第134話 真の本体と、狐肉の極上火鍋(前編)
神話級亜種の機甲獣『九尾の狐』が、自らの巨体を九体の妖狐へと分裂させ、全方位から波状攻撃を仕掛けてくる。
だが、その初撃を逆手にとり、結羽は縛仙環の超重力を強引なアッパーカットのベクトルへと転換し、一体の妖狐の頭蓋を粉砕した。
「一匹目ェェェッ!!」
金属と骨の砕け散る轟音がドーム状の深淵に響き渡る。
しかし、残る八体の妖狐は仲間の死に一切の動揺を見せることなく、すぐさま陣形を再構築し、より苛烈な包囲網を敷いてきた。
それぞれが独立した思考を持ちながら、ネットワークで完全にリンクしているため、死角からの攻撃がミリ単位の精度で放たれる。
一体が正面から突進してきたかと思えば、その背後に隠れるようにして別の一体が跳躍し、さらに左右からは鋭い爪が結羽の両脇腹を抉りにくる。
「っ……! 本当に、どこからでも連携してきますね!」
「焦らないで、結羽! 奴らの『線』は私が断ち切るわ! 散華しなさいッ!」
彩斗美が蛇腹剣を大きく振るう。
無数の節に分かれた漆黒の刃が、意思を持つ鞭のように空間を舞い、結羽を狙う妖狐たちの軌道に次々と割り込んだ。
ガガガギィィィンッ!
魔力鋼糸が妖狐の脚や尾に絡みつき、その完璧な連携にわずかな「遅れ」を生じさせる。
「今だよ、お姉ちゃん! 三時と九時の方向、姿勢が崩れた!」
後方から、ふゆの『魔力視』による的確なナビゲートがインカム越しに飛ぶ。
「了解ッ!!」
結羽は縛仙環の重力を『遠心力』へと解放し、身体を独楽のように回転させながら『面』の歩法で滑り込んだ。
銀色の如意棍棒が、凄まじい風圧を伴って大気を薙ぎ払う。
ドガァァァァァンッ!!
彩斗美によって体勢を崩されていた二体の妖狐が、大質量を乗せたフルスイングの直撃を受け、壁面へと吹き飛ばされてひしゃげた。
「これで三匹!」
結羽は歩みを止めない。
敵が複数であるならば、その頭数を減らすほどに連携の「ほころび」は大きくなる。
結羽は如意棍棒の機構をカチャリと操作し、先端に『鎖分銅』をジョイントした。
「ふゆ、彩斗美先輩! 一番デカい個体を狙います! 周りの足止めをお願いします!」
「任せなさい!」
「オッケー! 『光学減衰・シリンジ魔弾』、射出!」
ふゆの放った魔弾が空中で弾け、妖狐たちの視覚センサーを一時的に麻痺させる。
その隙を突き、彩斗美の蛇腹剣が残る小柄な妖狐たちを牽制の網に閉じ込めた。
結羽の視線の先には、九体に分裂した中でひときわ巨大で、色濃い魔力を放つ『メインボディ』と思われる個体が威嚇の姿勢を取っていた。
「お前が一番、魔力の線が太いですよねッ!」
結羽は鎖分銅を唸りを上げて振り回し、メインボディの首元めがけて射出した。
ガキンッ! と分銅が妖狐の首に巻き付く。
「捕まえましたッ!」
結羽は鎖を両手で力強く引き絞り、己の縛仙環の超重力を『錨』のように使って、巨大な妖狐の突進を完全にその場へ縫い留めた。
「グギァァァァッ!?」
重力に抗いきれず、メインボディが苦しげに体勢を崩す。
結羽は鎖を放し、素早く右腰のホルダーから『骨の牛刀』を抜き放った。
丹田から仙気を流し込み、純白の刃を赤熱させる。
「これで、おしまいですッ!!」
踏み込みと共に、大質量を乗せた突きが、メインボディの眉間を正確に貫いた。
ズッ……ドガァァァァァァンッ!!!
内部のコアを破壊されたメインボディは、断末魔の叫びを上げる間もなく、盛大な爆発と共に粉々に砕け散った。
リーダー機を失ったことで、残っていた妖狐たちの動きがピタリと止まる。
「やりました! 本体、撃破です!」
結羽が牛刀を振り抜き、肩で息をしながら笑顔を見せた。
だが、その直後。
ドレイクの厳しい声が、祭壇に響き渡った。
「馬鹿野郎、結羽! 気を抜くんじゃねえ! まだ『理』が繋がってやがるぞ!」
「えっ……?」
『お姉ちゃん、違う! メインの波形はそっちじゃない!!』
インカムから、ふゆの悲痛で切迫した叫びが鼓膜を打った。
『今倒した個体から、魔力のリンクが一瞬で移動したの! 本体は……さっきお姉ちゃんが一番最初に倒した個体の、切り落とされた『その尾』だよ!!』
「ギチチチチッ……!」
ふゆの言葉を証明するように、結羽の背後――先ほど最初に粉砕した妖狐の残骸の中から、一本の「尾」だけが不気味に蠢き出した。
それは自らを岩の破片のように擬態させ、祭壇の奥で口を開けている太い魔力ケーブルへと、凄まじい速度で逃げ込もうとしていたのだ。
自律型で分裂・増殖する妲己システムの悪辣さ。
メインの機体を囮にし、一部の端末さえ生き残れば、地脈に潜って再び時間をかけて復活できるという寸法だ。
「逃がすかぁッ!!」
結羽は咄嗟に身を翻し、縛仙環の重力を前方への推進力へと全解放した。
ケーブルの暗がりへと滑り込もうとする『一本の尾』。
だが、結羽の瞳は、ふゆのナビゲートによって、その尾から伸びる『命の理』をはっきりと捉えていた。
「『我が意と身体は常に闘魂と共にあり、闘魂が燃え尽きるまで決して屈することはなし』――!!」
結羽の口から、かつて絶望の淵で己を奮い立たせた詠唱が紡がれる。
踏み込んだ左足と、牛刀を投擲せんと大きく振りかぶった右手の『縛仙環』に、結羽の猛烈な仙気が限界まで流し込まれる。
黒鋼に刻み込まれた魔術回路が、チリチリと紫電を纏い、凄まじい熱を帯びて赤く発光した。
「『……我が体は、我が意のままに』ッ! 命の理が繋がってるのは、お前かぁッ!!」
ズドゥゥゥンッ!!!
投擲された赤熱の牛刀が、音を置き去りにするかのような神速で宙を裂き、逃げようとした尾のコアを祭壇の石畳ごと深々と縫い留めた。
「ギギァァァ……ァァ…………ッ」
断末魔のような不快な電子音と獣の鳴き声が混ざったような音が響き、一本の尾は痙攣を止め、ついに光の粒子となって完全に崩壊した。
同時に、周囲に残っていた妖狐たちの残骸も、活動を停止してただのガラクタの山へと変わった。




