ!」
結羽がドレイクから受け取った追加食材をタネに混ぜ込み、手際よく作った特製の狐肉団子が、ドレイクの煮立たせた黄金のテールスープの中へと次々に落とされる。
仕上げとばかりに、ドレイクが自家製の秘伝味噌と、五行の理に則った数種類のスパイスを溶き入れると、グツグツという心地よい音と共に、暴力的なまでに食欲をそそる、味噌とスパイス、そして極上の獣肉の香りがセーフエリアいっぱいに広がった。
「完成だ。よろず屋特製、『九尾のテールスープと肉団子の秘伝味噌仕立て』だ!」
「わぁぁ……! すっごくいい匂い!」
コンソールに向かっていたふゆも、たまらず振り返って目を輝かせる。
「さあ、冷めないうちに食うぞ! こいつの肉には、分裂して並行思考するような演算能力と、強力な霊波を受送信する力が宿ってる。こいつを喰らえば、お前らの脳の処理能力と、霊波の感度が劇的に跳ね上がるはずだ!」
「いただきますッ!!」
結羽が熱々の肉団子を頬張る。
縛仙環の重力と仙気で極限まで叩き潰された肉団子は、驚くほどふんわりと柔らかく、噛むほどにネギの甘みと生姜の爽やかな風味が、狐肉の野性味溢れる旨味と完璧に調和して口の中に溢れ出した。
「んんんっ……! 美味しい! お肉がすっごく柔らかくて、スープのコクがたまりません!」
「テール肉も、ホロホロで口の中でとろけるわ……。これが、あの妖狐の肉だなんて信じられないわね」
彩斗美も、優雅に、しかし確かなペースで火鍋を堪能している。
泥臭い戦闘と、極上のダンジョン飯。
命の理を喰らい、自らを最適化させる『同位同食』の儀式。
九尾の狐という最大のアンテナの力をその身に取り込んだ新生よろず屋パーティーは、次なる最大の目的――異世界にいる両親への『通信』へ向けて、心身ともに完璧な準備を整えようとしていた。




